「MY LOVELY CAT2」-11
だって俺、志季が大好きだからいっぱい触りたいんだ…!志季は俺のことが本当に好きなのか?
僕は虎太郎のことが本当に大好きだ。
自分でも信じられないけれど、虎太郎という人(まだ人じゃないけど)に溺れてしまっている。
初めての恋に戸惑いながらも、あの大きな腕を離したくないと、心の中で強く思っている。
それを虎太郎が疑ってしまうのも無理はない。
だって僕はいつでも素直になれずに、ひどいことばかり言ってしまうから。
今まではそれでも良かったかもしれない。
自分の思う通りにやっていても、誰にも文句は言われないし、文句なんか言わせないと思っていた。
お父さんもそうだったし、周りの人間も…学校の皆や、志摩や隼人だってそうだった。
今朝のビンタみたいに、体当たりで接してくれたのは虎太郎が初めてだった。
だから僕はそんな自分をもうやめたいと思ったし、変わりたいと願うようになった。
虎太郎のことを本当に好きなんだということを、どうしても虎太郎本人にわかってもらいたかった。
あ…後で好きなだけ触ればいいでしょって言ったっ!!
だけとやっぱり、あの台詞は言い過ぎたかもしれない。
あんなに僕に触れたがっていた虎太郎に対して「好きなだけ」なんて…。
キスにさえ慣れていない僕が、その言葉通り好きなだけ触れられたりなんかしたら、本当にどうなってしまうのか想像も出来ない。
それに、エッチというものは触れるだけで終わるものではない。
僕が一番恐いと思っていた、あの時になったら…。
「どうしよう……。」
髪と身体を綺麗に洗って、泡を全部お湯で流した後も、僕は暫くお風呂場の椅子に腰掛けていた。
膝を抱えて湯気に包まれながらブツブツと呟いても、その声はシャワーの音で掻き消されてしまう。
こんな風に僕の中の不安も、消えてしまえばいいのに…。
志摩が言っていたように、痛くていっぱいいっぱいだったけれど幸せだったと、僕も思うことが出来るのだろうか…。
それもやってみなければわからないことだ…。
志季ぃ、触っちゃダメか?志季は俺に触られるの嫌なのか?
嫌なわけなんかない…。
好きな人に触れられて、嫌なことがあるもんか…。
むしろ僕は触れられたくて、昨日だって触れて来るかと思って期待までしていた…。
虎太郎と結ばれることを待っていたのに…。
「え……!あ……!!や…やだぁ…っ。」
僕という人間は、本当はとてもいやらしい人間なのかもしれない。
そういうことが嫌だと言っておきながら、隼人をスケベだの変態だのと罵っておきながら、実は僕が一番エッチなのかもしれない。
虎太郎のことを考えただけで、身体が反応してしまうなんて…!!
このままではまた、一人ですることになってしまう…!!
あんな恥ずかしい思いをするのはもう嫌だ。
虎太郎に触れられるより、一人でするのはもっと恥ずかしい。
いつあのことが虎太郎に知れてしまうか恐いし、達してしまった後の罪悪感は、それはとても大きなものだった。
早くしないと、また僕はあの罪悪感に襲われてしまう。
早くしなければ……。
「志季ぃー?まだ入ってるのかー?」
「…んわあぁっ!!こ、虎太郎っ?!」
「さっきからいっぱい時間経ったぞ?俺心配で…。」
「だ、大丈夫だよっ!!心配なんかいらな……わああぁっ!!」
いつまでも戻って来ない僕を心配したのか、半透明なドアの向こうから虎太郎の声が聞こえた。
突然のことに驚いた僕は、急に立ち上がると同時に勢いよくつるりと滑ってしまい、思い切り転んで身体を床にぶつけてしまった。
「志季っ!!大丈夫かっ?!」
「ぎゃああぁ───っ!!こ、来ないでえぇっ!だ、大丈夫だよっ!あっち行ってっ!!」
「でも今転んだんじゃないのかっ?怪我してないかっ?」
「し、してないってばぁっ!お願いだから出てって!見ないでっ!!」
僕が転んだ音を聞いて、虎太郎がドアを開け、近くに駆け寄って来た。
当然僕は何も身に着けていなくて、転んだために色んなところが見えてしまっているような状態だった。
エッチをする前にこんなことになるなんて…僕は何をやっているのだろう…!!
