「MY LOVELY CAT」-4




「あのさ、ちょ…ちょっとコンビニ寄っていい?」
「え…?あぁ…。」

街には夜中の1時まで営業している大型スーパーがある。
そこでは食品はもちろん、衣類や生活用品に至るまで取り揃えていて、いざと言う時には結構便利だったりする。
そのスーパーへ行く途中、僕はコンビニエンスストアに立ち寄ることにした。
そこは以前隼人が働いていたらしい店で、知り合いがいると人嫌いな隼人は店の中まで入って来ないと思ったからだ。


「すぐ戻るから。」
「うん…。」

予想通り隼人は店の中に入ろうとはしなかった。
僕は一人でドアを開け、真っ直ぐにお菓子やおつまみのコーナーを目指した。


「あれ…?どれだっけ…?これかなぁ、こっちだったかな…。」

目の前に並んでいるのは、色んなところから出ている魚肉ソーセージだった。
あまりにもたくさんあって、虎太郎がいつも食べていたのがどれだったのか思い出せない。


「んもう…!」

僕は結局あるもの全部を二つずつ持って、レジまで向かった。
これじゃあ僕が食べるみたいで変に思われたらどうしようかと思ったけれど、虎太郎に「これは違う」なんて言われてまた買いに来るのも面倒だ。
レジでは店員がやっぱり不思議な顔をしていたけれど、僕は気にせずに会計を済ませて店を出た。


「重そうだなそれ…。」
「え?あ…そんなこと…。」
「ほら。」
「いっ、いいよっ!!僕は志摩とは違うの!これぐらい自分で持てるよっ!!」

待っていた隼人に手を差し伸べられて、僕は一瞬焦ってしまった。
この中身が隼人にわかってしまったら、虎太郎のこともバレてしまうかもしれない。
あんな姿で僕の家にいるだなんて知られたら…。
知られるのはいいとして、交尾だとか何だとか二人の前で言ってしまったら大変だ。
なんとか猫の姿に戻すことを考えて、ちゃんと戻ってから二人の元に帰してやらないと…。


「あっ、隼人はここで待って…。」
「こんな寒い中待ってろって言うのか?俺に気にせず買い物しろよ。」

気まずい空気の中、辿り着いたスーパーの玄関で僕は隼人に待っているように言った。
だけど隼人の言うことはもっともで、こんな寒い中待っていろなんて、僕だって言われたら断るだろう。
でも気にせずなんて言われても、近くに誰かがいて気にしないわけがないのに…。
別に僕自身に疚しいことがあるわけでもないのに、僕は内心ハラハラしていた。


「な、何…?どうかしたの…?」
「それ…。」

衣料品売り場へ行って適当に服を掴んでいると、少し後ろで隼人が妙な顔をして見ていた。
僕の手に握られた衣服をジロジロと見て、何か言いたそうにしている。
そういうの…苦手なんだよね…。


「言いたいことがあるならハッキリ言えば?志摩も隼人もそうやって僕に気なんか使っちゃってさ。」
「いや…それ、デカいんじゃないかと思って…。」
「え…?何が…?」
「それ…、お前のサイズじゃないと思ったんだけど…。」

僕は隼人に指摘されてやっと気が付いた。
握られた服達はどう考えても僕が着るようなサイズではなかったのだ。


「こ、これはっ、僕は今成長期だしっ、いずれ大きくなるから…!」
「え…?それって急いで買う必要があるのか?」
「あっあっあるよっ!!よ、夜中に服が入らなくなったら困るもんねっ!!じゃあ僕レジ行って来る!!」
「あ…、おい…。」

通用するはずのない、突拍子もない言い訳をしていると自分でも思う。
隼人みたいな勘のいい人間だったら余計変に思うのも当たり前かもしれない。
だけど隼人は僕にそこまで深く突っ込むことは出来ないはずだ。
何か言われたら今みたいに怒ればいいんだから。
そうすれば誰も僕には逆らえないし、何も言えなくなる。


「は、早く帰ろ!志摩が待ってるでしょ?っていうか別に僕は頼んでないんだけどね!」

僕のきつい言動は止まらなくなってしまった。
本当はこんなことまで言うつもりなんてなかったのに…。
志摩がしてくれたことだって善意だってことぐらいわかっていたのに…。
だけどそうでもしないと僕が動揺しているのを見破られそうで恐かったんだ。


「志摩はまぁ…心配性だから…、悪かったなついてきたりして。」
「ふ、ふんっ、じゃあ隼人が直すように言ってよ…。」

志摩のことになると隼人の表情は少しだけ緩む。
普段は無愛想で僕なんかに対しては笑顔も見せないのに、志摩といる時だけ隼人は違う。
それも恋愛してるからなのかな…。
志摩に恋をしているから…?


