「All of you」-17




これ程までに交わることに夢中になったのは初めてかもしれない。
勿論今までが夢中でなかったわけではない。
ただこの日は私も洋平もどこか違っていた。
本当に他のことがどうでも良くて、本当にどこか別の場所へ二人きりで行ってしまっていた。
理性などと言うものは皆無で、ただ身体を求め合って行為を繰り返して…そして夜が明けていた。


「銀華…その…えっと…お、おはよう…?」
「あぁ…寝てはいないがな…。」

夜も明けてしまえば、その別の世界も果てまで行ってしまえば、不思議と理性というものが少しずつ戻って来る。
洋平が私の後ろで気まずそうに声を掛けて来て、それに答える私の声は自分の物かと疑うぐらい嗄れてしまっていて、言葉を発するのにも相当な力が必要だった。
窓から差すぼんやりとした明るい光に目を細めながら起き上がろうとしても、まったくと言っていい程身体が動かない。
それどころか少しでも動かそうものならば全身が軋むように痛み、苦痛に顔を歪めながら何とか呻き声を上げるのを抑えるので必死だった。
己が求めたことだと言うのに…何とも恥ずかしく、何と情けないことか…。


「その…大丈夫か…?」
「…見てわからぬか……。」

このような状態で「大丈夫」などと言える者がいたら、私は尊敬さえするだろう。
いくら強がりで意地っ張りな私でも、さすがにそれは言えなかった。


「あー…うん…。それもあるけどさ…。」
「何だ…言いたいことがあるのならばはっきり言ったらどうだ…。」

もごもごと口を吃らせるなどと、洋平にしては珍しかった。
それにしても自分の発した言葉には笑えてしまう。
はっきりと言えとは、洋平が私に言いたかったことではないか…。
己を棚に上げて置いて何を言っているのか…。


「いやー…ほら…昨日すんげー泣かせちゃったし…、その、何て言うか何回も中に……。」
「…ば……馬鹿者…っ!何を言っているのだ…!」
「え…だってはっきり言えって言うから…。その辺は大丈夫かなーと思ってさ…。俺、ちゃんと処理したつもりだけど…あいてっ!」
「だ…だからと言ってそのようなことを朝から口にする奴が……う……!」

私は洋平の言葉に全身が焼け焦げるかと思うぐらい羞恥心を覚えた。
してしまったことをこうして口に出されるのには、まだ慣れない。
おそらく今後も慣れることなど出来そうにもない。
回って来た洋平の腕をぱしんと振り払い、思わず立ち上がろうとしたが、やはり無理だった。


「銀華ぁ…そんなに怒るなよー?」
「う…うるさ……っく…。」
「ほら、怒ると痛いだろ?今日はゆっくり休んでようぜ?な?」
「だ…誰のせいで……っ。」

振り払った腕が再び回された時には、私は抵抗が出来なかった。
それは本当はその腕にいつまでも包まれていたかったからだ。
ただ口にすることだけが出来なくて、振り払ってしまったのだ。
そういう私を全てわかっていて、洋平は再び抱き締めようとしてくれているのだろう。
素直になれないのを悟っていて、私が言い出せないのを気遣って…。
これでは私は完全に洋平の手の上で踊らされているみたいだ。
しかし踊らされても良いから抱き締められたい…そう思うのはやはり洋平を愛しているからだろう。


「んー…俺のせい?そうだよな?」
「何を開き直っているのだ…。」
「だって嬉しいじゃん?なんかさ、俺でいっぱいーみたいで。」
「う…五月蝿いっ、何を馬鹿なことばかり…。」
「違うのか?俺でいっぱいじゃない?いっぱいにならなかった?俺は銀華でいっぱいなんだけどな…。」
「お…お前……っ。」

お前はやはりずるい、卑怯だ。
そのような言葉を恥ずかしげもなく言ってしまうのだから。
そうして私の心を揺さ振って、私にまで言わせようとするのだから。


「だってすげぇ好きなんだもん…いっぱいなのは当然だろ…?」
「い…いい加減に……っ。」

肌が露出したままの背中に触れる洋平の髪が気持ちが良い。
言葉と一緒に吐き出される溜め息が当たるのが気持ちが良い。
触れ合っているところが気持ちが良い。
ただそれだけのことが嬉しくて幸せで、堪らない。


