番外編「ハッピー・バースディ〜洋平編」-2





「えー!マジかよ?何?すっげぇびっくりしたー!」

予定通り帰宅した洋平は突然のことに驚き、目を丸くしていた。
二人がわざわざこのようなことは好きかと聞きに行ったというが、まさか本当にするとは思っていなかったのかもしれない。
洋平は本当に心から喜んでいて、色々あったが私も二人の提案に乗ってよかったと思った。


「これ、プレゼントー。」
「ん…?何だこれマフラーか…?」
「はいっ!俺作ったのー。二人で一緒に巻いて下さいっ!」
「え…ふ、二人で巻くのか…?しかもすっげぇ柄だなこれ…。」

その会も進み、料理もほとんどなくなって来た頃、二人が鞄の中から何やら出し始めた。
志摩はこう見えて手先が器用で、家では料理を始め家事をこなしているし、このような手芸などもやるようだ。
しかしだからと言って二人で首巻きなどと出来るわけがない。
いくら洋平でもそれは出来ないと苦笑いを浮かべている。


「オレからはこれ〜。」
「シロは何だー?お、クッキーだろ?はは、俺の名前書いてくれたのか?」
「うんっ!あとケーキ屋さんで売ってるカップ?コップ?だぞ!それに入れてギフト用っていうので売ってるんだ〜。」
「へぇ…。そうなのか。」

シロは昨日勤め先の店で焼き菓子を作って来たらしい。
チョコレートで書かれた文字は「ようへい」ではなく「おうへい」になっていたのが可笑しかったが、洋平は気付いていたのか気付いていないのか、それを言うことはなかった。
私の分まである器は赤と白のお揃いのものだった。


「猫神様は?」
「え……。」
「あっ、そうだ!猫神様はプレゼントあげないの?」
「わ、私は…。」

そもそも私は今日このことを聞かされたのだから、準備などしているはずがなかった。
シロと志摩が勝手に準備しただけであって、準備をしていないことは別に悪いことでもない。
しかしそれを言えば何だか余計言い訳のようになってしまう気がする。
言い訳をする奴だと思われたら…。
恋人の誕生日に贈り物もあげないような冷たい者だと思われたら…。


「いらないよ。」
「えー?そうなのー?」
「どうせお前らが今日突然来てパーティーやろうとか言ったんだろー?」
「う……。」

私の不安など打ち消すかのように洋平が口を開いた。
洋平はすべてわかっていたのだ。
シロと志摩がやりそうなことも、今日実際に来ていたことも。
気付かない振りをしていたのはシロと志摩を残念がらせないためだ。
それから本当に嬉しかったというのももちろんあったからこそ、あの時は驚いていたのだろう。
喜ばせられるべき人間が喜ばせる側になってどうするのだ。
そういうところがお人好しだと…洋平の良い所だと私は思う。
鈍感な二人が気付いていなくとも、私だけにわかる嬉しい事実だ。


「俺は別に銀華がいればそれでいいんだよ。」
「わぁー…!洋平くんカッコいいー!今のすっごいカッコよかったー!」
「え…!そ、そんなことねぇよっ。そんな言われたら恥ずかしいだろっ!」
「ううん、洋平はカッコいいぞ!猫神様も惚れ直すってやつだな!」

洋平は赤くなりながら焦っている。
それは私も同じで、いや、それ以上に恥ずかしい思いで三人を見ていた。
だけどどうしてか怒る気分にはなれなくて、私は一言も言わずに俯いているだけだった。


「へっへー、洋平と猫神様はラブラブだもんな!」
「ねー?ラブラブー♪シロ、そろそろ帰ろっか!」
「え…、もっとゆっくりして行けよ、まだ大丈夫だろ?」
「そうだ、そのような余計な気遣いなど…。」
「だって猫神様が欲しいーって洋平言ってたもんなっ?早く二人きりになった方がいいぞ?」
「そーそー、欲しいものは何って聞いたら言ってたもんねー?」
「バ、バカっそれは…!」
「お、お前達…っ!」

