「All of you」-5




部屋の明かりを消すことも忘れ、激しい口づけと愛撫に夢中になった。
服が乱れて皺になることも、ここが固い床だということも…何時もなら気になる些細な拘りがこの時ばかりはまったく気にならなかった。
ただ洋平の手や舌の動きに敏感に反応しては声を上げ、その快感に酔い知れたかった。


「う…っく…っ、ふ……っ。」

既に下半身へ伸びた洋平の手は、欲望の塊を孕んだ私のそれを包み込むように扱いていた。
先端からは透明な液体が溢れ、その手が動く度に酷く濡れた音を鳴らす。
口の端からは唾液が零れ、床まで流れ落ちててしまうのを、時々洋平が舌で拭ってくれた。


「ちょっと…今日凄くねぇ…?」
「な…にが…だ……っ、ア…はぁ…っ!」
「だから…めちゃめちゃ感度よくねぇ…っ?」
「わから…ふ…ぅん…っ!」

口ではわからぬと言ったものの、私は洋平の指摘を自覚をしていた。
今までにもこのように自分から行為を仕掛けることや、このような場所ですることはあった。
では何が違うのかと言えば、後はもう私の心の問題だった。
あの夢を忘れたくて…まるで忌わしい物のように思えて、私の中から消してしまいたかった。
それは洋平になら…いや、洋平にしか出来ないのだと思った。
洋平に激しく抱かれることで忘れさせて欲しい、それは私の中の甘えでもあったのかもしれない。


「わかんない?わかんなくないだろ…?」
「ひぁ……っ!」

大きく脚を開かされ容赦なく侵入して来る指を、私の後孔は食い付くように受け入れた。
あからさまに欲しくて堪らなかったのがわかる程、その指を締め付けているのを自分でも感じた。
今までこれ程までに興奮を覚え、これ程までに感じたことなどあっただろうか…。


「うーわ…エロ……全部見えるんだけど…。」
「う…ふ……っ、はあぁ…っ!」
「シロと志摩は知らないんだろうな…あんなに慕っているお前がこんな…。」
「……っ、当たり前だ……っ!」
「そうだよな…銀華がこんな顔してこんな声出してるなんて…。」
「あぁ…っ?!あ───…っ、はあぁ───…っ!」

私は洋平が吐く厭らしい台詞にも、歯向かうことはなかった。
明るい部屋の中でこのような格好にされ、恥ずかしくないわけなどない。
私の欲望というものはその羞恥心にも勝ってしまったからこそ、このような格好も出来るのだ。


「何……?久し振りだからか?それとも…。」
「あ…はぁっ、く…ぅっ、んん……!!」

私は感じることに精一杯で、この時気付かなかったのだ。
それとも…、と口を濁した洋平が何を言いたかったのか。
何を考え悩みながら私を抱いていたのか。
何時もなら他人の微妙な表情の変化にはすぐに気付く私が、この時ばかりは何も考えられなくなっていた。


「まぁいいか……っ。」
「ああぁ────…ッ!!っく…、ひあぁ……ッ!!」

洋平が耳元でくすりと笑うのを合図に、昂ぶったものが私の中へ一気に挿入された。
余りの痛みと衝撃に失神しそうになりながらも、私はそれを必死で受け入れた。
普段はもっと時間をかけていたはずが、この時は違っていた。
そのことにすら気が付かない程、私には余裕がなかった。
いや…それはただの言い訳だったのだろう…。


「でも……だけ…だよな…っ。」
「う……はぁ…っ、あ…あ……っ!」

耳元で聞こえる洋平の言葉が、途切れ途切れになる。
それは激しい息遣いに混じった、溜め息のようにも聞こえた。


「俺だけ……だよな…っ?こういうところ…見れるの…っ。」
「ふぅ…っく…っ、あ…あ……!」
「俺だけだよな…っ?こういうことする……っ。」
「……当…たり前だ…っ、誰が……っ!」

誰がこのような格好を、見せられると言うのだ。
誰がこのようなことをお前以外とすると言うのだ。
ただでさえ他人との付き合いが嫌いな私が、誰かと交わっているところなど、その相手以外の誰に見せると言うのだ。
そのようなことは今確認しなくともわかっていたのではないのか…?
わざわざこの大変な最中に訊くようなことだったのか…?


「うん…っ、わかってる……っ、っく……!」
「はあぁ…っ!あっ、んん──…っあああぁ…………!!」

疑問を感じながらも、私は激しく突かれることだけに集中した。
すぐに訪れた絶頂に、どこか別の場所まで二人だけで飛んで行けたような気がして、ただそれが嬉しかった。
洋平と繋がることで、私の中は洋平だけになる。
そして私はこれから先も洋平だけを見つめて生きていける。
そんな錯覚にも似た甘えに、溺れてしまっていた。








洋平に変化が現れたのは、翌朝のことだった。
昨日同様に余りよく眠れなかった私は、まだ暗い部屋の中でぼんやりと天井を眺めていた。
眠る前から握られた手がなぜだか何時もより冷たい気がして、恐くなった。
理由などわからないが、このまま握り締めていなければ離れてしまうような気がした。


「銀華…。」
「起きていたのか…?」

私は洋平が起きていたことに気が付かなかった。
普段は私よりも遅く、ほとんど決まった時間に起きる洋平がこんなにも早い時間に起きるのは珍しかった。
視線を向けた時計の針は、その決まった時間よりも一時間以上早い。


