「スターの茨道」-2
「あ、あの〜…。」
翌日から、俺の特待生としてのレッスンが始まった。
壁一面の鏡の前に立たされて、後ろでは黒田が電子ピアノを弾いている。
「なんだ?」
「いや、俺音楽のことちゃんとわかんないんですけど…。」
「だからここに来てるんだろ?」
「まぁそうなんですけど…。」
「何か不満や疑問でもあるのか?」
「いえあの不満っていうか…、今やってるのってどう聞いてもロックとかに思えないんですけど。」
スローなテンポに、暗い感じの雰囲気。
黒田の指から奏でられるその曲は、俺がやりたいロックだとかいう類ではない。
いくら何も知識がない俺でも、それぐらいは聞いた感じでわかる。
「そりゃそうだろうな。このコード進行は演歌のパターンだから。」
「え、演歌ァ?!」
「なんだよデカい声出して。」
「お、俺聞いてないっ!俺はロックをやりたくて…、バンドとかそういう…。」
当然のように言う黒田に、俺は驚いたなんてもんじゃなかった。
俺、確か体験レッスンの申し込みした時もジャンルは書いたよな…。
それに、実際体験レッスンに来た時だってそんなこと一言も言ってない…。
契約書だって…。
俺は、契約書という単語を思い浮かべた瞬間、とてつもなく嫌な予感に襲われた。
ちゃんと契約書…、読んだよな…?!
「誰がそういうのやらせるっつったよ?」
「だ、だって…、そんな契約じゃ…。」
「契約?あぁ、契約書のことか?」
「そう、それ!ちょっと見せ……。」
ニヤリと笑った黒田が、昨日書いた契約書をヒラヒラと宙に浮かせて遊んでいる。
薄っぺらいそれを、俺は夢中で奪い取って、もう一度この目で確かめる。
「な…、なんだこれ…!」
「だから、契約書だろ?」
そこには、確かに俺の直筆で書かれた名前と、印鑑が押してあった。
だけど昨日見た契約書とは中身が違う。
いくらタダに浮かれていた俺だって、それぐらいは覚えている。
私、狭川瑛至は、演歌歌手を目指し、特待生としてレッスンを受けますぅ?!
途中で止めることは絶対しませんだと?!
もし止める時には違約金として一千万円をお支払いしますだぁ?!
な、なんだこれは────!!
「こんなのなかった!!」
「そうだっけ?」
「ぎ、偽造しただろ?!ふざけんなこんな契約…!」
「止めるのか?一千万円払えるのか?」
さ、最悪だ…!!
だ、騙された────!!
こんなふざけたことが通るわけないだろうが!!
だけど紛れもなくこれは俺の字で、俺の印鑑で…。
「は、払えない…です…。」
「だったら黙ってレッスンを受けるんだな。」
「きったねぇ!!詐欺だ!卑怯だ!!」
「証拠もなしに人聞きの悪いこと言うな。文句があるなら証拠を持って来るんだな。」
く、くそ────!!
その調査をするにしたって金がかかるじゃないか。
多分黒田はそれもわかり切っていた。
わかってこんな騙すなんて、人としてどうなんだ?!
俺は、言いたい文句もほとんど言えずに、黙ってしまった。
「まぁそう悪い話でもないと思うけどな。」
「ふ、ふん、極悪人のくせに…。」
極悪人なのに、笑うとカッコいいなんてそれこそ詐欺だ。
男が男に対してカッコいいなんて言うのも変だけど。
黒田こそ、こんなところで教えていないで、ステージに立てばいいのに。
スポットライトを浴びたら映える人だと、俺は昨日初めて見た時から思っていたのだった。
「それじゃほら、レッスン続けるぞ。」
「ま、待って下さい…。」
「なんだ?まだなんかあるのか?」
「っていうか…、なんで演歌…。」
「今の時代は演歌だろ?第二の氷○きよし目指すんだよ!演歌のプリンスだよ!売れるぞー稼ぐぞー。」
「そんな理由かよ?!何がプリンスだふざけんな!!」
お、俺は稼ぎの種かよ?!
