番外編「ハッピー・バースディ〜洋平編」-1





ある晴れた秋の日だった。
シロと、その友達で何時もくっ付いている志摩という人間の子供が、私の処へ訪ねて来た。
日中はさほどすることもない私にとっては、二人は茶飲み友達と言ったところだろうか。
二人が訪ねて来ることに不快感を抱いたことなどないし、何時でも歓迎し招き入れてやっている。

シロが人間と恋に落ち、交尾をするという罪を犯して罰を与えたのはこの私だった。
しかしその後すぐにその私まで罪を犯した。
罰を与えるべき者が罪を犯したのだ。
私は神の座を降り…正確には追放という形で人間界に来たというのに、シロは今でも変わらずに私を慕ってくれている。
そのシロと仲が良く一緒にいるのが、志摩という人間だ。
多少落ち着きがないが、人間としては悪気のあるような者ではない。
寧ろ好感が持てると言っても過言ではない。
ただそれをそのまま口にしてしまうと、落ち着きがない志摩はすぐに調子に乗って何か大変なことをしてしまいそうな気がするのでわざわざ言うことをしないだけだ。
本当は志摩が良い人間だと言うことぐらい、種の異なる私でもわかっているのだ。

その二人が訪ねて来ると、一人きりの部屋はまるで世界が変わったかのように急に明るくなる。
賑やかで騒がしい時間など私は苦手だったのだが、それにももう大分慣れた。
それどころか長い間二人が姿を見せないと心配をし、寂しさまで覚えるようになっていた。
人間界で暮らすようになって早二年、私も随分と変わってしまったものだ。
それが神をやっていた者として良いことなのか悪いことなのかはわからないが、少なくとも二人が楽しそうにしているならば良いと思っている。


「へっへー、猫神様〜。」
「シロー、早く早くー。」
「どうしたのだ、お前達。」
「えー?オレが言うのか〜?シマ一緒に言おう?」
「そっかぁ、そうだよね!えへへー。」
「…………?」

その日は訪ねて来た時から何やら二人の様子がおかしかった。
目の前で二人でヒソヒソと話をして、私が不審に思わないとでも思っているのだろうか。
だいたいこのような態度を取る時と言うのは、何か二人でお願い事があるか、悪巧み…いや、何かやりたくて提案をするような時が多い。
ほとんどが下らないと思うことでも、一生懸命になっているものだから、私まで巻き込まれる羽目になってしまう。
何より二人だけで何かをさせるのは、今でも心配なのだ。
シロはまだ人間界のことを知らないし、志摩は人間だが今迄塞ぎ込んでいたために知らないこともたくさんある。
何か起きてからでは遅いのだ。
何かあったりなどしたら、二人の恋人に何と詫びればよいのか。
だから私は何時も二人の言うことは出来るだけ聞いてやろうと思っている。


「せーの!猫神様っ、パーティーやりませんかっ!!」
「……は?」

二人は手を握り合って声を揃えて、突然そのようなことを言い出した。
あまりにも突拍子もないことを言い出したものだから、私は間抜けな声を出してしまった。


「あっ、あの…っ、今日は洋平の誕生日です…っ!」
「そーそー!誕生日なのー!」
「それは知ってはいるが…。」
「だからいっぱいご馳走作ってパーティーやろうって、な?シマ!」
「うんっ!誕生日パーティーやるのー!ねー?シロ!」
「しかしお前達…。」

お前達はわかっていなかったのか…?
この私がそのような騒ぎを好んではおらず、自らしようとは思わないということを。
そのような人間の記念日だとか催し物などに私は興味がない。
だから今までも何もせずに過ごして来たのだ。
私は一生懸命誘う二人に対して「はい」とも「いいえ」とも言えずに暫く考え込んでしまった。


「あのっ!オレ…この間洋平に聞いたんです!そういうの好きかって。」
「はいっ!俺も俺もー!洋平くんそういうの好きって言ってたもんね!嬉しいって言ってたもんね?!」
「余計なことを…。」
「猫神様…余計なことじゃないですっ!」
「そうですっ、大事なことだもんねー?!」
「しかしな…。」

確かに私の恋人である洋平は、シロと志摩同様そのようなことが好きな方だと思う。
二人と一緒になってはしゃいでいることも多い。
しかし今まで私にしてくれと言ったことはなかったし、私もそれでよいと思っていた。


「猫神様ぁ〜やりましょうよー!オレ今日休みにしたんです!」
「そうだよー、だってせっかく色々考えたんだもんー。」
「わ、私は頼んだ覚えは…。」
「猫神様、そんな冷たいこと言わないで下さい〜。」
「シロと二人で楽しみにしてたのにー!」
「それは勝手にお前達が……。」

まったく、どうして子供というのはこうも勝手なのか。
人の知らないところで自分達で勝手に計画を立て、上手くいかないと駄々を捏ねる。
シロも志摩も悪意がないというのが余計に煩わしい。
そんなことを言われてそんな目をされたら私は断ることなど出来ないではないか。
今にも泣き出しそうな顔でじっと見つめられては、まるで私が悪いことをしている気分になってしまう。


