「サクライロ7DAYS」【2】
「サクライロ7DAYS」シリーズ それから受験までの一週間、吉田くんは一生懸命僕に勉強を教えてくれた。
本番で出そうなところをピックアップしてわざわざまとめて来てくれたりして、それはもう大助かりだった。
最後の日には練習用試験なんかも作って来てくれて、僕は何から何まで頭が下がる思いでいっぱいだった。
あの吉田くんがここまでしてくれたんだから、絶対に合格をしなければいけない。
ううん、ここまでしてくれた吉田くんのためにも、僕は絶対に合格してみせる。


「うん、よく出来てると思うよ。」
「ホ…ホント…?」
「うん、これなら大丈夫。落ち着いてやれば合格間違いないと思う。」
「よ、よかったー…!そう言われると一安心だよー…。」

ただ好きな人がそう言ってくれるだけで、どんなに心強いか。
僕は恋というものを知って、よかったと思う。
たとえもうこれっきりだとしても、吉田くんと過ごした時間は忘れないだろう。
この先ずっといい思い出として、僕の中に存在し続けるだろう。


「まだ合格って決まったわけじゃないよ?」
「あ…あはは、そうだよね…。でもすっごい自信もついたんだー。」
「そう…。」
「吉田くんのお陰だよ。あのままじゃ自信なんか絶対持てなかったもん。」

それでいいんだよね…。
だって僕も吉田くんも男なんだ、普通は恋愛感情なんて生まれないはずなんだ。
それ以上望んだとしても叶うはずなんかない。
それどころかこの思いを口にしてしまったら、絶対に嫌われるに決まっている。
そんなことになるぐらいなら、ただの出来の悪いクラスメイトで終わった方がまだいい。


「そっか…。」
「そうだよー。そうだ、このシャーペン本番で使おうかな、吉田くんが使ってたやつ。吉田くんのパワーが宿ってるかもしれないし!」
「ふ…何それ…。」
「えっと…お守り代わりって言うか…何かご利益ありそうだし!な、ないかなぁ?」

そうわかっているのに悲しいのはなぜなんだろう。
僕は恋はドキドキして毎日楽しいものだと思っていたけれど、違ったみたいだ。
それは叶うまでのことと、叶った後にしか味わえないことだったんだ。
絶対に叶わないとわかってしまえば、こんなにも辛いものだったなんて思ってもみなかった。


「それならもっと効くお守りあるよ。」
「え?ホント?何何?どんな……え……?」
「吉岡が合格しますように。」
「吉田く………?」

今何が起こっているのか、僕は一瞬わからなかった。
触れたいと思っていた吉田くんの綺麗で薄い唇が、僕の唇に重なって…。
目を閉じた吉田くんの顔が、物凄く近いところにある。


「じゃあ…明日は頑張って。」
「…よし…だく……。」

たった数秒の出来事だった。
僕は間違いなく、好きな人とキスをしてしまったのだ。
すぐにいつも通りになった吉田くんは僕の目の前から立ち去ろうとした。
追い掛けてこれはどういう意味なのか確かめたいのに、僕は一歩も動けなかった。


「え…?え……?な、何……?どうし……。」

結局吉田くんは一度も振り向かずに教室を後にして、僕はズルズルと床に崩れ落ちてしまった。
重なった唇から全身に熱が広がって、薄ら寒いはずの教室なのに額には汗が滲んでいる。


「な…何だったの……?」

僕は暫くの間立つことも出来なくて、ただ教室の床に座り込んだまま唇を押さえていた。
明日は大事な日だって言うのに、こんなことになってしまってどうしたらいいんだろう。
試験に効くどころか、試験の妨げになってしまったらどうしよう…。
それぐらい僕の心の中はめちゃめちゃで、行き場を失ってしまっていた。

その日の晩は、なかなか寝付くことが出来なかった。
試験中に眠ってしまったりなんかしたら大変だから、十分に睡眠を取らなければいけないのはわかっていても、目を閉じるとあのシーンが蘇って来てしまった。
ほんの一瞬だったのにいつまでもあの感触が残っていて、唇を押さえる度に吉田くんの顔が浮かんで消えなかった。
それでも何とかして眠りに就いて、目覚めた時にはもう受験当日になっていた。
お母さんが作ってくれたお弁当を持って、ノートやテキストを持って、あのシャーペンも持った。
それからまだ残っているあの感触も一緒に。


「はい、そこまで。終了っ。」

動揺して何も解けないんじゃないかと思ったけれど、実際試験になるとそうでもなかった。
それとこれとは別で、自分の進路がかかっているとなればあのことを別の場所に置いて試験に挑むことが出来た。
それにしても吉田くんが予想してくれた問題ばかりが出ていたのには驚いた。
お陰で僕は今までで一番と言ってもいいぐらい、実力を発揮出来たと思う。
吉田くんがくれたあのお守りのせいなのかは…よくわからなかったけれど。


「吉岡。」
「え……!!よっ、吉田くんっ?」
「どうだった?」
「ど…どうしたのっ?!こんなところで…。」

荷物をまとめて試験会場の学校を出ると、思いもよらない人が僕を待っていた。
まだ少しだけ肌寒い空の下で、僕の好きな人が立っていたのだ。


「心配だったから…。」
「わ…わざわざ来てくれたの…?えっと…、すごかったよ!吉田くんの予想問題ばっかりだったんだ…!」
「そう…。」
「お、お陰で高校生になれそう…かも…?なんて…。」

どうしよう…!
本人を目の前にすると、どうしてこんなにしどろもどろになってしまうんだろう…!
あのことを聞きたいのに上手く言葉が出て来なくて、意味不明なことばかり言ってしまう。


「それならよかった。」
「う…うん……。」
「じゃあ、それだけだから。」
「あ…うん…、ありがとう…。」

それだけ…か…。
きっと吉田くんは僕をからかってみただけなんだ…。
頭の悪い僕が珍しくて、悪戯をしてみたくなってみただけなんだ…。
僕が思っているような感情なんかはもちろんないし、あのキスに意味なんかなかったんだ。
なんだ…そうか…。
それなのにこんなに悩んだ僕は、やっぱり頭が悪いのかもしれない。


「う……。」

そんな意地悪をしなくてもいいじゃないか…。
暇潰しみたいなことをするなら、わざわざ僕を選ばなくたって、他の人だっているのに…。
どうして僕が…僕は吉田くんを好きなのに、どうしてよりによって僕だったんだろう。
そう思うと悲しくて悔しくて、知らない間に涙が溢れていた。
もうすぐ咲こうとしている桜の蕾が、涙で滲んでよく見えない。
僕の花も、咲くこともなくこうして見えなくなって消えてしまうんだ…。

それから卒業式までは、長かったのか短かったのかさっぱりわからなかった。
どこにいても何をしていても、僕の頭の中は吉田くんのことばかりで、思い出す度に泣きたくなって仕方がなかった。
出来るなら卒業式なんか出たくなかった。
そうすればもう一生顔を合わすこともないのだから。
卒業式の前日になって、僕は高校の合格発表で自分の名前を見つけることが出来た。
今までそのことだけが心配だったはずなのに、もうどうでもよくなっていた。
絶対に合格してみせるなんて思っていたのに、実際に合格出来てもちっとも嬉しくなんかなかった。
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