「マ グ ネ テ ィ ズ ム」【3】
「マ グ ネ テ ィ ズ ム」シリーズ あれは一体なんだったのだろう…。
セックスの後の僕は、まるで夢でも見ていたかのような気分だった。
だけどこの痛みは紛れもない事実で、最終的には久し振りの快感に酔ってしまったのも事実だ。


「つ……っ。」

翌朝目を覚ますと、僕はベッドの中で腰の辺りを押さえた。
一人暮らしの無音の部屋に、自分が出す小さな呻きが響く。
鈍いようでじんわりと鋭くなる痛みが、僕の顔を歪ませる。
浅岡に触れられた皮膚が、浅岡と繋がった場所が、まだ疼くように熱を帯びている。
どうしてあんなことをしたのか、あんなことを許してしまったのか…。
昨晩このベッドに潜ってからそんな疑問ばかりが脳内に浮かんでいた。


男同士でセックスってどうやるんですか?


浅岡は多分、興味半分だった。
でも許してしまったのは…嫌ではなかったから。
違う…僕はあの時本当にそうして欲しいと望んでしまった。


先生、俺のこと好きなんだろ。


結局僕は最後までその言葉は言わなかったけれど、正直言って認めてしまえばいいとも思った。
だけど自分は教師、浅岡は生徒、しかも男同士だ。
それ以前に好かれてもない相手にダメだということを承知で言ってどうする?
きっと冷たくあしらわれて笑われて…そんな惨めな思いをするのは嫌だ。
ギリギリのところでなけなしのプライドが、僕の告白を思い止まらせてくれた。
それだけが唯一、よかったと思うことだった。

僕は重い身体を無理矢理起こして、朝の支度を始めた。
昨日のことがあってもなくても、学校を休むわけにはいかない。
しかし食欲など到底湧かなくて、何も胃に入れずに学校へ向かった。


「この時この球体にかかる重力は…、誰か答えられる?」
「はーい、わかりませーん。」
「わからないなら言わないの。」
「ぶはは、バカだなお前ー。」

いつもと同じ教室、生徒達の声。
授業中のこうしたやりとりも変わらない。
それから浅岡の視線も…。
こんなに生徒がいるのに、浅岡だけがまるで拡大レンズを通したみたいにくっきりと立体的に見えてしまう。
その周りはぼやけて、何がなんだかわからないぐらいだ。
あの視線は昨日の行為の残痛よりももっと痛い。
網膜の奥から顔面、それから喉元を通り越して心臓まで達して針か何かで突き刺されているみたいだ。
そして突き刺された箇所は恐ろしいほどに熱い。


「えっと…、この時……あっ。」

バキン、と勢いよく手元のチョークが折れてしまった。
小さな欠片が床にバラバラ散らばって、僕は慌てて別の物に持ち替える。


「ミサキちゃーん、どしたの?」
「あはは、ちょっとボケっとして…。」

僕は自分で思っていたよりも、何倍も動揺してしまっていることがわかった。







どうせ食欲もないので、今日は物理室に行くのはやめよう。
行く理由がなければ、そこまでして行く必要のない場所だ。
浅岡は今日も、僕が来ると思っているんだろうか。
あの窓際で待っていたりするんだろうか。
仮にそうだとしても、それに応えたら余計揚げ足を取られる。
好きだと思われてまたあんなことをされたら…。
されたら、と考えている時点でされたがってるような気もする。
僕はどこまでそのことしか考えられない淫らな人間なんだろう…。
仮にも教師の立場なのにこんなんじゃいけない…こんなんじゃ…!


「三崎先生っ!」
「…わっ、っとと…、すみません!」
「危ないですよ。」
「す…、すみません…。」

気が付くと廊下をフラフラ歩いたまま、僕は危うく壁に激突するところだった。
袖を思い切り引っ張られて、ハッと我に返った。


「大丈夫ですか?」
「はい…。すみません、井上先生。」
「顔、青いですよ。」
「あ、ちょっと食欲がなくって…。」

三歳年上の保健医の井上先生が、心配そうに僕の顔を覗き込む。
彼のこの優しい口調や笑顔は生徒にも好評で、本気で恋している女生徒も結構いるらしい。
だけど支えられた僕の身体は、浅岡の時とは違って何も反応しない。
それが当然のことなのだろうけれど。


「ちょっと休んで行くといいですよ。」
「でも本当に大丈夫なんで…。」
「そんな青い顔じゃ心配ですから。」
「そ、そうですか…?じゃあすみません…。」

実際僕は、あまり大丈夫ではなかった。
だけどこんな個人的な事情で他人に迷惑をかけるわけにはいかないと思った。
それでも相当参っていたのか、ここは井上の言葉に甘えることにした。


「何かあったんですか?」
「いえ…、何も…。」

とりあえず保健室に入ると、ベッドに横にならせてもらった。
どこからか井上がお茶を持って来たらしく、枕元の机にはカップが置いてある。
香ばしいお茶の香りが漂って、湯気がゆらゆら空気を揺らす。


「本当に何もないんですか?」
「嫌だな先生、食欲がないだけですよ。」
「じゃあこれ…、これはどうしました?」
「え…っ?!」

彼の指先は、僕の首より下の肌を指していた。
鏡なんかなくてもここに何があるのかはだいたい想像ができて、咄嗟に手で覆って隠した。
自分では見えていないのに、まだ確かめてもいないのに、鬱血していると思われる部分が灼けるように疼く。


「これは…、これはその…。」

なんでもないわけはない。
だけど別に世の人間全員が同性とセックスするのが趣味なわけじゃない。
積極的な女性が付けた、そう言えば簡単に済むことだろう。
なのに一度動揺してしまうとそんなことすら考えられなくなるもので、僕は一言も言葉を発することができくなってしまった。


「俺には相談できないことですか?」
「いえ…、違うんです…。」
「なんでも話して下さいよ、三崎先生。」
「あの、本当に僕は…。」

物凄く嫌な予感がした。
近付いてくる井上の視線に捉われて、身体が動かない。
ここがベッドだということがまずいことに、もっと早く気が付くべきだったのかもしれない。
この体勢ではどこへも逃げることなんかできそうにない。


「俺は三崎先生が好きなんですよ。」
「ちょ…、あの…っ!」
「俺として下さいよ、そういうことは。」
「何言ってるんで…。」

突然の出来事に、僕は何が起きたのかわからなかった。
ただここは保健室で、二人しかいなくて、井上に組み敷かれているということはわかった。


「井上先生……っ!!」

それからこんな時に、なぜか浅岡の顔が浮かんでしまっていた。
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