「MY LOVELY CAT2」-4
行かないで。
僕の傍から離れて行かないで。
僕のことだけを考えていて。
「志季…。」
それは僕が心の奥底から、本気で思ったことだった。
本当に虎太郎のことが好きで、独り占めしたかった。
志摩のことなんか、他の人のことなんか考えないで欲しい。
他の人の名前なんか出さないで欲しい。
いつも僕の名前をしつこく呼んでいて欲しい。
それは我儘で身勝手な、僕なりの恋心というやつだ。
「こ…虎太……ん…!んう…っ、んん…!」
「志季……、志季……っ。」
いつもはドキドキハラハラして落ち着かなくて仕方がない虎太郎のキスも、この時は違っていた。
息も出来ないぐらい激しく僕の唇を貪って、言葉さえも塞いでしまうことで、僕は何だか安心してしまったのだ。
僕が虎太郎でいっぱいなのと同じように、虎太郎も僕でいっぱいなんだと思うと嬉しくて仕方がなかった。
「ふ…ぁ……っ。」
「志季…俺、行かないよ…志季と一緒にいる…。ずっとずっと一緒にいる…!」
「う…ふ……ん……?あ……っ!!」
「だって俺、志季が大好きなんだ……。」
一度離れてしまった虎太郎の唇を、僕は夢中で追い掛ける。
不器用だけど虎太郎のキスに応えたくて、もっとキスをしたくて堪らなかった。
だけど僕の行動に反して虎太郎の唇は首筋へ下り、気が付いた時には開けられた襟元に虎太郎の顔が埋まっていた。
「あ……や……っ!」
「志季……。」
キスだけで満足なんて、やっぱり駄目なのかな…。
虎太郎は僕と繋がることを望んでいるのに、ここまでじゃ駄目なのかな…。
どうして人は好きになると心だけじゃなく身体を求めてしまうんだろう。
どうして気持ちを確かめてただ抱き合って、キスをするだけじゃ駄目なんだろう…?
恐いことをわざわざする必要があるのか、やっぱり僕にはわからない。
「や、やだ………ッ!!」
「うわわっ!し、志季……?」
僕は思い切り虎太郎の身体を突き飛ばしてしまった。
肌蹴た襟元をぎゅっと握って、虎太郎から遠ざかる。
自分から行かないでなんて縋っておいて、いざ虎太郎に迫って来られるとこの有様だ。
「そっ、そういうのは…っ、そういうのはやだって…っ!」
「え…で、でも…。」
「そういうことしてなんて言ってないでしょっ!!な、何調子に乗ってんのっ!!」
「志季……。」
それなのに虎太郎のせいなんかにして、僕はやっぱり最低だ。
虎太郎は何も悪くない。
あんな風にされたら、その先に進みたくなるのはおかしなことではない。
ただ僕が自分の勇気を振り出せずにいることだけが悪いんだ。
「こ、虎太郎ってばそういうことばっかりなんだからっ!バカの一つ覚えだっ!!」
「む…またバカって言ったー…。」
「バカにバカって言って何が悪いのっ?!だって本当のことでしょっ!」
「じゃあ志季はひねくれんぼだ!意地悪だ!悪人だ!」
「ふ、ふんっ!!そんなのわかってるよっ!!虎太郎に言われなくたってわかってる!!っていうか虎太郎には言われたくないっ!!」
「何だよそれー!志季、可愛くないぞ!」
もしここで虎太郎が本気で怒って、無理矢理でも僕を抱こうとしたら…。
そうしたら僕は、そのままおとなしく抱かれるかもしれない。
本気になったら僕なんか虎太郎には敵わないんだ。
恐怖感は消えないどころか余計恐いかもしれないけれど、自分で勇気は出さずに済む。
いっそそうしてくれたら、どんなに楽だったか知れない。
「僕は可愛くなくたっていいの!!何回言えばわかるのっ!!」
「ぷ……。」
このまま口喧嘩に突入するかと思いきや、突然虎太郎は吹き出してしまった。
僕は何も面白いことを言ったつもりはないのに、不愉快なこと極まりない。
「な、何笑ってんのっ?!ふざけな…。」
「へへー、よかった!志季が元気になった!」
「な…何言ってんの……?」
「ホントに病気になったかと思った…よかった、いつもの志季だー…。」
「な、何それ…っ、僕は病気なんかじゃ…っ。ちょ、ちょっと…っ。」
「ぎゅってするだけ…。志季のやなことしないから…。」
虎太郎は僕の身体を抱き締めて、頬を擦りつけるように甘えている。
まるで大きい子供みたいだ。
僕がいないと何も出来なくて、僕が生きていけないみたいな…。
違う、そうじゃない…僕が生きていけないんだ。
僕は虎太郎がいないと困るし、虎太郎がいないと生きていけない…。
「志季ぃ、さっきごめんな?もうしないから…。」
僕を見上げた虎太郎の顔は、その子供みたいな行為とまったく逆で、やけに大人びていた。
耳と尻尾がなければ本当に人間と変わらない、大人の男の人と同じだ。
そんな優しい台詞を言って、僕の心臓をドキドキさせて、もっと好きにさせるんだ。
「志季?まだ怒ってるのか?」
「べ…別に怒ってなんか…。」
「へへーよかったー。」
「も…もういいから離れてよ…。」
僕はまともに虎太郎の顔が見れなくなってしまった。
そしてこの心臓の音が虎太郎に聞こえていないかが、気になって仕方がなかった。
「えー?やだ!くっついてたいー。」
「お…お腹が減ったの…っ!ご飯もらいに行って来てよ…っ!」
