「All of you」-3




「あーっ!猫神様だーっ!」
「ホントだ!猫神様、何してるんですか〜?」

人に紛れながらのろのろと舗道を歩いていると、突然後ろから騒がしい声が聞こえて来た。
その声の大きさと高さに少々驚きながら振り向くと、そこにはよく見る丸い顔が二つ揃っていた。


「シロ…、志摩…。」
「えへへー、猫神様ぁー。」
「どうしたのだ、お前達…。」
「あのオレ、今日ケーキ屋さん休みなんです!それでシマと一緒に遊んでて…。」

てっきり二人の恋人達も一緒にいると思ったのだが、どこを探しても見当たらなかった。
シロと志摩は小さな手をぎゅっと握り合って、にこにこと笑っている。


「ふ、二人だけで出て来たのかっ?」
「はいっ、そうです!ねー?シロー。」
「うんっ!なー?シマ!」
「それはいけない…このような人の多い処へ来るなどと…。」
「えぇー?!いっつも二人で来てるよねー?」
「うんっ!そうです〜、猫神様、俺達子供じゃないです〜。」

私からすればその幼い見た目と中身で、子供でないと言う方が無理がある。
見た目はともかくとしても、シロは元猫で志摩は世知らず、周りを歩いている人間達とは少し違うのだ。
いくら手を繋いでいたからと言って、二人一緒に攫われたりなどしたらどうすると言うのだ。


「しかしお前達…。」
「それでちょうど猫神様のところに行こうって言ってたんだよねー?」
「うんっ。猫神様〜、遊びに行ってもいいですか?」

確かに普段から、私の住む家まで来る時は二人きりで、途中でどこかの店に寄り道をして来ることもある。
しかしまさかこの様な処に二人で遊びに行くなどと言うことはないと思っていたのだ。
これは私が二人を子供扱いし過ぎだと言うのか…?


「良いも何も…どちらにせよ断りもせずに来ようとしていたのだろう。」
「えへへ、そうです!」
「笑っている場合ではないぞ、志摩。」
「は…はいっ!ごめんなさいっ!!」

まったく…そういうところが子供だと言っているのだ。
人の都合も考えずに家に来るなどと、普通はしないだろう。
私が特に気にしていないだけで、世では簡単に通らないと言うのに…。


「私が外へ出ているとは思わなかったのか…。」
「でもオレ達、猫神様はいっつも家にいると思って…。」
「え……。」
「あっ、オレ何か変なこと言いましたかっ?ごめんなさい猫神様…。」

そうか…。
世がどうのこうのと言う前に、私自身が普通とは少し違うところにいるということなのか…。
言われてみればシロや志摩が家に来た時、私が不在だったことはほとんどない。
二人にもそのように認識されていたと言うことなのか…?


「猫神様ー、ダメ?忙しいのですか?」
「いや…特にそのようなことは…。」
「よかったー!猫神様怒ってるかと思いました〜。」
「そのようなこともないから安心しろ…。」

私は何を考えているのだ…。
いつもなら気にも留めないことを深く考えてしまうとは…。
今朝からどうかしてしまっているのだ。
あの罪悪感が胸の中で大きくなり始めてから、どうも思考回路が狂ってしまっていると思えて仕方がない。


「じゃあ買いに行くー?」
「おぉ〜、行こう行こう!」
「………?」

二人は私の手を引っ張りながら、近くにあった食べ物屋の前で止まった。
その店内からは香ばしい匂いが漂って来て、二人は鼻をひくひくさせて大きな目を輝かせていた。


「えへへ、やっぱり出てるー。」
「やったな、シマ!」

二人の会話の内容は、私にはさっぱりわからなかった。
ただここは私が行くような店ではないことは明らかで、漂って来たのは肉の焼ける匂いだった。
いわゆる手軽に食べられる食べ物ばかりを売っている店のようだ。


「猫神様?どうしたの?」
「いや…ここに入るのか…?」

品が書かれた看板を目の前にして躊躇っている私の顔を、志摩が心配したように覗き込む。
潤んだ黒目が早くしろと訴えているようだ。


「はい!今日は新しいハンバーガーの発売日なんですっ!」
「シロ…お前元は猫だろう?そのような物も食べるのか…?」
「え…?はい…。もしかして猫神様食べたことないんですか?!」
「当たり前だ…このような不味そうな物など…。」
「えぇ〜?!不味くないですよー!食べてみればわかります!猫神様も食べてみて下さい〜。」
「しかしだな…こら、引っ張るのではない…。」

志摩は元々人間だから良いとして、シロまでそのような物を口にしていたとは…。
だいたいこの栄養価の悪そうなところと言い、この匂いと言い、実際食べなくともそれらが美味くはないと言うことはわかる。
それでなくとも私がこういった物を好まないということは知っているはずなのに、二人は無理矢理私を引っ張って店の中に入ってしまった。