「あっ、志季…!」
「だ…だだだ大丈夫だからっ!!気にしないでっ!!」
僕は濡れた手で虎太郎を突き飛ばし、無理矢理お風呂場の外へ追いやった。
ドキドキして破裂しそうな心臓とは裏腹に、口から出て来るのはやっぱり憎たらしい言葉ばかりだ。
虎太郎はただ心配してくれていただけなのに、羞恥心やプライドばかりを気にする自分が、申し訳なく思った。
「志季、さっきは…。」
「こ、虎太郎も入ってくればっ?!ガス代もったいないんだから…!」
お風呂から上がった僕は、虎太郎の目を真っ直ぐに見ることが出来なかった。
洗濯したばかりのバスタオルを虎太郎に投げ付け、お風呂場でのことには触れないようにした。
虎太郎はそんな僕のことをわかっているのかわかっていないのか…それ以上何も言わずに黙ってお風呂場へ向かった。
「志季…。」
「も、もう寝るっ、疲れちゃったし…。」
お風呂から上がった虎太郎が戻って来ても、僕は相変わらずだった。
虎太郎の視線を避けるようにしてそっぽを向いて、髪を拭いていたタオルで顔を覆いながら寝室へ行こうとした。
「志季、あの俺…!」
「な、何…っ?!」
「志季、さっきのことだけど…。」
「さ、さっきのことって…?あ、あんなのただ転んだだけだし…っ、べ、別にどこも怪我なんかしてないよっ!」
「そうじゃなくて、さっきの…志季が触ってもいいって…。」
「あ……!そ、それはその……!!」
やっぱりあんなことを言うんじゃなかった。
虎太郎は触る気満々だし、僕はそのことを考えていたから転んでしまったんだ。
いくら本気で好きでも、わかって欲しくても、まだ心の準備なんか出来ていなかったということなんだ…。
「俺、ごめん…。」
「な、なんで謝るの…?」
「志季、そういうのダメなのに…急がせてごめん…。」
「べ、別に僕は…。」
虎太郎は僕をぎゅっと抱き締めて、耳元で小さく囁いた。
これはさっきのあの感覚と同じだ。
優しく頬を撫でられた時みたいな、ずっと触れられていたいと思ってしまうような、心地の良い温かさだ。
「俺、大丈夫だから。」
「な、何が…?」
「交尾…しなくても大丈夫だ!」
「は…?だ、だって虎太郎は…。」
「俺、人間になるためだけに志季としたいんじゃない…。志季はそのためにって思ってるかもしれないけど…違うんだ。」
「え……。」
「俺はただ、志季が好きで、それで触りたいって思ってるだけなんだ…。」
「虎太郎……。」
僕はやっぱり大バカ者だ…。
虎太郎が人間になるためには僕との交尾が必要だって、そのためだけに虎太郎は交尾をしたくて仕方がないと誤解していた。
僕も僕で、虎太郎を人間にするために、それだけでエッチをするものだと思い込んでいた。
虎太郎が「好きだから触りたい」と何度も言った時の本当の気持ちもわからずに、そんなことでうじうじ悩んでいたなんて…。
「志季が無理することなんかない。志季が嫌なら俺はしないし、別に人間になれなくてもいい!ほ…ほら、耳は帽子で隠せるもんなっ!尻尾だってズボンで見えなくなるしっ!」
「………。」
昨日のことだって、そうだ。
虎太郎は疲れたから、次の日アルバイトのことがあるから、寝たわけじゃなかったんだ…。
僕がそういうことを拒否したから、虎太郎なりに気を遣っていたんだ…。
だってあの時「もうしない」って、謝っていたじゃないか…。
僕はどうしてそんな虎太郎の優しさに、気が付かなかったのだろう?
「だから…。」
「な、夏になったらどうするの…。」
「え…?志季…?」
「人間界の夏を甘く見てるでしょっ!暑いんだからねっ!アルバイトするなら外に出るでしょっ?!猫だった時みたいに涼しいところでのんびりしてるなんて出来ないんだからねっ?!」
「あ…うん、でも多分大丈夫っ、俺頑張る……志季?」
「バカっ!!なんで気付かないのっ?!虎太郎のバカっ、単細胞っ!ボケるのもいい加減にしてよっ!!」
僕は虎太郎の胸をドンドンと叩いて、文句をぶつけた。
虎太郎の頭の悪さを責めて、愚かな自分と今言っていることの恥ずかしさを隠すためだ。
「し、志季…?!それってどういう…?」
「だ…だからいいって言ってるのっ!こ、交尾…エッチしてもいいって…しようって言ってるんだってば…!!」
「ええぇっ?!志季っ、それ本当かっ?!本当にそう思ってるのかっ?!」
「な、何回も言わせないでよっ!こんなこと…言うつもりなんかなかったのに虎太郎がバカだから…!虎太郎のせいなんだから!!」
「でも俺は大丈夫って…志季はそういうの嫌いだし…さっきも…。」
「き…嫌いじゃないよっ!さっきのはびっくりしただけだってば!僕だって…僕だってずっと…、ずっとしたいと思ってたんだからっ!!」
本当はこんなことまで言う予定はなかった。
虎太郎はしなくてもいいと言ったのに、自ら「したい」だなんて、何をやっているのだろう。
そのまま「わかった」と言って寝ればいいものを、わざわざ墓穴を掘るようなことをしなくても良かったのに…。
だけど僕はもう、我慢が出来なかった。
虎太郎の優しさに包まれて、虎太郎に対する愛しさが溢れ出して、堪らなくなってしまった。
虎太郎が触れたいと思うように、僕も触れられたいと思ってしまった。
出会った頃も、虎太郎がこの姿で僕の前に現れた時も、こんな風になるなんて想像も出来なかった。
恋人同士になるなんて思ってもみなかったし、今はその時よりも、一分前よりも一秒前よりも虎太郎を好きだと思う気持ちでいっぱいだ。
「へへ…志季っ、志季、好きだぞ!志季っ、志ー季っ!」
「し、しつこい…っ!わ、わかってるよそんなの…。」
「んじゃあ早く布団に行こう、志季っ!へへっ、やったぁ!志季と交尾ー♪」
「もう…バカぁ……。」
虎太郎はわざと明るく振舞って、いつもの冗談みたいなことを言っていた。
僕の緊張を解すためだと言うことは、すぐにわかった。
その虎太郎の優しさにすべてを預けるように、僕は手を引かれて寝室へと向かった。
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