「いい加減にしろって言われてもいいよ。本当のことだから。」
「また開き直っ……。」
「そうやってすぐ怒るところも、素直になれないところも意地っ張りなところも好きなんだ。」
「ほ…本当にいい加減にしないと…。」
「銀華なら何でもいい。俺はお前の全部が好きなんだ…。」
「い…いい加減にしろ…っ!」

背中に触れた洋平の唇が熱い。
そこから伝わって広がって、全身が熱い。
洋平のことを思うこの心の奥まで、何もかもが熱い…。


「これ以上…っ、これ以上好きにさせてどうするつもりだ…!」

私は湿った敷布を掴んで、全身の力を振り絞って後ろを振り向いた。
背中に顔を埋めていた洋平の髪をきつく掴んで上を向かせて強引に口付ける。
思う壷…それでも良い、たまにはそれも良いのかもしれない。


「はは…嬉しいな…。でも俺も負けないぐらい好きだからな?」
「馬鹿…者…っ。」
「銀華、好きだ…。大好きなんだ…。ホント…好きで好きでどうしようもねーんだ…。」
「…たしもだ……っ。私も……。」

激しい口付けは、再び欲望に火を点けてしまった。
さすがにこれ以上は出来ないと思っていたのにもかかわらず、衝動を止めることは出来なかった。
あれ程疲労困憊だった身体の痛みも、すっかり忘れて行為に没頭してしまった。
それはまるで好きだと言うこの思いと同じように、限りなどないのだろうと思った。







その後は本当に動けなくなってしまい、私は布団の上に伏せていた。
汚れていた敷布などは洋平が替えてくれ、身体も丁寧に拭いてくれた。
普段家のことは任せきりにしている洋平でも、このような時は私に色々尽くしてくれる。
それがまた恥ずかしさを煽ってしまい、やはりすぐには素直になれなかった。


「私のことは良いから仕事へ行け…。」

何時もならとっくに仕事へ出掛けるはずの洋平が、何時まで経っても傍にいるものだから不審に思った。
確かに行為に及んだのは私のせいだが、それとこれとは別だ。


「え?仕事?休み休み!」
「しかし今日は休みではなかったはずでは…。」
「だって一応倒れたんだぜ?まぁ別のことで倒れそうになったけど。」
「お…お前はまた…っ!そのような理由で怠ける奴があるか…!」
「ち、違うって…!店長が2、3日休んでいいって昨日言ったんだって!」
「お前…まさかそれを知っていてあのような無茶をしたとは言わないだろうな…?」

休みの前の日だから寝なくても良い。
そのような考えの上でしたことだったのだろうか。
まさか洋平がそこまで計算をする奴だとは思っていなかったが…。


「違うよ、休みじゃなくてもやってた。」
「お…お前はあれ程仕事を大事に考えていたではないか…。」
「そりゃあ大事だけどさ、それとこれとは別だって。銀華のことも大事だし。」
「ふ……。」

私は思わず洋平の言葉に、笑いが漏れてしまった。
洋平という人間は我儘で子供で、「銀華が一番大事だから」絶対にそう言うと思っていた私の予想が見事に外れたからだ。


「え?何?そこって笑うところか…?」

しかし私はそのような洋平だからこそ、好きなのだと思う。
何時でも私だけ…ではなく、やるべきことはやると区別を付けているのだ。
きちんと一人の人間として自立をして、その上で私を愛してくれている。
だからこそ私にはいるだけでいい、働く必要もないと言ってくれている。
100年前はわからなかったことが、洋平と出会えてわかったような気がした。
頭が悪くて鈍くて、だけど信念を持ってしっかり生きている洋平が心から好きだと思うのだ。


「いや…何でもないのだ…。」
「えー?何だよー…?」

私は洋平の胸に顔を擦り付け、その肌の温もりを自分の肌で感じた。
心臓の音が心地良くて、一気に訪れた眠気に身を任せる。
夢の中に落ちて行く途中では、またあの花の匂いが香っていたような気がした。





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