「MY LOVELY CAT2」-13
虎太郎…大好き……。
こんなに好きになるなんて思ってもいなかったけれど、本当なんだ。
僕は虎太郎のことが凄く好きで、誰にも取られたくない。
志摩や隼人や他の誰にも…。
そんなことを考えてしまう僕はとても我儘で自分勝手かもしれないけれど、どうかわかって欲しいんだ。
お願いだから、僕だけを見ていてって…。
僕を一人にしないで、どこにも行かないでって……。
「へへっ……志季ぃ…。」
「ん……。」
温かくて気持ちのいい感触に包まれながら、とても幸せな夢を見ていた。
虎太郎が僕をぎゅっと抱き締めてくれて、ずっと離さない夢。
現実に戻れば僕はまた憎まれ口を叩いてしまうから、せめて今だけは素直にその腕に抱かれていたい。
僕の大好きな、虎太郎の大きな胸の中に……。
「志季ぃ…大丈夫だからなー?」
「ん………え……?!」
「あっ!志季ぃ!!起きたのか?!志季っ、志ー季っ!」
「え…!あ…、ちょ…離れ………ううぅっ!!」
あまりにも虎太郎のことを考え過ぎたのか、ゆっくりと目を開けた時、それは現実となっていた。
虎太郎は僕の身体をぎゅっと抱き締めながら髪を撫で、甘えるように頬を摺り寄せていたのだ。
僕が目を覚ましたことに気が付くと満面の笑みを見せて、しつこいぐいらいに名前を呼んでキスをする。
それはいつもと変わらないことなのに、目を覚ました僕だけはいつもと何かが激しく違っていた。
「ん?志季?」
「は…離れてって……う…う……。」
「ん?ん?どっか痛いのかー?あっ、また腹痛いのか?!」
「あのねぇ……。」
どこが痛いのかなんて自分でもよくわからないし、どんな痛みかと言うと何と表せばいいのかもわからない。
ただ下半身を始めとして全身がギシギシと軋むように鈍い痛みが走っていて、自分の思い通りに身体が動かない…そんな感じだ。
生まれてから17年経つけれど、こんな痛みは初めてのことだった。
それもそのはず、僕は初めてエッチをしたのだから…。
「落ちてたお菓子でも食べたのか?」
「だ…誰の……く…っ。」
「ダメだぞ志季ぃ、志季はすぐ腹痛くなるんだもんなー。」
「だ…れの……っ、誰のせいだと思ってんの…!!あいたたた……!」
「え?志季??」
「え?じゃないでしょっ!!っていうかお腹痛いなんてひとっことも言ってないんだけどっ!!虎太郎じゃないんだから落ちてるお菓子なんか食べないしっ!!いった…!」
エッチの最中にも思ったけれど、虎太郎にはデリカシーというものがない。
無神経と言うか…無知なせいもあるけれど、こういう時ぐらい少しは気遣って欲しいものだ。
朝起きて第一声は「大丈夫?」とか何とかあるじゃないか。
それをよりによって落ちているお菓子を食べたから腹痛でもするのか、だなんて…。
別に期待をしていたわけではないけれど、これではあんまりだ。
「え…っとー…?」
「だ…だからっ、その……。も、もう…っ!虎太郎のせいなんだからねっ!」
「あぁ!!そっかー、交尾したからお尻痛いのか!」
「バ…バカぁっ!!な、何てこと言って…っ!痛…っ、も…やだぁ…!!」
「志季は初めてだもんな!お尻大丈夫か?どのへんだ?ちょっと見せて…。」
「う…うるさ……!ひゃああぁっ!!ど、どこ触って……っ!!あ…いたた…っ!」
だけど何も、そんなにはっきり言わなくてもいいと思う。
虎太郎に気遣いなんかを要求した僕も悪いかもしれないけれど、どうしてこうも恥ずかしいことをはっきり言えるんだろうか。
そうではなくて…もっとこう、違う言い方や触れ方があるだろうに…。
僕が想像していた、エッチの次の日の甘い朝…みたいなシチュエーションとはあまりにも違い過ぎていた。