「…わ、わかった……。」
「わーいやったー!やったな、シマ!」
「うんっ!ねー?シロ!」

私はこの日も仕方なく、二人の提案を飲むこととなってしまったのだった。








「では頼んだぞ。買うものはよいか?わかっているのだろうな?紙に書いて行った方がよいのではないか。」
「大丈夫ですよ〜!オレもシマもちゃんと覚えましたっ!」
「そうですーもうちょっと信用して下さいなのですっ!」

お前達だから心配だと言っているのだ…。
まずは料理を作ろうとしたところ、二人が買い物係に立候補した。
私としては二人に任せるよりも自分で行って来た方が早いとは思ったのだが、逆に二人を残して出掛けて、台所を始め家中を滅茶苦茶になどとされたら堪ったものではない。
だから仕方なく二人に買い物を頼むことにしたのだ。


「気を付けるのだぞ。寄り道はしないように…。」
「わかってまーす。行って来ます、猫神様!」
「行って来まーす♪」

私は溜め息を吐きながら、玄関の扉を閉めた。
シロも志摩も色んなことに興味がある性格なのは良い。
何にも興味を持たないというのはつまらないと思う。
しかしそれが外へ出ると、他のものに気を取られて本来の目的を忘れることが多いのだ。
以前海に行くと言って出掛けた時に私は嫌と言うほどそれを味わっている。
あの時は洋平まで二人と一緒になってはしゃぎ回って、結局迷子になるなどと信じられないことになってしまったのだ。
とは言えあの時はまったく知らない土地へ出掛けたのだ。
多少注意が逸れてしまっていたと思えば仕方のないことだが、今日は違う。
普段出掛けているような場所に行くのだからいくら二人でも大丈夫であろう。

……と思った私が馬鹿だった。

買う物はわかっているし、行くところも大体決まっている。
行き帰りの歩く時間を考えたとしても時間がかかり過ぎだ。
その後二時間を過ぎても帰って来ない二人に、私は心配と苛立ちを募らせた。


「ただいま〜、帰りました〜。」
「ただいまー!」

更に一時間が経過した頃、二人は呑気な声を上げて戻って来た。
私は慌てて玄関へ向かい、二人の無事な姿を確認しようとする。


「お前達っ、何かあったのか…?」
「へ?何もないですよ?」
「ねーねー、やっぱりあの新しい携帯電話欲しいよねー。シロが白でー俺はピンクがいいなー。」
「お、お前達…。」
「うんっ!シマとお揃いで欲しい〜。あっ、肉まん美味しかったな!」
「シロ、あれはフカヒレまんだよー。あとさー冬限定のアイスも美味しかったねー♪」
「まったく…。」
「そっか!フカヒレ!また買いに行こうな?シマ!ゲームも楽しかった〜。」
「シロ凄かったねー、いっぱい飴とか取ってたもんね!」

心配した私が馬鹿だったのだ。
あれほど寄り道はするなと言ったのにもかかわらず、どれだけ寄り道をして来たと言うのだ。
シロとシマから出るその話題の数に、私は頭を抱えた。
しかしここで怒っても仕方がない。
無事に帰って来たのなら良いし、相手はまだ子供だ、悪気のない者に対して私が本気で怒るわけには…。


「お、お前達っ!これは何だっ?!」
「はい?」
「あれ…?猫神様…?」
「この肉は鶏だろう?!私は牛と言ったはずだぞ!頼んだ葱も入っておらぬ!これでは考えていた料理が出来ぬだろう!」
「え…あ…!あのっ、ご、ごめんなさいっ!オレ本当は遊んでるうちに買う物忘れちゃって…。」
「あっ、シロだけの責任じゃないですっ!俺も忘れてて猫神様は鶏肉が似合うかなーって思って…それで…。」

鶏肉が似合う猫というのは一体どのような奴なのだ。
志摩の言うことというのは時々意味不明だ。
だからあれほど紙に書いて持って行けと言ったのに大丈夫だと言うから私は信用して…。
つい今しがた怒ってはいけないと心に決めたのに、私は二人を叱ってしまっていた。


「猫神様〜…ごめんなさい…。」
「お、俺っ、俺もごめんなさい…!」
「い、いや…。」
「オレっ、買い直して来ますっ!」
「はいっ、俺も行って来ますっ!」
「あぁ、もうよいっ!もう行かなくてもよい。」

ここでまた出掛けてまた三時間もかかっては何時まで経っても進まない。
それに私もこのような細かいことで怒るのは少々大人気がなかった。
シロと志摩なりに一生懸命やって失敗したのだからもう仕方がないではないか。
そう思わなければこの二人と付き合っていくのは疲れ果ててしまう。


「猫神様〜、優しいです…!」
「うっうっ、ホントですー、いっつも怒ってて恐いのにー…。」
「それはどういう意味なのだ志摩…。」

二人は涙を溜めて私にしがみ付いて来た。
鬱陶しいとは思っても私が二人を見放せないのはこれだ。
素直に自分の否を認め、素直に謝ることを知っている。
それは私にはない、二人の魅力とも言えよう。

それから結局私は考えていた料理を変え、二人に手伝ってもらいながら完成させた。
手伝うというよりは邪魔に近かったかもしれなかったが、それはそれで楽しい一時となった。
シロはクリーム塗れになりながらケーキを完成させ、志摩は何度か椅子から落ちて床に転がりながらも部屋の飾り付けを完成させた。
準備が整った時には既に洋平の帰宅時間も間際となり、とりあえずでも間に合ってよかったと一安心した。






/next