「なぁんだ、やっぱり腹減ってたんじゃないかー。」
「そ…そうだよっ。だから早く行って来てって言ってるでしょ…!!」
お腹が減っているなんて大嘘だった。
自分で行くなと言って引き止めておいて、物凄く勝手なことを言っているのはわかる。
これが虎太郎じゃなくて隼人みたいな人だったら、今頃僕の我儘にブチ切れていたかもしれない。
「わかった!じゃあ行って来るっ!」
だけど僕にはどうしても虎太郎をこの場から追い出さなければいけない理由があった。
虎太郎には見られなくない、気付かれたくない変化が起きてしまっていたのだ。
抱き締められてドキドキして止まらなくなって、そのことが身体にまで現れてしまっていた。
「や……っ。」
虎太郎が来てからまともにそういうことをしていなかったからだ。
これはあくまでも、体内にそういうのが溜まってしまったという生理現象だ。
そう言い聞かせようとしても、無駄だった。
僕の脳内は虎太郎のことばかりで、考えれば考える程そこは熱を上げたように膨らんでいく。
パジャマを捲って見えた光景に一瞬目を覆いたくなってしまったけれど、それが何よりの証拠で、真実というものだった。
「は……あぁ……っ。」
僕は変化をしてしまった下半身へ手を伸ばし、それをおそるおそる握った。
緩やかに勃ち始めていたそれの先端からは透明な液体まで滲み出してしまっていた。
「あ……あ……。」
たとえばこれが僕一人ですることではなくて、虎太郎とすることなら、一体どんな風になるんだろう。
触れている手が僕の物ではなくて、虎太郎の手だったら、どんな動きをするのだろう。
それが手ではなくて虎太郎の舌だとしたら、それはどんな感触なのだろう…。
「はぁ…っ、はぁ……っ。…たろ……っ、虎太郎……っ?虎太郎……っ。」
虎太郎が僕にするあの激しいキスが、僕の下半身へ施されたりなんかしたら…。
僕は経験はないけれど、それぐらいの知識はある。
エッチの中で手だけじゃなく口も使うということぐらい、何となくだけど知っていた。
そしてそれを想像するだけで、僕の下半身は信じられないぐらいの膨張をしてしまっていた。
「はぁ……っ、虎太郎…っ、も…だめぇ…虎太郎ぉ……っ。」
いつもとは違う、僕に真剣に迫って来る時の虎太郎の低い声。
僕をぎゅっと抱き締めるあの大きな手。
柔らかい唇や、絡みついて来る熱い舌…虎太郎を形成するすべてに僕は「男の人」を感じてしまう。
触れられて舐められて、時々耳の奥に吹き掛けられる息に肩を震わせながら僕は…僕は……。
「や……あぁ………ッ!!」
いつ虎太郎がご飯をもらって戻って来るかわからないような状況で、僕はとうとう達してしまった。
寝室のドアには鍵もなくて、それこそ見られたりなんかしたらお仕舞いだというのに。
「はぁ……はぁ……。」
僕は布団の中で丸まっていた身体を伸ばし、下半身を握っていた掌を開いた。
自分の放った白く濁ったものがそこをべっとりと濡らしていて、急激に恥ずかしさが込み上げた。
「や…っ、やだ…っ!やだっ、やだ…!!」
僕は何ということをしてしまったんだろう…!
虎太郎にドキドキして、興奮して一人でこんなことをするなんて…!
どうしよう…どうしよう…!!
変だよこんなの…!
僕…どうしちゃったんだろう…?!
「志季ぃー!ご飯もらって来た!志摩がお粥にしてくれて……。」
「こ…来ないで…!!」
タイミングが良いと言えばいいのか悪いと言えばいいのか…こんな時に限ってすぐに虎太郎は戻って来てしまった。
僕がしてしまったことがバレずに済んだのはいいとしても、何の問題の解決にもなっていない。
それどころか今虎太郎の顔を見てしまったら、僕はまたあんな状態になってしまうかもしれない。
「志季?どうした……。」
「いっ、今着替えてるの…!寝たら汗かいたの…っ!も、もう少ししたら行くから…!!」
「うーん、そっかぁ。わかった!じゃあ俺、あっちで待ってる!」
「う…うん……。」
こうなったらもう、僕に残された手段は一つだ。
何とか勇気を振り絞って、虎太郎とエッチをするしかない。
そうしたら僕は、虎太郎の行動や言動にいちいち動揺することもなくなるかもしれない。
さっきみたいに一人であんな行為に走らずに済むかもしれない。
細かいことで嫉妬だってしなくなるかもしれないし、虎太郎だけじゃなく志摩や隼人にだって優しくなれるかもしれない。
少しは余裕みたいなものも出て来るかもしれないし、少しは素直になれるかもしれないんだ。
それより何より、虎太郎をちゃんとした人間にすることが出来るじゃないか。
僕にとっても虎太郎にとっても、周りにとっても良くなることだと思えばいいんだ。
勇気さえ出せば、今よりもいいことが待っている、そう思えばいい。
「はあぁー……。」
僕は大きく深呼吸をして、何とか心を落ち着かせた。
近くに置いてあったティッシュペーパーで手を拭って、そのまま洗面所まで行ってきちんと手も洗った。
虎太郎が待つリビングへ着く頃にはいつもの僕に戻っているといい、そう祈りながら。
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