番外編「ハッピー・バースディ〜志摩編 2」-2



しかしそれから考えても考えても、志摩の欲しい物が思い浮かばなかった。
きっと志摩は何をあげても、喜んでくれるとは思う。
それは俺がくれた物なら何でも嬉しいからだ。
だけど出来るなら志摩が一番欲しい物を…と考えるのは恋人として当たり前のことだった。


「わー、美味しそうー!食べたいー。」

志摩はスーパーのチラシを見ては、紙面の食べ物に向かってそう言う。
それからシロの働くケーキ屋のケーキを見て、総菜屋の前を通った時、スーパーに行った時、インターネットでお取り寄せスイーツを見ている時…つまりは何を見てもそう言うのだ。


「あー!可愛いー。」

そして志摩はデパートで売っているぬいぐるみや雑貨を見ては、そう言う。
もちろんインターネットでそういったウェブサイトを見てもそう言う。
つまりは何を見ても可愛いとしか言わないのだ。


「いいなぁ〜。」

志摩にとっては何もかもが美味しそうで、何もかもが可愛いと思っているとしか思えない。
だから何が一番欲しいかなんて、さっぱりわからなかった。
これが「欲しい、買って下さい」と、言ってくれれば助かったのに…。


「あっ!猫だー!隼人、見て見てー猫ー!」

志摩の誕生日を一週間後に控えた土曜日、庭の掃除をしていると、小さな猫が通りがかった。
しましまの模様が前に飼っていた猫のシマを思わせる。


「やー、可愛い〜ん♪いいなぁー…猫…。」

そういえばそのシマがいなくなって、その後に虎太郎をもらって来たのだった。
しかしその虎太郎も今は俺達の元から去ってしまった。
いくら隣に住んでいるからといっても、今はもう人間の姿になってしまった。


「また猫飼いたいなぁ…。」

志摩がぼそりと言った独り言を、俺は聞き逃してはいなかった。
志摩が猫が好きなのは十分わかっているし、猫のシマや虎太郎がいなくなって寂しい気持ちもわかる。
猫をプレゼントしたら志摩が喜ぶことぐらいはわかってはいた。
もしかしたら志摩が一番欲しいのは、猫なのかもしれないということも。


「志摩、もう終わったなら戻るぞ。」
「あ…はいっ!」

だけど俺は、それを聞いていない振りをしてしまった。
志摩はその猫を足元で離してやると、俺の後をぱたぱたと走ってついて来る。
ごめん…志摩、俺は凄く我儘なんだ…。









そしていよいよ、志摩の誕生日当日が来てしまった。
結局これだと思うものが決まらなかった俺は、とりあえず志摩が欲しそうな物をすべて準備した。
後は志摩が受け取ってどう思うか…それだけだった。


「はーい!隼人、お客さんですっ!」

当日の夕方を過ぎて、ソファに座っていた俺達のところへインターフォンが鳴った。
いつもなら俺が出るところを、この日ばかりは志摩に出てくれと頼んだ。
不思議そうにして首を傾げながら志摩は玄関へ向かって、荷物を受け取ると一目散に走って帰って来た。


「はっ、ははは隼人っ!!これっ!!これ俺にです…!!隼人から俺にでしたっ!!」
「志摩…落ち着けよ…。」
「だっ、だって…こんなこと今まで…こっ、これどうしたんで…あっ、また鳴ってる!」
「うん、出てくれよ。」
「はいっ!了解しましたっ!!行って来ます…!」
「ぶ……。」

俺が見たかったのはこれだ。
志摩が驚いて、慌ててわけのわからない日本語を言うところ。
中身が何なのかもわからないのに、はしゃいでいるところだ。
自分の想像通りの反応に、俺は志摩のいないところで思わず吹き出してしまった。


「隼人ーっ!また届きましたーっ!!隼人、これどうしたのっ?!」
「どうしたも何も…今日は何の日だよ…。忘れてたのか?」
「あ…お、俺の誕生日…?わ、忘れてはないけど…。」
「けど?」
「隼人はそういうの嫌いだから…えっと、開けてもいい?」
「どうぞ。」

さすがに自分の誕生日は覚えていたらしい。
いや、多分志摩のことだからまた何かしたかったのだろう。
それでも俺がそういうイベントだとかが嫌いとわかっていて、言い出さなかった。
頭が悪いくせにそういうことだけは気を遣うなんて、健気で可愛いと思ってしまうじゃないか…。


「わあぁー!美味しそうー!!ねーねー隼人、これでパーティー出来るね!」
「そうだな。」

志摩が最初に開けたのは、肉の加工品のセットだった。
俺が料理をすれば変な物しか出来ないことはわかっていたから、出来上がりの物を準備するしかなかった。


「あっ、でもケーキ…。どうしよう、これから買って来ようかな…。」
「あるよ。」
「えっ?!」
「ケーキも届くから安心しろよ。」
「えぇっ!!そ、そうなのですか…!!」
「そうだよ。」

こういうことが嫌いな俺でも、やる時は完璧にやりたいという妙なプライドみたいなものがあった。
どうせなら喜びはたくさんあった方がいいし、志摩の笑顔もたくさん見たいからだ。
前はこんな恥ずかしいことは出来ないと思っていたけれど、俺も随分と変わってしまったらしい。
誰かのために何かをするのが、自分にとっても喜ばしいことに思えるようになった。