っていうか売れるかどうか以前にデビューだってできるかどうかわからないのに…。
黒田は一体、何が目的なんだろう。
どうして俺をタダでレッスンなんかするんだろう。
よく考えてみれば、俺がレッスンを受けていて黒田にメリットなんかないのだ。
高いレッスン料をまるまるなしにして、俺が止めない限りは一千万円も入らない。
しかも俺は金がないから止めれないとわかっている。
そしたら黒田は損するだけで、何も得はないんじゃ…?
様々な疑問が浮かんだけれど、こうなった以上、結局俺はここに来るしかないのだった。
翌日も俺は、教室にいた。
最初は声出し、いわゆる発声練習から始まる。
黒田のピアノに合わせて、延々それを繰り返すのだ。
しかし、今日になって、その内容に変化が表れ始めたのだった。
「そうそう、そのまま続けろよ。」
自動演奏に切り替えて、黒田が俺のすぐ後ろにつく。
言われた通り鏡の前で俺は、それに合わせて続けていたのだが…。
「腹に力が入っていないぞ。」
「…うひゃあっ!な、何すんですかっ!」
「もっと腹筋使え。つーか何変な声出してんだ?」
「だ、だって…うわぁっ!」
普段人に腹なんか触られることはそうそうない。
腹筋だかなんだか知らないけれど、黒田の手が後ろから回されて、腹部に触れられた。
触れられたというか、ちょっと変な取り方をすると、撫でられているというか…。
「そんなんじゃダメだ、ほらもっと。」
「え、えぇっ?あ、あー…。」
明らかに撫で回される感覚に、声が震える。
耳元で囁くように言われて、背中にぞくりとした何かが走った。
鏡に映る俺は、まるで黒田に後ろから抱き締められているようだ。
俺が意識し過ぎなのか…?!
「いいか、歌手ってのは何があっても歌い続けなきゃいけないんだぞ?」
「はい…、うわ!っていうかそこ腹じゃな……あ!」
「今言っただろ?歌い続けるんだ。」
「は、はい…、あ、あー…、ん…!」
腹部を彷徨っていた黒田の手が、下へ降りて俺の股間の辺りをまさぐっている。
始めはズボンの上からだったのに、次第に中に入り込んで来た手を、俺は止められない。
歌い続けろ、そう黒田に言われて声を出し続けるけれど、歌になんかならない。
俺よりも大きな手が、俺自身を撫でては握っているのだ。
そんなことをされたら、そこが色々と変化してしまうのも生理現象というか…。
「どうした狭川、聞こえないぞ?」
「だって…っ、あ、あ…!」
「ちゃんと鏡を見ながらな?」
「あ…、あぁっ、あ…!」
歌っている姿を確認するための鏡なのに、そこには黒田の手によって乱れる俺が映っていた。
膝まで下げられたズボンから剥き出しになったそれは、完全に勃起してしまっている。
それどころか、嬉しそうに先端から涙まで零している。
その事実を自分自身の目で見て受け入れてしまうと、なぜだか余計変な気分になってしまった。
「やっぱり狭川はいい声してるな。」
「あ…、もうダメ…っ!俺もう…っ。」
「じゃあ一番いい声を聞かせてもらうか。」
「あ、あっ、やっ、ああぁ─────…!!」
信じられないことに、俺はあっという間にイってしまったのだった。
しかも男の手で、そいつの目の前で。
よりによって鏡で自分がイくところまで見てしまった。
がくりと膝を落として、その場にしゃがみ込んだまま、暫く動くことが出来ない。
「おぉ…、こんな出たぞ。」
「い、言うな…!」
「だけどまだまだだな、腹筋が使えていない。」
「な、何がまだまだ…っ、セクハラだろこれ…!」
イっておいてこんなことを言うのもなんだが、明らかにこれはセクハラ行為だ。
腹筋と称して俺の下半身に手を出してイかせて。
だいたいこんなところ、腹筋と何の関係があるって言うんだよ。
「バカなこと言うな、腹筋を鍛える訓練だ。」
「う、嘘だ…!もうこんなところやめて…。」
「やめるのか?」
「う……。」
一千万円…。
やめるのか、その台詞は俺にとって敵わない台詞だった。
払えるわけがないものをどうすることもできない。
俺は結局、黒田の言うことを聞くしかないのだ。
翌日も、その翌日も、俺はこのレッスンをされ続けた。
恥ずかしいことにその度に俺はイってしまって、文句なんか言えない立場に追い込まれていった。
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