「大丈夫か…?」
「わ、私の身体のことなど…。」

洋平は普段もこうして、行為の翌日の私の身体を心配してくれていた。
何の疑問も持たずに答えようとする私だったが、次の瞬間ぴたりと動きが止まってしまった。


「また今日も…眠れてないんだろ…?」
「お前……。」

お前は気が付いていたのか…?
それも昨日から気が付いていたと言うのか…?
それならなぜその時に言わなかったのだ。
今頃になって言うとは、洋平らしくないではないか。


「あんなに昼間寝たことなんてなかったもんな。」
「それは…すまないと思っている…。飯の支度もせずに眠ってしまうとは…。」
「そうじゃないだろ…?」
「な…何のことだ…?」

洋平の冷たい手からその温度が伝わって、私の全身が凍りついてしまうかと思った。
同じように冷たく放たれた言葉の奥に込められた深い意味に、思い当たる節があったからだ。


「置いて行くなって、誰に言ったんだ…?」
「それは寝言か何かで…お前が何処かへ行ってしまう夢を見てだな…。」

まさかあの夢の中の台詞を口にしてしまっていたとは、思ってもいなかった。
我ながらとんだ失態を犯してしまったと思ったが、寝言だと言えば通用する。
洋平の夢を見ていた、そう言えば洋平は安心してくれるだろう。
それどころか眠れない私のことを心配してくれるかもしれない。
私はどこまで愚かな奴に成り下がってしまったのだろう…。


「じゃあ与一って誰だ…?」

私は何ということをしてしまったのだ…。
己の中で封印をし、忘れたはずの名前が、無意識のうちに出てしまっていたとは…。
思い出さないようにと、胸の中でも呟くことのなかった名前が、なぜそこで言葉となって出てしまったのだろう。


「昨日言ってたよな?やっぱり忘れられないんだろ…昔のこと…。」

心臓がどくどくと脈打って息苦しい。
このまま速度を上げ続けて、やがて爆発をして死んでしまうかと思った。
それより何よりも、溜め息を吐きながら言われた洋平の言葉が悲しかった。
逸らされた視線と大きな背中が恋しかった。
昨晩の行為の最中に自分が付けた爪痕がくっきりと残るその背中を、抱き締めることが出来なくなってしまうかもしれないと思うと、
どうしようもなく虚しくて惨めで…今ここにある己の存在さえも意味がないように思えた。


「何を…言っているのだ…?」

しかし私はそれすらも誤魔化そうと、震える声でそのようなことを言ってしまった。
再び振り向いた洋平は今まで見たことのない、悲しいような呆れたような、怒りを含んだような目をしていた。


「いつまでそう言う気なんだ…?」
「だから何がと…。」
「いつまでそうやって嘘吐く気なんだ…?」
「嘘など…っ、私は嘘などは吐いていない…っ!」

私が悪いのはわかっていた。
だが嘘を吐いた覚えなどなかった。
洋平は私の過去をわかったその上で傍にいてくれていると思っていた。
それが本当はわかっていなかったとなれば、洋平の方が嘘吐きではないか…!


「だったら何で?!何で俺に全部言わないんだよっ!」
「い、今更何を言っているのだ…!お前はそれでも良いと言ったのではないか!過去のことなどどうでも良いと…!」
「そうじゃないだろ!そういうことじゃないだろうが!俺が言いたいのはそういうことじゃねーよ…!」
「何がだ!お前の言っていることは理解出来ぬ!」

私はもう、ここまで来て引くに引けなくなってしまっていた。
すぐに謝ってしまえばよかったなどと思った時には後の祭りというものだった。


「だからそうじゃなくて…何でわかんないんだよ…。」
「わからぬな…。お前と私は所詮異なる種の生き物だからな、お前が私をわからぬように私も人間のことなどはわからぬ…!」

とうとう私は言ってはいけないことを口にしてしまった。
種がどうとか、そんなものはどうでもよかったはずだった。
それを今になって言うなどと、何ということをしてしまったのだろう。


「それ…本気で言ってんのか…?」
「本気に決まっている…。」
「何それ……。」
「どうせ人間は私達を簡単に捨てる…洋平、お前も同じ……い…っ!何をする…っ!」
「…い…って……。」
「はぁ…はぁ……っ。」

はっきりと言ってしまった瞬間、私の頬に大きな音と共に何かが飛んで来た。
それはつい先程とは違う、熱くなった洋平の手だった。
私はすぐに洋平を睨み付け、同じように己の手を思い切り洋平の頬に打ち付けた。


「何だよそれ…もう終わりじゃん…。」

私は心の何処かで、再び洋平がこの頬を打ってくれることを期待していた。
それを繰り返しているうちに、目が覚めるかもしれない。
そしたら私は今度こそ素直に謝って、また一緒にいられると…。
しかし洋平は溜め息と共にそんな言葉を吐いて、視線を逸らしただけだった。
あの夢と重なる、この恋の終わりを告げる言葉が、耳の中で轟音のように響く。


「………っ。」

私は言葉すら出ない状態で服を着込み、暗い部屋を後にした。
それでも洋平のことだから、追い掛けて来るという僅かな望みは捨ててはいなかった。
だがいくら後ろを振り向いても、洋平の姿が視界に飛び込んで来ることはなかった。


「そうか……。」

私は随分と自惚れてしまっていたのかもしれない。
洋平ならこうするだろう、こうしてくれるだろう、洋平なら大丈夫だろうという、愚か過ぎる自惚れだ。


「終わりなのか……。」

その後のことは、自分でもほとんど覚えてはいない。
ただあの洋平の目と言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。
これが現実なのかどうかもわからないぐらい、自分の中できちんと受け止めることが出来なかった。






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