「All of you」-14




「なぁ…それって水島くんの服だよな…?」
「え……?」

私は目を瞑って洋平の唇を待っていたが、突然の言葉に思わずその目を開いてしまった。
それは余りにも話題が飛び過ぎていて、このような時に何を言い出すのだろうか…と思うのは当然のことだった。


「志摩のとこにいたんだろ?志摩の服が入るはずないもんな。」
「それはそうだが…。」
「それにあの人背もデカいし手足も長いから、お前が着るとちょっとだけ袖とか長いし…。」
「何が言いたいのだ…?」

なおも浴槽から溢れ続ける湯のようにとめどなく出て来る洋平の言葉には、何か深い意味が含まれていた。
ぼんやりとした湯気の中でもわかるほど訝しげで不審そうな表情を浮かべて、私の全身を舐め回すように見つめている。
何か私が悪いことをしたとでも言うのだろうか。


「ちょっとムカつくなーと思って…。」
「は……?な、何を…。」
「だからさぁ、自分の恋人が他の男の服着てんの見るのって嫌なもんだなーって…。」
「ば…馬鹿者…っ、そのような細かいことに拘る奴があるか…。それにこれはまだ袖を通していない物を借りたのだぞ…。」
「だって俺、下らないことに拘ってすぐ嫉妬する我儘な子供だもん。」
「お前…卑怯だ…。」

私が言おうとしたことを先に言うなどと、卑怯ではないか…。
己が先に認めることで、私が何も言えなくなるとでも思っているのだな…。
下らぬ、我儘、子供…私が言おうとしたことをすべて言うとは…いつの間にそのような技を覚えて使うようになったのだ…?


「何が?っていうか早く脱いでくれよ、それ…。」
「わ…わかったから…っ、あちらを向いていろ…っ。」

何も知らない振りをしてわざとそうするなどと、やはり卑怯だ。
それとも本当に何も知らないのだろうか。
だとしたら余計質が悪い。
無意識的なことと言うのは、時に意識的よりも卑怯の度合いを極めるのだ。


「やだよ、こんな狭いところでどっち向いてろって言うんだよ?」
「せ…狭ければもう出る…っ!」
「待てよ…っ!」
「な、何をする…っ!離せ…っ!」

私は床から立ち上がって、浴室を出ようとした。
だいたいこのような場所でする行為ではなかったのだ。
夢中になってとんでもないところでするところだったではないか。
早めに気付いてよかった…そう我に返っていると、洋平が腕を強く掴んで来た。


「狭いなんて言い訳だって…!脱ぐところが見たかったんだってば!」
「お…お前は馬鹿か…っ!そのようなところを見て何が楽しいと言うのだ…!」
「楽しいよ?銀華が真っ赤になりながら裸になっていくところが楽しくないわけないだろ?」
「も…もう良いっ、とにかく私は出る…っ。」
「じゃあもう仕方ないな……。」
「な、何をする……っ!や、やめ……っ!ん…!んうっ、んん……っ!」

優しいだけだと思うな。
物分りのいい奴だと思うな。
以前より何度か洋平が言っていた言葉を思い出す。
そうだ…そのことを忘れてはいけなかったのだ。


「あんまりこういうのしたくないんだけどな…。」
「ん……ふ…っ、んん…!」

激しく口付けられて背中を壁に打ち付けられた私は、洋平の手によって無理矢理服を剥がされていく。
床に一枚一枚置かれた服はすぐに濡れてしまい、返さなくても良いとは言われていたが、志摩の恋人には悪いことをしたような気分になった。
このような場所で厭らしい行為に走る自分が汚らわしいものに思えて、その罪悪感からだろう。


「肌まで滲みてそうだな…。」
「な…何を…っ?」

纏っていた服を全て脱がされた私は、洋平に背を向ける格好に体勢を変えられた。
これから何をされるのか、洋平が何を考えているのか…予想は出来なかったが、不思議と恐怖感はなかった。
それはおそらく、私もこうなることを望んでいたからだ。
罪悪感や場所などとどうでも良くなるほど、洋平に触れたくて触れられたくて堪らなかったのだ。


「ちゃんと洗ってやるからな…?」
「い…要らぬ…っ、自分でするから良い…っ!」
「後で俺も洗ってもらうから気にするなよ。」
「な、何が気にするなだ…っ、良いと言ってい……あ……っ!」

お前のそれは、先程の病院でのお前の兄と同じではないか。
さすがは血の繋がった兄弟だ…などと感心している場合ではない。
お前が気にしなくても私が気にするということをわからないのか…!