「あっ!また鳴ってる…!出ていいですか?」
「今日は志摩が出てくれよ。」
「はいっ!!行って来ますっ!!わーいケーキかなぁ?!ケーキかなっ!ケーキっ!」
「志摩…転ぶなよ…。」

志摩のテンションはいつもより上がっていて、部屋の中を飛び回っていた。
インターフォンが鳴れば走って玄関まで行って、走って戻って来る。
それを何度か繰り返すうちに部屋の中はダンボールで溢れて、全部届いた時には日も暮れて、ソファの周りは足の踏み場もなくなっていた。
俺の忠告を聞いたのか聞いていないのかは関係なく、志摩が時々転んで床に身体をぶつける音もした。


「あの…隼人…。こ、こんなに俺に…?」
「し、仕方ないだろ…何が欲しいかわからなかったんだから…。」

現実にこうなってしまうと、俺は急に恥ずかしさが込み上げて来てしまった。
自分がしたことが物凄く気障に思えて、今すぐどこかへ消えてしまいたいと思ってしまった。


「こ、この大きいの何かな…。あっ!猫……!」

志摩が最後に開けたのは、とてつもなく大きなダンボールの箱だった。
さすがにそれだけは一人で運ぶことが出来なくて、俺も手伝ってここまで運んだ。
ガムテープを剥がして蓋を開けると、そこには大きな猫のぬいぐるみが座っていた。


「わー!おっきいー…!すごいねー、隼人、これすごいねー!」

志摩はダンボールをひっくり返してそれを取り出し、上に乗ってぎゅっと抱き締める。
普通の猫だってそんなに大きくないだろうというそのぬいぐるみは、この歳にしては小さな身体の志摩と同じぐらいはある。


「ごめん…。」
「え…?ど、どうして謝るの…?」

志摩が喜ぶ顔が見たかった。
だからこそ俺は嘘が吐けなくなってしまった。
本当は志摩がそんな偽物じゃなくて、本物の猫が欲しかったことに気付いていたことを。
気付いていながらもあげられなかった、自分の中に潜む感情を。


「それ…本物じゃなくて…。」
「えっ?だ、大丈夫だよ…?俺、嬉しいよ!これすっごく大きいもん!可愛いもんねー?」
「でも本当は猫…飼いたかったんだろ?本物の猫が欲しかったんじゃないのか…?」
「そ…それはその…猫は欲しいと思ってたけど…。あの…隼人…?」

志摩はぬいぐるみに乗ったまま、曇る俺の顔を窺っていた。
本当はそうじゃなくて、志摩の腕に本物の猫を抱かせてやりたかった。
それはわかっていたのに、俺はどうしても出来なかった。


「でもまた猫なんか飼って、出て行かれたら嫌だったんだ…。」
「は、隼人…。」
「可笑しいだろ?俺が寂しがるなんて…。」
「そ、そんなことないです…!お、俺も嫌だよ…?またいなくなっちゃうの…。シマにゃんの時も虎太郎の時もすっごく寂しかったもん…!」

志摩がどれほど寂しかったのかは知っていた。
だけど自分がこれほどまでに寂しかったなんてことは暫く気付かなかったし、誰にも言っていなかった。
以前は寂しいという感情さえあまりよくわかっていなかった。
志摩と出会ってから、俺は「寂しい」という意味を知ったのだ。


「それに…。」
「あ、あのっ、隼人…?」

だけど寂しいだけが理由ではなかった。
そんな女々しい感情とは別に、もっと醜い感情があったからだ。
俺は志摩の傍へ近寄って腕を掴んで、耳元に唇を近付ける。


「猫なんか飼ったら志摩はそいつばっかり可愛がる…。」
「え…っとあの…そ、それってあの…どういう…。」
「わからないか?猫に嫉妬するのが嫌だからっていうことだよ。」
「あ……あの……っ!!」

志摩の真っ赤になった耳に唇で触れて、そこをきつく吸い上げる。
俺は自分で思っていたよりも、嫉妬深かったのだ。
猫を飼えば志摩がやたらとべったりになるのがわかっていて、俺にべったりになる分が減るんじゃないか…そんな心配をしていた。
だから猫をあげることがどうしても出来なかった。
志摩を独り占めしたい、そんな自分の醜い欲望に勝てなかった。


「お、俺…猫はいいです…っ!」

志摩はぎゅっと目を閉じて、俺の身体を強く抱き締めた。
震える小さな手が俺の髪を掴んで、こんな時なのに心地良くて一瞬眠たくなってしまった。
志摩の胸元へ頭を預けると、ドキドキと心臓の音がうるさく鳴っているのがわかる。


「志摩…?」
「こういうの…いっぱいくれたもん…っ!隼人が俺のためにいっぱい考えてくれたもん…!」
「志摩……。」
「お、俺は隼人がいればいいんだもんっ!隼人がいいの…!隼人がいいっ、俺は隼人が欲しいんだもん…っ!」

志摩はおそらく、混乱してしまっている。
どう言えば俺が納得してくれるのかがわからなくて、思ったことをただただ並べているだけだ。
だからそんな聞き捨てならない台詞を言ってしまった。
それはいつものことで、わかっていたはずだった。







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