「マ グ ネ テ ィ ズ ム」【2】
「マ グ ネ テ ィ ズ ム」シリーズ あの物理室でのキスから三日が過ぎた。
浅岡の態度は以前とまったく変わらない。
今日も窓際の後ろから二番目の席で、ずっとどこか遠くを見つめている。
そしてやっぱりそれが一体どこなのかはわからない。
浅岡がいるのは本当に別の世界で、僕が入ることなんかできないようなところなのかもしれない。
キスをされて、一体どうすればいいなんて悩んだ自分が馬鹿みたいだ。
もしかしなくても僕は、からかわれただけなんだろうか。

そんなことをぐるぐると考えながら、今日もまた物理室の引き戸を開ける。
そこはいつもと同じく陽射しが強く照らしていて、三日前と同じように誰かがいるのがわかった。
もう影だけでそれが誰なのか特定できるのが、自分でも嫌になる。


「浅岡…、今日はどうしたの?」
「………。」
「もしかして何か相談があるのかな…?それなら先生話聞くよ。」
「………。」

担任には言えない悩みがあって、歳の近い若い教師のほうが話し易いということはよくあることだ。
それならば聞いてあげるのが教師の務めだと思う。
僕は持って来た弁当を机の上に広げて、ペットボトルのキャップを捻った。
この喉の渇きは、初秋の昼の暑さのせいではない。
それを急いで潤すように、お茶を一気に喉に流し込んだ。

お互い何も言わないまま少しの時間が流れて、これでは話どころか昼食を取ることもできない状態だ。
見つめてくる浅岡の視線がどうにもこうにも痛い。


「どうして…そんなに見るの…。」

僕は我慢ができなくなって、とうとう自分から口を開いた。
言葉を放った唇も声も震えてしまっていて、膝の上で握られた掌はびっしょりと汗をかいている。


「見てるのは先生じゃないんですか?」
「え……?」
「あんたが最初に俺を見たんじゃないのかって言ってるんだよ。」
「あ…、そ、それは…。」

気付かれていた。
授業中の浅岡の視線はどこか遠くにあったからこそ、僕のことも見ていないという自信があったのに。


「先生、俺に何かされるとか思ったわけ?」
「な………っ!」
「図星?ふ…先生本当にそっちの人なんだ?」
「違…、僕はそうじゃなくて…。」

そんなことまで見破られていた。
確かに同性しか愛せないのは自分でもわかっていて、実際にそういう恋人が過去にいたのも事実だ。
でもそれは絶対にわからないよう隠して来たつもりだった。
特に生徒に対しては授業以外で気軽に喋ったりする中で、どうにかばれないように必死だった。
そんな生徒の中でもまったくと言っていいほど自分と会話のなかった浅岡に、どうしてそんな嗜好までわかってしまったのだろうか。


「先生、聞きたいことがあるんですけど。」
「あ…、うん、な、何?」

僕は動揺を隠せないまま、震える手で弁当の蓋を開けた。
浅岡ももうそれ以上は突っ込んで聞いてこようとしなかったし、ここで認めてしまったら弱みに付け込まれるかもしれない。
そんなことになったらそれこそ収拾のつかないことになり兼ねない。


「男同士のセックスってどうやるんですか?」

急に近付いた浅岡の唇が、僕の耳に触れそうなほどの距離で囁いた。
てっきり授業のこととか学校のことだと思ったのに、まさかその手の質問をされるなんて…。


「そ、そういうのは…先生はわからないから…。ご…ごめんね、力になれなくて。」
「さっき相談あるなら話聞くって言ったのに。」
「そういう質問は僕にすることじゃないよ。」
「先生だからしてるんだろ。」

離れた唇が、強い言葉を突き付ける。
三日前にキスをしたその唇を見ると、興奮を覚えてしまう自分がいる。
強引に肩を掴まれ真っ直ぐに見つめられて、心臓が止まりそうになった。


