「ハッピー・バースディ〜洋平編」おまけ
あの誕生日の日から数日が経ったある日のことだった。
その日仕事が休みだった俺は一日中銀華と一緒に過ごすことを考えては、年甲斐もなく浮かれていた。
そこに勢いよく飛び込んで来たのは、インターフォンの音だった。
「洋平〜。」
「こんにちはー志摩です!」
インターフォンを押す意味があるのかないのか、シロと志摩が外で大きな声で呼んでいる。
ドンドンとドアを叩く音を聞きながら、俺は二人を家に招き入れた。
「シマ、早く…。」
「えー?さっき一緒に言おうって言ったのにー。」
「ん?何?どうしたんだ?二人して。」
二人は大きな目でじーっと俺を見上げて、ヒソヒソと話をしている。
全然内緒話になっていないのには笑いそうになってしまったが、それはよくある光景だった。
「洋平…聞きたいことがあるんだっ。」
「はいっ!あの…俺も…!」
「何?どうしたんだよ?」
「この間は猫神様とどうなったんだ?!オレ家に帰ってから気になって気になって…。肝心なところが書いてないんだもんな!」
「そうですっ!あの小説読んだ人に説明が出来ないですっ!だから代表で聞きに来ましたっ!」
「え……あー…あれか…。あれは…。」
それはあの誕生日の夜のことだった。
シロと志摩がそそくさと帰って、銀華と二人きりになった時のことだ。
なぁ、俺やっぱり欲しいものがあるんだけど。
誕生日が終わるまで俺の言うこと何でも聞いて欲しいなー、なんてダメか?
今考えると自分でも少々恥ずかしいことを言ってしまったなぁ、なんて風にも思う。
銀華も馬鹿馬鹿しいと言っていたし、俺としても今この場で言えと言われたら迷ってしまうところだ。
だけどあの時は俺も盛り上がってしまっていた。
銀華が欲しくて、でも身体だけではないとわかって欲しくて…。
言い訳のようなことばかり言いながらも、銀華に甘えたりなんかして。
そしたらなんだかそんなことを口にしてしまっていたんだ…。
「じゃあとりあえず…。」
「ま、待て…。」
「え…?まだ何も言ってないけど…。」
「その…あれは…。」
銀華の膝の上に横になっていた俺は、そのままの体勢で銀華を見上げた。
俺と目線を逸らす仕草が何とも言えないぐらい可愛くて、すぐにでも抱きたいと思ってしまった。
「え?何?」
「その…ああいうのは…。」
「だから何って?ハッキリ言わないと俺はバカだからわかんねーぞ?」
「馬鹿者…、開き直るな…。」
俺は自分がバカで鈍感だという自信がある。
そんなことに自信を持っても仕方がないのはわかっているが、生まれつきなんだからどうしようもないのは兄貴のお墨付きだ。
その分銀華は頭がいいし、勘も鋭い。
時々思い込みで悪い方に考え過ぎるのが難点だが、そこは俺が逆にフォローしてやればいい。
俺達は今までもそうして来たし、上手くやっていた。
だけどどんなに頑張ってみても言葉に出さないとわからないこともある。
銀華には素直になるということも覚えていって欲しいと望むのは自然なことだった。
「その…志摩のようなのは…青城が好むようなのは私は出来ぬぞ…。」
「…え?それってどういう…。」
「だから人間の…女の格好だとかそういう衣装を着るだとかは…。」
「え…!!」
俺は銀華からそんな言葉が出て来ることに驚いてしまって、思わず飛び起きた。
志摩がしているような、青城様が好きそうな格好…つまりはコスプレのことを言いたかったということだ。
「わ、私は志摩のように、シロのようにも小さくも可愛らしくもないから…っ。」
「え…っていうかさ…。」
「な、何だっ?私は絶対にやらぬと…。」
「俺…そんなこと一言も言ってないんだけど…。なんて言うか考えてもなかったし…。」
銀華は真っ赤になって自分の口を手で塞いでいた。
その衝撃は俺も一緒で、まさか銀華がそんなことを考えていたなんて思ってもみなかったのだ。
「しかしお前はあのようなものが好きなのではないのか…?」
「えっ!な、なんで…。」
俺は物凄く嫌な予感がした。
銀華が根拠のないことを言うなんてことはなかったのだ。
そんな俺が焦っているのを悟っているのか、銀華が目の前に何かを差し出した。
「この間掃除をしてて見つけたのだが…。」
「えぇっ!!あ…あれはその…なんて言うかお前と出会う前だからな?い、今は見てなんか…!」
「わかってはいる…。」
「だ、だってさ、処分すんのもどうしたらいいかわかんねーし…だからあの…。」
「気にするな。人間がこのような映像を見るということは普通のことだというぐらいは心得ている…。」
「そ、そっか…それならまぁ…。っていうかそれ見てやろうとか思ったのか?」
「わ、私はただ報告を…。」
「ふーん…。」
考え過ぎというのはそういうところだ。
いわゆるエロビデオを処分していなかった俺が悪いのに、銀華がそんな風に考えるとは思わなかった。
俺のことをお人好しだなんて言うけれど、銀華の方がよっぽどそうなんじゃないのか…?