これは僕の、単なる我儘なのだろうか…。
「志季ぃ、大丈夫か?」
「い…今頃遅……うー…。」
「大丈夫、俺がずーっとこうやってぎゅってしてるからな?」
「べ、別にそんなことされても治るわけじゃないし…。」
僕は嘘吐きだ。
今一瞬、虎太郎の腕の中にいたら、痛みなんかどこかへ消えてなくなるような気がしたのに…。
虎太郎がこうして抱き締めてくれるなら、あんな痛いことだって全然平気な気分になっていたのに…。
相変わらず素直になれない自分に腹が立ちながらも、せめて少しだけでも…と、虎太郎の腕をぎゅっと掴んだ。
僕にとっては、これでも進歩した方だ。
「志季、俺どこにも行かないからな?」
「な、何それ…。」
「だって志季、ずっと言ってたから。さっき起きるまでずっと言ってた。俺にどこにも行くな、ずっと傍にいてって…虎太郎大好きーって何回も言ってた!」
「え……!!い、いいい言ってないよそんなこと…!!う…痛い…!」
どうやら僕は幸せな夢の中で、その思いを実際に口にしてしまっていたらしい。
だから僕が起きた時、虎太郎はあんな風にべったりと引っ付いていたのだ。
まさか「大好き」まで口にしていたなんて…これ以上ないぐらい恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分とはまさにこのことだ。
「言った!俺はこの耳で聞いた!」
「ぼ、僕は聞いてないし覚えてないのっ!」
「えーっ?!なんだよそれー!絶対言ったのにー!俺の名前いっぱい呼んでぎゅーってしがみ付いて来たのに!」
「し…してないったらしてないっ!もうっ、うるさいっ、しつこいっ!!離してってば痛いんだから…っ!」
僕だってわかっている。
大好きだと言って、虎太郎を離したくないからとしがみ付いていたことぐらい、虎太郎に言われなくても自分でもわかっていたんだ。
だけどそれを口にされると、どうしても否定したくなってしまう。
素直に認めれば虎太郎は喜ぶのを知っていながらも、僕は出来ずにいた。
「なんだよーもう…。」
「も、もうそんなこといいで……ね、ねぇ…?」
「ん?どうしたんだ?腹減ったのか志季?」
「ち、違うよ…。お腹減ってるのは自分でしょ…。」
「へへっ、ばれたかー!何かないのか?おやつ食べていい?」
「そ、そうじゃなくて……。」
僕は虎太郎の腕に包まれながらふと振り向いた瞬間、どこかおかしなことに気が付いた。
腹が減っただのおやつだのと騒いでいる虎太郎は、いつもと変わらない。
そのいつもと変わらないことが逆に変だと思ったのだ。
エッチをして、僕はこんなにもクタクタになっているのに、虎太郎は元気があり余っているみたいだ。
ううん…そうじゃない…。
元気だとかそういうことじゃなくて…。
「志季は?おやつ食べ……。」
「ああああぁぁっ!!」
「うわっ!!ど、どうしたんだ志季…。」
「み…耳……っ、みみみ耳は…っ?!」
「耳?それがどうした……あ、あれ…?!」
「耳消えてないじゃないっ!!なんでっ?!ああぁっ!尻尾も!!痛っ、いたた…!」
そう、僕達は確実にエッチをした。
僕の身体が上手く動かないのも、虎太郎の背中に深い爪痕が残っているのもそのせいだ。
何より今、二人で裸でいるのが最大の証拠だ。
それなのにどうして、虎太郎は何も変わっていないのか。
僕とエッチをすれば虎太郎は人間になる…そんな妙な魔法をかけられたはずなのに。
僕がこの数日間一人でモヤモヤしていたのも、そのせいだった。
虎太郎だってエッチをしなくても大丈夫、待っていると言ってくれたのも全部全部そのせいで…。