「教えてよ、三崎先生。」
「浅岡…っ!僕は…っ!」

浅岡の熱い唇で、僕の言葉の続きは遮られた。
口内を舌が激しく這って、生温かい唾液が流し込まれる。
あまりの激しいキスに眩暈を起こしながら、僕はまた床に崩れ落ちた。
立ち上がることもできなくて、膝をついたままどうにか逃げようとするけれど、それすらも叶わない。
後ろから羽交い絞めにされ、シャツのボタンの隙間から浅岡の指が入り込んで来る。
これ以上はさすがにまずい、そう思っても離れない浅岡に感じてしまっている自分が悔しくなる。


「先生、俺のこと好きだろ。」
「何言って…、あっ!やめ…っ!」
「すげぇ声出すんだな、あんた。」
「あさお…、んっ、あ…っ!」

壁に押し付けられるような体勢で、後ろから胸の辺りを撫でられる。
その先端が硬く腫れあがっているのは、シャツの上でもわかる。
浅岡の指先が執拗にそこを愛撫して、僕は快感で全身が震えた。
それはもちろん下半身にまで影響していて、ベルトを外されて中へと侵入して来た浅岡の手も気付いているようだった。


「ふ…っ、あぁっ、や…っ!」
「ふ…、もう濡れてる…。」

先走りの滲んだ僕のそれを浅岡の掌が包んで、先端から根元へと擦られる。
擦る速度が増す度に先走りの量も増して、静かな物理室に濡れた音と自分の喘ぐ声だけが響いていた。


「あ…さおかっ、そこは…っ!ひぁ…っ!」

膝の辺りまで下着ごとズボンを下げられ、濡れた指が後ろの入り口に触れてビクンと身体が跳ねた。
これ以上は本当にまずい。
それはわかっているのに…。


「やめていいの?」

浅岡の妖しい囁きが僕の中に存在する理性というものを吹き飛ばして、綺麗に消えてしまった。
ここまでされてやめられたほうが苦しいことを、僕はよくわかっている。
暫く誰にも触れられていなかったそこが疼いて、それならいっそ熱い塊でこの身体を貫いて欲しいと思った。
僕が首を横に振ると同時に浅岡の指が侵入してきて、体内を掻き回すようにして弄られる。


「それからどうすんの?」

もう後ろには何本の指が入ったのかわからない。
深いところまで触れられて、危うく僕は何度も達してしまいそうになった。
既に我慢の限界も超えていて、恥だということはわかっているけれどその先を求めることしか頭になかった。


「…れてっ、浅岡の…、おねが…っ。」

僕は涙を零しながら、浅岡にその続きを強請る。
壁に突かれた自分の指の先が、その先の衝撃を構えるように爪を立てた。
ここが学校というのは辛うじて頭のどこかにあったのか、なんとか声が洩れないよう片方の手で自分の口を塞いだ。


「────…っ!!」

思っていた以上にその衝撃は大きかった。
浅岡の熱いそれが体内に挿入されると、待っていたかのように僕のそこが伸縮する。
こんなに自分が淫乱だとは思わなかった。
同性に、しかも教え子に後ろを犯されて身を捩っているなんて…。


「先生、俺のこと好きなんだろ。」

それだけは言えない。
言ったところできっとまたからかわれる。
それに僕は教職者としてこんなことが許されるわけがない。
一人の生徒に恋心を抱いているなんて許されるわけがないのだ。


「言えよ、先生…っ。」
「や…っ!あ、アァ…ッ!」

あまりの激しさに、塞いだ自分の手が外れてしまった。
後ろから全身を揺さ振られて、自らも腰が振れている。
こんなところは生徒にも、同じ教師にも、決して誰にも見せられない。


「浅岡…ぁっ!」

蕩けてしまうほど後ろを突かれ続けて、喘ぎ続けて、浅岡の名前を何度も呼んだ。
行為を仕掛けたのは浅岡だけど、求めたのは僕だ。
浅岡を責める資格など僕にはない。

こんなにセックスで乱れたのは、生まれて初めてだった。
それは多分、自分が心から恋焦がれて求めていた相手だったからだ。
それでも僕は、浅岡が好きだということを言うことはなかった。
矛盾している、自分でもそう思うけれど。
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