「あの…一つ聞きたいことがあるんだけど…。」

僕にはわからないんだ。
そういう、誰かのせいで顔が緩んでしまうことも、誰かを自分の籍に入れる程好きになるということも。
志摩はどうして隼人にそこまでさせることが出来たんだろう。


「隼人は志摩の…どこが好きなの…?」
「え…?何だよ突然…。」
「ずっと気になってて…。だって志摩はバカだしブリブリしてるし変だし…すぐ泣くしヘラヘラするしうるさいし…。」
「ぷ…酷い言い様だな。」

そんなことを言ったら、隼人は怒ってしまうかと思っていた。
「いい加減にしろ」なんて言って前みたいに恐い顔をして僕を突き飛ばして。
だけどその時僕が見たのは、余計緩んだ表情で吹き出した後、穏やかに笑う隼人だった。


「そういうところかもな…。」
「え…?」
「俺にはないところ…志摩の全部がそうだと思ってる。」
「な、何それ…バカみたい…っ!ニヤニヤしちゃってさ!」
「そんな顔してないけど…。」
「してるよっ!!鼻の下伸ばしてエロオヤジみたいだよっ!!隼人の変態っ!」

何が志摩の全部なの?
志摩の全部が好きだって言いたいわけ?
そんなのバカみたい…隼人もバカだよ、志摩と一緒だよ!!
志摩のことを思い出してニヤニヤしちゃって…だったらこんなところに来なきゃいいのに。
だけどそれも大好きな志摩に頼まれたからなんて言うんだ…。
バカみたい…、絶対バカだよ二人は…!!


「お前もそうなんじゃないのか…?」
「な、何が?意味わかんないしっ!」
「好きな奴がいるんじゃないのか?それで突然そんなこと聞いたかと思ったんだけど違うか?」
「ちちち違うよっ!!いいいないよそんなの!!」
「でもそれ…、さっきの服…そいつのじゃないかと思ったんだけど。」
「────…!!な、な、な…何言ってんのっ?!そっ、そそそんなわけないでしょっ!!」

隼人は絶対何かに気付いている。
僕が買った服のことも、僕の言動や行動がおかしかったことにも。
変なところだけ鋭い奴っていうのはこれだから嫌なんだ。
それもサラッと言ったりして僕のことをバカにするみたいにして、普段は無口なくせにこういう時だけ饒舌になったりして…。
もうこのまま隠し通すのは無理かもしれない。
正直に虎太郎のことを言って、あの姿のまま連れて帰ってもらうしかない。


「あのっ、隼人、虎太郎のことだけど…!」
「…え?」
「今虎太郎いないでしょ?実は僕の家に…。」
「何の話だ…?」

僕は思い切って隼人に話そうと決意をした。
だけど当の隼人は何のことだかわからない様子で、不思議そうな顔で僕を見ている。


「猫のことだよっ、志摩と二人で飼ってるでしょ?!」
「あぁ、猫のシマのことか?でもあれはお前が来る前のことで…、志摩から聞いたのか?」
「な、何言ってるの隼人…。」
「お前こそ何言ってるんだ…?虎太郎…?誰の話してるんだ?」

僕はさっきの虎太郎の言葉を思い出した。
「俺のことを知ってるのって志季だけだから」
嘘だ…!
さっきのあれが本当だったなんて…!!
そんなの嘘に決まっている…。
でも隼人が嘘を吐いているとも思えないし…そう言えば志摩も虎太郎のことには触れなかった…。
じゃあやっぱり本当ということ…?!


「おい、どうした…?」
「な、なんでもないっ!!もう着いたし大丈夫だから!じゃあねっ!!」

僕は妙な表情のまま固まっている隼人をおいて、逃げるようにその場を後にした。
ちょうどマンションは目の前に見えていて、自分の部屋目指して一目散に走った。
部屋の中に虎太郎があの姿でまだいるのか、確かめたかったんだ。
もしかして僕の夢だったのかもしれない、部屋に入ったらもういないかもしれない…。
僕は息を切らしながら自分の部屋に辿り着くと、玄関のドアを勢いよく開けた。





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