「あ…はぁ…っ、ん…ん……っ!」

それなのに私は、これ程までに感じてしまっている。
洋平はあくまで「洗う」と言っただけなのに、触れられた場所は確かな快感を感じているのだ。
大量の泡を絡めてぬるぬると撫でる洋平の手が、私の身体をどんどんと淫猥なものに変えていってしまう。
このようなことをされるなどと、許せないはずなのに…。
このようなことをされて、屈辱を感じないはずなどないのに…。
それ以上に押し寄せて来る快感と溢れ出る欲望のせいで、止めることが出来ない。


「じゃあはい、今度は銀華の番な…?」
「か…勝手なことを言うな…っ。」
「嫌なのか?」
「あ、当たり前だ…っ、そのようなことが出来るか…っ!」

調子に乗ってしまった時の洋平は、無理な注文をすることが多い。
恋人同士でじゃれ合うだとかべたべたするだとか…そのようなことが私は出来ないのをわかっていても、要求して来るのだ。
幾ら好きでも出来ることと出来ないことがある。
それを私は今まで何度も言って来たつもりだったが、洋平はわかってはくれない。
それどころかまた卑怯な作戦で私を陥れようとするのだ。
勿論私はそのこともわかっていたが、心と身体は一つというもので、既に抑えが効かなくなっていることに気付いてしまっていた。


「そういうこと言う俺は嫌か…?」
「またそのようなことを…っ。」
「銀華、答えてくれよ…、俺のこと嫌か…?」
「お…お前はやはり卑怯だ……っ!」

何でもかんでも我儘が通ると思うな。
嫌だと言ったら嫌なのだ。
そう言いたいのに、私の手は洋平の身体へと伸びてしまっていた。


「そうじゃなくてさ…。」
「え…あ…?!な、何を……っ、あ…!」
「その身体で洗ってくれよ…。」
「何を馬鹿なこ……ん…っ!はあぁ…っ!」

洋平は私を持ち上げて自分の上に座らせると、腰を掴んで私の身体を揺さ振った。
ぬめりを帯びた身体が擦れ合って、何とも言えない感覚が私の神経までをもおかしくさせてしまう。
このようなことをして…後で覚えているが良い。
そんな怒りまでを忘れさせてくれるぐらい、初めてのその行為はえもいわれぬ快感だった。


「すっげ…気持ちい…っ、銀華…お前も気持ちいいよな…っ?」
「あ…はぁ…っ、馬鹿なことを言う……あぁっ!!」
「こんなに勃ってるのにか…っ?超やらしいんだけど…その腰つきとか…っ。」
「や……っ、あぁっ!あ……!」

掴まれた私の下半身の中心部は、既に天井の方を向いてしまっていた。
泡に紛れて先端からは透明な液体が溢れ出し、これではとても洋平の言葉を否定出来そうもない。


「なんかさ…っ、まだ入れてもないのにセックスしてるみたいだよな…っ。」
「や…やめっ、あっあ……!あぁっ!」
「イきそう…っ?」
「い…嫌だ…っ、あ…はあぁっ、あ…あ…!」
「こういう時ぐらい素直になってくれよ……なぁ…っ?」
「あ………!ああぁ────…っ!!」

洋平は私と自分の茎を擦り合わせながら、跨った私を揺さ振り続けた。
嫌だと言いながらも私は次第に自分から身体を動かして、その状態のまま一際高い声を上げた。
目の前にある洋平の腹部に白濁液を放った直後、私の腹部にも同じようなものが放たれていた。


「どうする…っ?銀華…この後…っ。」
「…こは…やだ……っ。」

まだ息もほとんど整っていない中、私は洋平にきつくしがみ付いた。
濡れた髪が肌にべったりと貼り付いて、気持ちが悪いはずなのに何と心地が良いのだろう。
もっとその肌に触れたい…もっと奥まで触れて繋がりたい…。
私の欲望は最早暴走にも似た走りを始めていた。


「何…?聞こえな……っ。」
「ここは嫌だ…っ、逆上せてしまう…っ!」
「銀華…。」
「早くお前が…っ、私はお前が欲しい…っ、ずっと繋がっていたいのだ…っ!」

洋平は私の耳元でくすりと笑い、身体についていた泡を全部流した。
ろくに身体を拭かないままで二人で縺れ込むように布団に倒れ、後は洋平にすべてを預けるだけだった。





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