その時俺の中の悪魔が耳元で悪巧みを囁いてしまった。
俺としてはこの銀華を利用しない手はないと、絶好の機会を与えてくれたのだと。
「も、もうよいのだ。さっき言ったことはなかったことに…。」
「…はしたくないなぁ。」
「洋平…っ?!何を馬鹿なことを言って…。」
「だってせっかく銀華が俺のためにコスプレしてくれるって言ってんのに勿体ないだろ?」
銀華は呆れて口をぱくぱくさせていた。
真っ赤だった顔はだんだんと青ざめて行き、俺の頭に乗った手はじんわりと汗をかいてしまっている。
銀華がこんなにも動揺しているところなんて、滅多に見れるものではない。
「私はしたくないと言ったのだ…っ!」
「えー、残念だな…。」
「い、いい加減に…っ。」
「ごめんごめん、わかったから。」
さすがに可哀想になって来て、俺はその願望を突き通すことはしなかった。
銀華がホッと溜め息を吐いたのには思わず吹き出してしまって、結局は怒られてしまったけれど、
俺としては普段見れない表情が見れただけでも十分だった。
俺が欲しいものは銀華で、誰も知らない銀華を見ることが出来るこの立場をずっと手に入れていたいんだから。
「なぁ…あのさ…。」
「はぁ…っ、な、何だ…っ、あ…!」
その後俺達はすぐにセックスへと雪崩れ込んだ。
もちろんコスプレだとかは一切ない、ごく普通のものだ。
それでも俺はさっきの発言が忘れられずに、銀華を突きながら願望をつい口にしてしまった。
「いつかやってくれるか…?」
「な…に……っあ…!」
「そうだな…っ、俺のために猫の耳と尻尾付けて…。」
「馬鹿者…っ!やらぬと言っ……あぁ───…っ!!」
結局お前は小さくて可愛いのが好きなのだな、なんて、達した後銀華が息を切らせながら言った。
紅潮した顔で拗ねるようにしているのが可愛いということを自覚していないんだろうか。
いや、教えたところで素直に認めるとは思えないし、きっともっと怒ってしまうだろう。
これも俺しか知らない、銀華の一部だ。
「嘘だって…。俺はそのまんまの銀華が好きなんだよ。」
「恥ずかしいことを言うな…っ。」
恥ずかしいと言いながらも、銀華は俺の胸に顔を埋めていた。
汗まみれになった身体できつく抱き合いながら、その後も夜明けまで俺は銀華と愛し合った。
日付けが変わるまでと言ったことも忘れて…。
でもちょっとだけ(では済まされないぐらい)、銀華のそういう姿を見てみたいと思ったことは内緒だ。
ふわふわの耳と尻尾を付けて上目遣いで俺を見つめる銀華を見てみたいだなんてことは……。
「洋平…っ、早くして…っ?」(息を切らせて涙を滲ませながら)
なんて、絶対に言わないような台詞を言わせてみたり…。
付いている尻尾で突いていじめてみたり…耳をくすぐってみたり…。
そしたら甘くて高い声を上げて「いやぁん」なんて言ってくれたりして………。
まずいな…、そんな銀華は絶対に見せたくない…。
だってそんなことをしたら他の奴に狙われる可能性だって…。
あぁ…なんて可愛いんだ…俺の…俺だけの銀華は……っ!!
「…へいっ、洋平っ?!」
「洋平くんっ、どうしたの?!」
「……ん?あ…、あれ…?」
「何か今どっかに行ってたのか?」
「ぼーっとしちゃってたよ?」
「あ…悪い…。これはその…。」
気が付くと俺は、シロと志摩に再びじーっと見つめられていた。
俺はその時のことを思い出して本当にどこかへ行ったみたいにぼうっとしてしまっていたのだ。
二人の視線が突き刺さるように痛い。
「それで?早く教えてくれってば!」
「そうですっ!聞きたい聞きたいー。」
「あぁ…う〜ん、それはなー。」
それはやっぱり誰にも教えない。
夢でも幻でも妄想でも、銀華のことだけは教えたくない。
傲慢で我儘で子供だって思われてもいい。
どうせ俺はそういう奴だし、銀華もそのことはよくわかっている。
それでいいんだ、無理なんかする必要は…。
「えぇーっ!なんだよそれー!!」
「ずっと待ってたのにー!」
「はは…ごめんな?シロ、志摩。」
「そうやってカッコいいと思わせるんだ!ずるいぞ洋平!」
「そうだよー洋平くんずるいー!猫神様一筋ーって感じがするもんっ!」
「おいおい…。」
シロと志摩は頬を膨らませてブーブーと文句を言って、俺を攻撃して来る。
それが一年前に色々と追及して来た時とまったく同じなのが可笑しい。
そういうところが二人の恋人にしたら可愛いのだろう。
「でも亮平の方がカッコいいもんな?!」
「えーっ、隼人が一番だよー!」
「わ、わかったから…な?とりあえず入れよ。」
「うんっ!オレお菓子持って来たんだー♪猫神様にも食べてもらおーっと。」
「お邪魔しまーす!猫神様ぁー。いますかー?」
「ぷ……。」
俺は堪え切れずに、とうとう吹き出してしまった。
そんな俺の笑いなんか聞きもしないで家の中に走って行った二人の先には、銀華がまた不機嫌そうな顔をして待っているだろう。
だけど本当は迷惑だなんて微塵も思っていない。
それもまた俺だけが知っている、俺の好きな銀華の一部だ。
END.
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