「MY LOVELY CAT2」-2




何と言うか…こういうことというのは、一体誰に聞けばいいものなんだろうか。
そもそも誰かに聞くようなことでもないのだろうか。
世の中の皆は誰かと身体を繋げることに恐怖も抵抗も無くて、こんな風に戸惑っているのは僕だけなんだろうか。
僕には友達と言うものがいないから、そういうことがまったくわからない。


「…は?やめる?やめるって言ったのか?」
「はい、言いました。」
「ちょっと待ってくれないか小南…その、何か不満でも…やりたくないということか?」
「別に不満はないです。やりたくなくもないです。でも僕より相応しい人にやらせて下さい。」

翌日僕は自由登校でほとんど人のいない学校へ行き、職員室にいる担任を訪ねた。
たかが生徒一人の言葉にこんなに慌ててしまうなんて、教師ってものも大したことがない。
こんなんじゃ生徒にナメられるのも当然だ。


「しかし結構前に決まったことだしな…。これから代わりを探すっていうのも…。」
「あんなの誰でも読めますよ。何だったら僕の原稿使って下さい。」

もうすぐやって来る卒業式で、僕は卒業生代表の答辞を読むことになっていた。
僕が3年前入学式で答辞を読んだから同じ人にやらせたかったのか、単にいい大学に進学を決めたからなのか…高校生活で何も問題を起こさないで優等生として過ごしたからなのか。
理由はよくわからないけれど、そういうのは僕みたいな奴が読むものではないと思っていた。
もっとこう…生徒会長だとかスポーツなんかの部活動で有名になった生徒だとか、そういう校内の人気者みたいな奴が読むべきなのだ。
僕なんかがあんな高い舞台に立つ皆の代表だなんて、皆も納得がいかないだろう。
立派な文章を読んだところで、どうせ陰で「あいつは最後までエラそうだったよな」なんて言われるのが目に見えている。
僕は皆の気分を害してまで、そんな大舞台に立とうなんて思わない。
出来れば僕は目立ちたくもないし、皆には僕の存在を忘れて欲しい、そう思っているんだから。


「うーん…しかしなぁ…。」
「先生、僕が皆に何て言われてるか知ってますか?」
「え……。」
「性悪、エラそう、ツンケンしてる、態度がデカい、友達いない、嫌われ者。そんな奴が読んで皆が気持ちよく卒業出来るとは思えません。」
「こ、小南…。」
「だから他の人にやらせて下さい。僕は皆のためを思って言ってるんです。」

30歳手前で初めて担任を持った若い教師なんて、こんなものなんだろうか。
他の年上の教師達には逆らえなくて、これから代わりを見つけようとしても誰にも頼めない。
今まで何も迷惑をかけずに来た僕の最後のお願いも聞けないような根性無しなんだろうか。


「その…少し待ってくれないか…?急に言われても対応出来ないかもしれないし…。」
「じゃあ僕卒業式に出ません。それでいいですか?そしたら読まなくて済みますよね。」
「こっ、小南…!それは…。」
「本当はどうでもいいんです、卒業式なんて。自由参加だったら絶対出ないところです。」
「わ、わかった…、何とかしてみるから…。卒業式には出てくれるな?」
「はい。よろしくお願いします。」

半ば脅しのようなことを言って、僕は答辞を辞退した。
これで少しはこの人も根性を出して、生徒や他の教師にナメられなくなればいいのだけれど。


「あー…小南?」
「はい?」

用件だけ済ませて職員室を後にしようとすると、遠慮がちに担任が声を掛けて僕を引き止めた。
まだ何かあるの?そう言いたげに、あからさまに不機嫌な返事をしてしまった。


「その…大学に行ったら少しは友達を作るんだぞ?」
「何ですかそれ…。」
「君は成績も優秀で生活態度も問題はない。だけどそれだけが心配だったんだ。」
「…考えておきます。」

無関心だと思っていた担任にまで心配されるなんて、僕はどこか変なんだろうか。
友達がいないのは、やっぱりいけないことなんだろうか。
だって皆僕を嫌いだって言うし、友達になろうと思わないみたいだし、だから僕には友達が出来ないんじゃないか…。
それで僕は余計ひねくれて性格も悪くなって…それも責任転嫁だって言われるのかな…。


「それじゃあ卒業式にな。」
「はい…。失礼します。」

僕は担任に軽く頭を下げ、職員室を後にした。








「あー!志季だ!志季ーっ、志ー季っ!」

学校からの帰り道をとぼとぼ歩いていると、マンションが見えた途端に明るい声が飛び込んで来た。
遠くに小さく見える虎太郎が、僕を見つけて手をぶんぶんと大きく振っている。
あんなところで大声を出すなんて、何て恥ずかしいことをしてくれるんだろう…!