そのようなことを聞く方も聞く方だが、答える方も答える方だ。
あれほどそういうことを他人に言うのはやめてくれと言ったのに…。
私は他人の前で惚気るだとか自慢するだとかが大の苦手なのだ。
シロも志摩も洋平に口止めされていたのか、うっかり口を滑らせるしで、そう言われた私はどうすればよいと言うのだ。


「あのっ、じゃあお邪魔しましたっ!」
「お、俺もー、お邪魔しましたー!」
「あっ、シロ…、志摩っ!」
「お前達っ、まだ話は終わってな…。」

これから三人まとめて怒ろうかと思っていた矢先、シロと志摩は逃げるようにして帰ってしまった。
普段はのろのろしているくせに、こういう時だけ逃げ足は速いのだ。
残された部屋で私はどうしようもなくなって、また俯いてしまう。


「あ、あれはさー…シロと志摩がどうしても欲しいもの教えてって言うから…。」
「だ、だからと言ってそのような…。」
「え…だって本心だし…。」
「お、お前は少しは恥ずかしいと思わないのか…っ!」

そんなものは適当に誤魔化せばよいのだ。
私達のような種族よりも器用な人間ならば出来るはずなのに、洋平にはそれが出来ない。
それは良いところだと褒めるべきなのかもしれないが、恥ずかしさが勝ってしまって出来なくなる。


「思わないよ。」
「な……っ。」
「だって俺が銀華を好きなのは本当だし、あいつらの前で嘘言っても仕方ないだろ?」
「わ…私はお前のそういうところが…っ。」

洋平はずるいと時々思うのは、私が素直になれないせいだろうか。
こうして真っ直ぐに見つめれば何でも通ると思っているのかは知らないが、もう少し自粛してもらいたいと思うのだ。
そうでなければ私はそんな洋平に流されてしまう。
素直にならなければと、洋平に応えなければと思ってしまう。
我を忘れる程、夢中で愛したくなってしまうのだ…。


「そういうところが何?」
「そういうところが…。」
「まぁいいか、ゆっくり後で聞くから。」
「ば…馬鹿者……。」

銀華が欲しい。
それはつまりはそういうことだ。
更けて行く夜に、私はこの人間に抱かれる。
それは洋平だけが望んでいることではないということが、洋平にもわかっているのだろう。


「とりあえずこれ巻いて、これで温かいもんでも何か飲みながらイチャイチャしようか?」
「ばっ、馬鹿者…!」

志摩が寄越したマフラーは、志摩の言う通り二人分を超える長さだった。
おまけに良く見るとシロのカップは二つがくっ付くような形になっている。
そんなものを巻くまでもなく、温かいものを飲むまでもなく、私の身体は熱を上げ始めている。


「あのさ、銀華が欲しいっていうのはあれだぜ?そっちの意味だけじゃなくてさ。いればいいって言っただろ?」
「わ…わかっている…。」
「ホントかぁ?ほら、身体だけだと思われてたら嫌だしなーと思って。まぁそっちも欲しいって言えば欲しいけど。」
「別にそうは思っては…。よいから離れろっ。な…、何を甘えているのだっ。」

洋平は頭から崩れ落ち、私の膝の上に寝転がってしまった。
頬を擦り付ける仕草がとてもその身体には似合わなくて、こちらの方が恥ずかしくなってしまう。


「なんで?たまには甘えさせてくれよー。」
「お、お前は幾つだと…。子供ではないのだぞ!」
「んー?子供だよ。お前よりは全然子供だよ、俺。」
「馬鹿者…っ。」

私はその恥ずかしさを埋める為に、洋平に向かって「馬鹿者」と罵ることしか出来ない。
甘えてくる大きな子供を振り払うことなど出来なくて、観念したかのように膝の上の髪を撫でた。
花屋に一日中いたせいで染み付いた仄かな良い香りが、鼻腔をくすぐる。


「なぁ、俺やっぱり欲しいものがあるんだけど。」
「な…何だ…。」
「誕生日が終わるまで俺の言うこと何でも聞いて欲しいなー、なんてダメか?」
「馬鹿馬鹿しい…。」

馬鹿馬鹿しくてもいいよ、洋平がそう呟いて微かに笑うと、私は黙って頬に触れた。
日付けが変わるまではあと数時間、その間だけでも何でも聞いてやろう、素直になろうと思いながら。






END.






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おまけ☆★