「うんと、どうしよっかなー?シロはどれにするー?」
「えー?新しいやつじゃないのか?」
「でもエビのやつも食べたくなって来ちゃったんだもんー。」
「えー…オレもどうしよう…こっちも食べたくなって来た…。」
「うーん、どうしようねー…。両方にする?」
「よしっ、オレは新しいのにするぞ!」

会計の前に並んだ二人は、品書きを見てあれやこれやと迷っている。
私にはそれを見ても何が何だかわからなくて、ただ二人の会話を聞いているだけだった。


「猫神様は?どれにする?」
「わ、私は要らぬ…。」
「あっ、これは?お魚のやつ!猫神様お魚好きでしょー?」
「だから要らぬと…。」
「俺もやっぱり新しいのにする!猫神様はお魚のにしよー?すいませーん、これとこれとー…。持ち帰りでお願いします!」
「ば、馬鹿者…っ、勝手に注文をするな…!」

志摩という人間は、普段は気が弱い癖に妙なところで強気な時がある。
一人でべらべらと喋ることに夢中で、他の言うことなど聞かずに勝手に進めてしまうのだ。
私が注意してもそれは直ることがないようで、これでは恋人も大変だろうと思うのだが、そこが志摩の可愛いところだとでも言うのだろう。
志摩の恋人は一見冷酷そうに見えるが、志摩のことになるととことん甘いのは一目瞭然だ。


「早く早くー、家行って食べよー?」
「へへっ、いい匂いだな〜。」
「………。」

結局私は二人に圧され、その店で昼食を買って家に戻ることとなった。
二人が持っている店の袋の中からは、先程よりも強い肉の匂いが歩く度に漂っている。
これが本当に美味いと言うのだろうか…。


「はいっ、これ猫神様のー。これがシロのでー、これが俺のー。」
「へへー、早く食お〜?」
「ま、待て…!今箸を…。」
「猫神様っ、これはこうやって食べるんだよ?いっただきまーす!あーん…。」
「オレもいただきます!あー…。」
「な…!手掴みで食べるのか…?」
「ほーだよ!んぐ…あー!おいひー…。」
「うんっ、美味い〜。シマ、これうまひなーんぐんぐ。」
「………。」

シロと志摩はそれらを手に取り、勢いよくかぶり付いた。
今日が発売日だと言うそれはどうやら美味かったらしく、私が迷っていることなど気付かずに、一心不乱になって食べている。


「成程…思ったよりは不味くはないな…。」

私は仕方なくそれを少しだけ齧り、口に含んでみた。
志摩が勝手に決めたのは揚げた魚が入っている物で、少々脂が多いような気もするが、思っていたよりは不味くはない。


「よかった〜、猫神様〜。」
「うんっ、よかったー♪気に入ってくれて嬉しいですっ!」
「気に入ったわけではないが…。お前達…何時もこのような物を買っているのか…?」

もしかして洋平も、こういった物が好きなのではないだろうか。
私に無理をして付き合って食事をしているのではないだろうか。
本当は昼食は弁当ではなくこういった物を食べたいのではないだろうか。
だとしたら私は志摩のことなど言えぬ程、実に勝手な奴ではないか…。


「シマと遊ぶ時ぐらいですよ!あと亮平ともたまに…。あの店はシマが教えてくれたんだよなー?」
「そーそー、シロと会う時ぐらいだよね?あとは隼人に内緒で時々…。あっ、内緒でお願いしますっ!」
「別にお前の恋人に言うつもりはないが…。」

シロや志摩のことを無知などと言っていたが、一番無知なのは私なのかもしれない。
人間界のことをわかっているようで、このような身近なことがまったくわかっていなかったのだから。
おまけに洋平のことも考えずに食事を押し付けていたかもしれないのだ。
この世界でこういった食べ物に慣れ親しんでいるシロの方が、私などより世を知っているし余程人間らしい。


「なんかー…食べたら眠くなってきちゃったー…。」
「うん、オレも〜…。」

何だかんだと言いながらも最終的にはシロや志摩に付き合って、私はそれらを平らげてしまった。
もしかしたら二人に負けたくないという醜い心もあったのかもしれない。
もっと人間に近付けば、もっと洋平に好かれるかもしれないという醜い欲望だ。
そのようなことをしても人間になることなどないと言うのに、一体何をしているのか…。


「今布団を敷いてやるから…。」
「はーい…えへへ…。」
「猫神様〜…ありがとうございます〜…。」

私は押し入れから二人の昼寝用の布団を出し、床に敷いてやった。
うとうとしていた二人はすぐに寝てしまって、その上からそっと毛布をかけてやる。
こうして静かに眠っている姿を見ると、何だか穏やかな気持ちになる。
私を慕ってここで安心して眠っている二人が、堪らなく可愛いと思うのだ。
恋人でなくとも、私も随分と二人に対しては甘いということだろう。


「うーん…おなかいっぱい〜…。」
「オレもう食べれない〜…。」

二人の間抜けな寝言を聞きながら、私は床に横になった。
まるでそれが子守唄のように耳に響いて心地良さを感じているうちに、いつの間にか私まで眠ってしまっていた。







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