「サクライロ7DAYS」【3】
「サクライロ7DAYS」シリーズ 「おめでとう、吉岡。」
「ありがとうございます…。」

出たくないとは言っても、まさか本当に出ないわけにはいかず、仕方なく出た卒業式も無事に終わった。
教室に戻って担任の先生から卒業証書を受け取って、自分の席に向かう。
こんな時にわざわざ出席番号順に座らせるなんて、皮肉なものだと思った。
一学期は後ろに吉田くんがいることがあんなに嬉しかったのに、今は辛いだけだ。


「あれ……?」

最後に机の中に物が残っていないか確かめると、何かが僕の手に当たった。
小さく折り畳まれた白いノートの切れ端には、丁寧で綺麗な、見覚えのある字がある。


『卒業式の後、教室で待っています。』


よくテレビドラマや漫画なんかでは、女の子がやりそうなことだ。
だけどこの字はどう見ても、僕が今気になって仕方がない人の字だ。
何を言われるんだろう…。
あの時のことをからかっただけだ、変な誤解をするな、なんて言葉を突き付けられるんだろうか。
それともちゃんと高校に合格したかどうかを聞くためなんだろうか。
どちらにしろ僕にとっては嬉しいことではないことは予想がつく。
それでも残ろうと思ったのは、やっぱり今でも吉田くんを好きな気持ちがあったからだ。
そんなに簡単に忘れられるほど、軽い気持ちで好きになったわけじゃないし、それなら最初から男なんか好きにならない。
僕は本気で好きだったんだ…ううん、今でも本気で好きなんだ、吉田くんのことが。


「吉岡…あのさ…。」

皆が卒業して誰もいなくなった教室は、寂しさを醸し出していた。
一年間お世話になった机や椅子達も、なぜだかいつもよりくたびれて見える。
そんな中で見る吉田くんはいつもと変わらない綺麗な顔で、落ち着いた表情で僕を待っていた。


「この間の…。」
「あっ、あれは…あの、吉田くんって結構冗談好きなんだね…!」
「え……?」
「わ、わざわざあんな悪戯しなくたって…。ど…どうせなら女の子にしてあげれば喜んだと思うよ…っ。ほら、吉田くんはモテるし…!」

どうしよう…声が震えてしまっている。
吉田くんの顔もまともに見れなくて、視線を外したままだ。
こんなのは絶対に不自然に思われる…。
もし僕の気持ちが知られてしまったら…僕はもう立ち直れないかもしれない。


「ちょっと待って、悪戯って…。」
「じゃ、じゃあねっ!ぼ、僕急いでるんだ…っ、お母さんも早く帰って来なさいって言ってたから…。」
「ま、待って吉岡……っ!」
「よ、吉田くん……?!」

鞄を持って教室を去ろうとする僕の腕を、吉田くんが思い切り引っ張って引き止めた。
突然のことに驚いて振り向いたところにいたのは、僕の知っている吉田くんではなかった。


「あの時はいきなりごめん…!本当に悪かったと思ってるんだ…!」
「も、もういいよ…。謝られてもどうなるわけでも…。」
「よくないんだ…っ!嫌なんだ…嫌だったんだ…!このまま卒業するのがどうしても嫌で…!」
「あの…よ、吉田くん…?」

吉田くんは俯いたまま、真っ赤になって小刻みに震えていた。
掴まれたままの腕はギリギリと食い込むぐらい痛くて、吉田くんがこんなことをするなんて思わなかった。
大声を上げるのを見るのも初めてだったし、こんな風に言葉に詰まっているところも初めて見る。


「勉強を教えれば話せると思って…ずっと狙ってたんだ、吉岡が放課後一人になるのを…。気の毒だから教えたなんて嘘なんだ…っ。」
「あ…あの…。」
「受験の日もわざわざ行ったんじゃないんだ…本当は俺もあの高校を受けてて…。」
「え…ええぇっ?!で、でも吉田くんは私立校幾つも受かって…行くところも決まってたんじゃ…。」
「受かったけど…っ!でも吉岡と同じ高校に行きたくて…っ、だから吉岡にも絶対合格してもらいたかったし…っ。」
「ちょ、ちょっと待ってあの……!」

きっと今この教室では、とんでもないことが起きている。
僕と話せると思って…?
気の毒だから教えたのは嘘…?
僕と同じ高校に行きたい…?
それじゃあまるで…僕が望んでいた、だけど叶わないと諦めたことみたいじゃないか。