「いやー遅くなっちまったなぁ……お?!」
「やーん、アオギー待ってぇー!」
「ああっ!猫神様だー!」
「ぎゃああぁ──…!ま、また勝手に…っ!」
その時急に壁の向こうから声が聞こえて、そこに穴のような空間が出来た。
中から出て来たのは、その妙な魔法をかけた超本人…青城とか言う猫の神様だ。
傍らにくっ付いている子供は、この神様の恋人とか言う奴に違いない。
「ははっ、バレちまったか!こっそり来ようと思ったんだがなー。」
「バ…バレるに決まってるでしょっ!何がこっそりなのっ、そんな堂々と壁から侵入しておいて…!!」
「アオギー、この人恐いー。おに?かいじゅー?ばけもの?」
「し、失礼なこと言わないでよっ!!何なのこの子っ!!」
こっそり、なんてよく言えたものだと思う。
今までだって堂々と人の家に入って来ておいて、今更だ。
おまけに初対面の僕に向かって恐いだとか鬼だとか何だとか…、失礼極まりない。
「あぁ、こいつはシマにゃんこって言ってだな、俺の愛…。」
「わ、わかってるよそんなのっ!」
「なんだ、何なのって言うから紹介…つーか自慢してやろうと思ったのによ…。」
「い、いらないよそんなのっ!」
「いらんとは失礼な奴だな…こーんな可愛いのによ…。なー?シマにゃんこ。ほら、ちゅーするぞちゅー♪よーし交尾もしちゃうか?ん?」
「や…やめてよ人の家の中でっ!!」
「なんだなんだ、自分達だって交尾してたんだろうがよ。ん?」
「う…うるさ……!し、してないよそんなの…!!」
僕には理解出来ない。
どうしてこんなにいい加減な奴が「神様」なんて役職に就けるのか。
そしてこの子がそんな奴の恋人なんかになるのか。
元は志摩と隼人の猫だって言っていたし、あの二人を捨ててまで追い掛けるような大層な奴とは到底思えない。
「えー!志季っ、俺達しただろー?交尾したっ、絶対したぞ?!」
「バ…バカっ!!そんなことハッキリ言わないでよっ!!あいたた…!」
「ほら、痛いって言った!猫神様っ、俺達交尾しましたっ!志季のお尻も痛くなってるだろっ?!でも人間になってないのはなんでだ?!」
「も、もうやだっ!!言わないでって言ってるでしょ…!うー…痛い…。」
エッチをしたという事実を認めないことには、僕達は猫神様を責めることは出来ない。
虎太郎の単細胞な性格に感謝するべきなのかもしれないけれど、それにしたって言い方というものがある。
何もそんな風にハッキリ照れもせずに言わなくても…もうちょっと恥じらって欲しいと思うのは、僕だけなのだろうか。
「なんでか知りたいのか?」
「うんっ!だって俺、人間になれるんじゃなかったのか?」
「うーん…どうしても知りたいのか?」
「う…うんっ!知りたいっ!!」
「うーん、それはだな……。」
「猫神様っ、教えてくれ!俺もう人間になれないのか?どうすれば俺は人間になれるんだ?俺、志季と同じ人間になりたいっ!お願いっ、俺のこと人間にして下さい…っ!!」
虎太郎の思わず出てしまった本音に、僕は少しだけ胸がチクリと痛んだ。
昨日はなれなくてもいいなんて言っていたけれど、やっぱり人間になりたかったんだ…。
それも僕と同じだからって…そんな単純で簡単な理由で、それだけで猫をやめるだなんて…。
そんなにも僕のことを思ってくれる虎太郎の気持ちをもっと早くに知っていれば、もっと早くにエッチ出来たかもしれない。
人間になれるとかどうとかは関係なく、好きだから虎太郎に触れたいと思っていたかもしれない…。
「それはな、嘘だからだ!」
「……え?!」
「……はあぁっ?!」
猫神様の真面目な顔から出た言葉に、僕も虎太郎も目を丸くした。
嘘だから…?