「志季ーっ、おかえり!志季っ、会いたかったーおかえりっ!」
「もうっ!何してんのっ!!」
「え?志季、怒ってるのか…?」
「当たり前でしょ!何大きい声出してんのっ!!」
「えー…でも志季の声も大きいぞ?」
「う…うるさいっ!!屁理屈言わないでよっ!!」

この日も虎太郎は日なたぼっこをすると言って、庭にいたのだ。
春を思わせる穏やかな陽射しに透けて、帽子の下から見える茶色い髪がキラキラしている。


「もうすぐ昼ご飯だって!志摩が言ってた!」
「何はぐらかしてんのっ!僕の話はまだ終わってない…。」
「今日何かなー?グラテンかな?やきそべかな?俺、すっごい腹減ったんだ〜。」
「もう……。」

本当に食べることしか頭にないんだから。
口を開けば腹が減っただのおやつをくれだのって…。
それにグラテンじゃなくてグラタン、やきそべじゃなくて焼きそばだよ…。
知っている単語を並べたって、全部間違ってるんだから。
そんな大きな身体して、中身はまるで子供なんだ。
志摩と話しているところなんか、幼稚園児か小学生が二人がいるようにしか思えない。


「へっへー志季っ♪」
「ちょ…!な、何するの…!」
「んー?ゴロゴロしてる!志季ー、会いたかったー。」
「は、離してってば…!誰かに見られたら…!」

急に頭を擦り付けながら抱き付いて来た虎太郎の腕を、僕は力づくで振り払おうとする。
だけど本気でそれが出来なかったのは、担任にあんなことを言われたせいかもしれない。
友達がいないと言われて、ほんの少しだけ自分が寂しい人間に思えてしまったから。
そこに虎太郎が、あんな遠くから僕を呼んでくれたから…。
虎太郎の頭の中が食べることだけなんて嘘だ。
食べること以上に、僕のことを考えているんだ。
僕はそんな虎太郎が凄く好きだと実感してしまって、それで離せなくなってしまったんだ…。


「あっ、志季帰って来たんだー?」
「見ればわかるでしょ。」
「志季ぃー、志摩をいじめるなよー。」

僕達三人が一緒にいる時の会話は、いつもこんな感じだ。
志摩の言うことに僕がきつい言葉で返して、それを虎太郎がいじめるなと責める。
普段会社に行っていない隼人は、この場にいたとしても口出しはしないだろう。
そんな隼人も、度を過ぎると口出しどころか手出しまでしそうな勢いになる。
だから僕は本当に志摩を「いじめる」まで行かないように気を付けているつもりだ。
そもそも本気で志摩を嫌いなわけじゃないから、いじめる気なんてまったくないのだけれど。


「えへへー、今日はオムライスです!」
「オムルイスー♪」
「もー虎太郎、オムライス、だよ。」
「へへっ、そっかー。」

なんてレベルの低い会話なんだろう。
僕にはまったくついて行けないよ…。
昼ご飯なんて別にお腹いっぱいになれば何だっていいじゃないか…。
何を二人でそんなにベラベラ喋る必要があるんだろう。


「……仲良いね。」
「う?志季…?」
「な…、なんでもないっ!喋ってないで早く出してよっ、お腹減ったんだってば!」
「あっ、は…はい…!ごめんなさいっ!」

今の…何…?
志摩のことは嫌いじゃないのに、何だか変な感じがした…。
ご飯だって僕は作ってもらっている立場でエラそうにして、志摩のご飯は正直美味しいと思っているのに「何だっていい」だなんて…。
別に二人で喋っていても、僕には関係のないことなのに…。
何を僕は、志摩に八つ当たりみたいなことをしているんだろう…?


「志摩ぁー、後で話があるんだ!」
「えっ?俺に?」
「うんっ!だからご飯の後いいか?」
「あ…うん…。いいけど…でも…でもあの…。」

ご飯の途中で、虎太郎がそんなことを口に出した。
突然のことに志摩は戸惑っているみたいで、気まずそうにして僕をチラチラと見ている。


「僕のことなら気にしなくていいよ。勝手にどうぞ。」
「で…でも志季…。」
「じゃあご馳走様。ごゆっくりどうぞっ、二人仲良くね!」
「あっ、志季…!」

僕は急いでご飯を平らげて、スプーンを置いて席を立った。
志摩が止めるのも聞かずにその部屋を後にして、ドアを閉めた瞬間、心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。


「………っ。」

僕は気付いてしまったのだ。
さっきの変な感じ…今志摩に投げ捨てた台詞に込められた自分の思いを。


「…や……やだ……。」

嫌だ…、どうしよう…!
僕は志摩に、嫉妬をしてしまっていたんだ…!
虎太郎と仲良くしている志摩に、激しい怒りを覚えて悔しくて堪らなかった。
こんなことを考えてしまうなんて…何て恥ずかしいんだろう、何て醜いんだろう…!
僕は最低だ、何もかもが最低なんだ。
虎太郎がエッチを迫って来た時あれだけ嫌がっておいて、虎太郎を独り占めしたいだなんて…!
いつの間に僕は、こんな風になってしまったんだ…!
これじゃあ本当に、恋というものに飲み込まれて僕の中の僕という人間がなくなってしまう。
そんなのは嫌だ…!
僕は自分がどうしたらいいのか、本当にわからなくなってしまった。






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