「吉岡、よく授業中に居眠りしてただろ…?」
「え…!あ、う、うん…。気付いてたんだ…恥ずかしいな…。」
「うとうとして、でも頑張って起きようとしてるのが何だか可愛くて…。あの時も…ノートとか消しゴムとか落として慌ててたのも可笑しかったから笑ったんじゃないんだ、可愛くて仕方がなくって…。」
「か、可愛い…?!」
「でも最初は見てるだけだったんだ…っ。別にそういう変な…変なって言うか疚しいって言うか、そういう気持ちはなくて…。」
「そういう気持ち…?」

僕の心臓は早鐘を打って、掌には汗がじっとりと滲み出す。
吉田くんの言う「そういう気持ち」がもし僕と同じだったなら…。
僕が吉田くんのことを思うように、吉田くんも僕のことを思っていてくれたなら…。
僕は期待と不安が入り混じった複雑な思いで、吉田くんの次の言葉を待った。


「そういうっていうのはつまり…す、す…好きなんだ…。」
「………!!」
「吉岡のことが好きなんだ…!だからキスした…。どうしても我慢出来なくて…ホントにごめん…!」
「よ…よし……っ。」
「もちろん吉岡が男だってわかってるけど…!でもこんな風になったのは初めてで…恥ずかしくて言えなかったんだけどこのままじゃダメだと思っ……よ、吉岡っ?!」
「よ…よし……だく……。」

僕は情けないことに、クラクラと眩暈を起こしてしまった。
キスをされたあの時みたいに膝から床に崩れ落ちて、へたり込んでしまった。
吉田くんに掴まれたままの腕は熱くて、このままではどうにかなってしまいそうだ。


「だ、大丈夫…?」
「ご…ごめん…、び、びびびっくりして…っ!」
「お、俺の方こそごめん…あの…。」
「だってまさか…僕と同じなんて……。」

だってまさか本当に僕と同じ気持ちだなんて、思わなかったんだ。
吉田くんも僕のことを好きだなんて…どう考えたって嘘みたいで、信じられない。
あの人気者の吉田くんが、同じ男の吉田くんが、わざわざ僕を選んでくれたなんて…。


「それ、ホント…?」
「え……?」
「今の…同じって…それってさ…。」
「うん…ホントだよ…。僕も吉田くんのことがす…好き…なんだ…。僕もあの…最初は憧れだけだと思ってたんだけど違ってたみたいで…。」
「そ、そっか…。」
「うん…そ、そうだよ…。」

吉田くんはホッとしたかのような大きな溜め息を吐いて、僕の真向かいに座り込んだ。
いつも冷静で堂々としていて、大人っぽい吉田くんが、今は僕と同じ中学生にしか見えない。
そのことが僕は嬉しくて堪らなかった。
完璧だと言われている吉田くんが見せてくれた、吉田くんらしくないところを見れたことが嬉しかった。


「あのさ…ちゃんとしていい…?」
「え…っ。」
「ちゃんと吉岡にキスしたい…いい?」
「あ……は、はい……。」

やっと腕を離されて、今度はぎゅっと抱き締められた。
引き止めるような強さじゃなくて、優しくてふわふわとした感覚だ。
そんな吉田くんの温もりに包まれながら、僕は唇が近付いて来るのを待った。


「ふ……また敬語になってる…。」
「ご、ごめ…。」
「あとさ…その…一応目、閉じてもらっていい…?」
「ご、ごめんなさ………。」

僕は恋なんかしたことがなくて、ドキドキすることにも慣れていない。
目の閉じ方も知らないし、キスの仕方もよくわからない。
だけどそれは吉田くんも同じで、二人で交わすキスはとても不器用なものだった。
それでもそういうことはこれから二人で上手くなっていけばいい。
わからないことも二人で考えていけばいいんだ。


「な、なんか恥ずかしいな…。」
「そ、そうだね…。」

気持ちが通じ合って初めてのキスは、やっぱり数秒間の短いものだった。
でもあの時とは違う、僕を抱き締める吉田くんそのものみたいな優しいキスだった。


「その…か、帰ろうか…。」
「うん…。」
「ちょっと早いけどお花見でもしながらとか…。」
「お花見…?」
「あ…えっと…見ながら歩けば少しは時間がかかるかなぁって…。」
「う…うん…!」

僕達は幼くてとても不器用で、まだちゃんと咲けない蕾かもしれない。
だけどいつかは綺麗な花を咲かせる、あの校門の外に並んだ桜みたいだ。
これから大人になって行く僕達の春は、今始まったばかりだ。




END.

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