それは一体どういう意味…?
混乱する頭の中で、僕は嫌な予感に襲われた。
もしかして…僕と虎太郎は二度も騙されてしまったということなのだろうか…と。
「いやー、あん時はつい俺もムキになってだなー。ほら、俺も神様としてのプライドっつーもんがな…。ははっ、許せ!俺ってば意地っ張りさんなんだよな!」
「ムキになってって…!バカじゃないのっ、子供じゃあるまいし…!」
「だけどお前が悪いんだからな?子猫ちゃんよー。そんなの出来るわけがないなんて言うから…つい、な?」
「ぼ、僕は子猫なんかじゃないよっ!!っていうか人のせいにしないでよねっ!!」
「おーい虎三郎っ、お前ホントに交尾したのか?暴れて大変だっただろ?布団捲ったら全身に引っ掻き傷でも付いてんじゃないのかぁ?うひゃひゃ!」
「う…ううううるさいよっ!!そんなのどうでもいいでしょっ!いいから早く何とかしてよっ!!っていうか虎太郎はそんな変な名前じゃないってば!いい加減覚えてよねっ、バカ神様っ!!」
何がプライドなの…?!
確かに僕はそんなことを言ったけれど、別にそこまで気にすることでもないじゃないか。
それは出来ないって、素直に言っても何とも思わなかったのに。
そんなくだらないことのせいで、僕が一体どんな思いをしたか、この神様には一生わからないだろう。
「バカ神様な…。」
「バ…バカだからバカって言って何が悪いの…っ?」
「まぁそれはいいや。それで、本当にいいのか?」
「な、何が…?」
「だから、こいつが人間になるってことをよくわかってるんだろうな?子猫ちゃんよぉ?」
「それは……。」
僕は一瞬だけ、真剣な表情の猫神様の言葉の意味を考えてしまった。
虎太郎が人間になるということは、もう猫には戻れないということ。
何も知らない虎太郎は、僕しか頼る人間がいないのだということ。
僕にその覚悟があるのか、猫神様は確かめたかったのかもしれない。
すぐに人間にしたところで、虎太郎が捨てられるのではないかと心配をしたのだろう。
だからこんな魔法だの何だのとわけのわからないことをして、僕の気持ちを確かめていたんだ…。
「どうした子猫ちゃん?やっぱり…。」
「そんなの…わかってるよ…。」
「ん、そうか。」
「わかってる…。」
だって僕には虎太郎が必要なんだ。
夢の中でも離したくないと思うぐらい、大好きなんだ。
僕は虎太郎を捨てたりなんかしないし、ずっと傍にいる。
ちゃんと僕にはその覚悟がある。
だからこそ僕は、虎太郎とエッチをしたんだから。
「志季ぃ、俺…いいのか…?」
「人間になりたいって言ったのは虎太郎でしょ…今更いいも何も…。」
「でも…志季が迷惑なら…。」
「迷惑なわけないでしょ…!め、迷惑ならこんな…ここに置いたりなんかしないっ!す…好きじゃなきゃエッチだってしないんだから…!!う…!痛……っ!」
「し、志季…?」
「虎太郎はわかってないっ!全然わかってないよっ!!ぼ、僕がどれだけ虎太郎のことを好きなのか…、ずっと傍にいて欲しいって思ってるんだから!虎太郎を離したくないって思ってるんだからね…!!」
僕は猫神様とその恋人がいることも忘れて、虎太郎に強くしがみ付いた。
虎太郎は僕の本心がわからなくて恐かったのか、少しだけ震えていたみたいだった。
ドキドキ鳴る心臓が重なり合って、とても気持ちがいい。
ずっとこんな風に虎太郎と抱き合っていたい…そう思った。
「お幸せにな、虎太郎。」
僕はその気持ちのいい感触に包まれながら、そのまま意識を失った。
再び見た夢の中では、猫神様が唱える何語だかわからないような魔法の呪文だけが響いていた。
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