「MY LOVELY CAT」-3




「ど、どうでもいいけど早く何か着てよ…!」

何とか虎太郎のキスから逃れて部屋の中に入ろうとした時、僕はとんでもない事実に気が付いた。
だって余りにもびっくりして、そんなことにまで気が回らなかったんだ…。
虎太郎が何も着ないで僕の目の前にずっといたなんて。
今頃になって気付いてしまうと恥ずかしくて、目も向けられない。


「…へ?」
「そんな格好でウロウロされても困るしっ、ふ、服ぐらい着てって言ってるの!」
「あぁ、そっか!じゃあちょうだい!俺服なんか持ってないしな。」
「なんで僕が…!」

どうして僕がそこまでしなきゃいけないの?
そもそも僕のところに来ること自体おかしいんだ。
人間になりたいだなんて言ったことも、そのために交尾をするだなんて言ったことも…。
それにさっき…僕を好きだとか何とかって…。
そんなのおかしいよ、僕は人間で虎太郎は猫なのに。
僕も虎太郎も男なのに好きとか嫌いとか…僕にはわからない。


「志ー季ー…。」
「そ、そんな可愛い声出してもダメなものは…。」

猫の姿の時も虎太郎はそうだった。
大きな目でじーっと見つめて、ウルウルさせちゃったりして。
そうやって甘えたような声を出したって僕は言うことなんか聞いてやらないんだから。
そんなんだから猫は我儘で気まぐれで自分勝手なんて言われるんだ。


「え?俺可愛いの?今志季、俺のこと可愛いって言った?」
「も、物の喩えだよっ!!ただ僕は……ひゃあっ!!」

いちいち揚げ足を取るかのような虎太郎の言葉に、僕は振り回されている気分だった。
思わず振り向いた視界に虎太郎の裸が飛び込んで来て、咄嗟に手で目元を覆う。
こんなのが続いたら心臓に良くない。


「志季ってばー。」
「ほ、ほらっ、これでも着てれば?!」
「やったー、志季ありがと!」
「ふ…ふんっ、別にっ!!」

僕は仕方なく近くに置いてあった自分の服を虎太郎に向かって放り投げた。
別に…ただそのままの格好でいられたら困るだけだ。
そんな格好で外に出られても困るし、僕が学校から帰って来た時にそれで出迎えられても困るからだ。
ただそれだけ……あれ……?
僕は虎太郎をここに置いてやる気になっているんだろうか??
まさか…そんなはずがない。
こんな風に突然来られて迷惑だし鬱陶しいとしか思っていない。
それに志摩と隼人だって虎太郎がいないとなると心配するだろう。
特に志摩なんか今頃泣いて大騒ぎしてそうだ。


「それ着たら帰ってよ…?」
「えー?なんで?俺ここにいるって言っただろ?」
「志摩も隼人も今頃探してるよ虎太郎のこと!心配かけちゃダメでしょ!」
「あ、それ大丈夫!俺のことを知ってるのって志季だけだから。」
「な、何それ…?!どういう…。」
「だから魔法で他の人の記憶はなくなってんの!俺のことを知ってるのは志季だけ。あ、なんかこれさー…。」

また出た…魔法って…。
そんなものがこの世にあるわけがない。
虎太郎はきっと僕をバカにしているんだ。
そして僕の反応を見て心の奥底で笑っているんだ。
絶対そうに違いない。
どこまでも意地が悪くて、悪戯好きな奴なんだ。
そういう冗談は僕は大嫌いだ。
確かでもない、見えないもので人を騙して遊ぶなんて…!


「いい加減にしてよっ、魔法なんてあるわけないで……。」
「志季ー、これちっちゃい…。」

僕はとうとう腹を立てて虎太郎に言ってやろうと思った。
今すぐにここから追い出して、志摩と隼人のところに追い返してやろうと思った。
それなのに虎太郎が全然関係のない話なんかするから、僕は調子が狂ってしまう。


「そ、それは僕のせいじゃないでしょ!!」
「志季って思ったよりちっちゃいんだもんな。」
「う、うるさいよもうっ!これから伸びるんだからいいの!!」
「うん、でも可愛いー志季、ちっちゃい志季可愛いー♪」
「何回も言わないでってば……わ…!な、何すんの離してってば…!!」
「志季可愛いー、ずっとこうしたかったんだー。」

どうしよう…!
どうして僕の心臓、こんなにうるさいの?!
ドキドキドキドキ…自分の心臓じゃないみたいだよ…!!
可愛いなんて初めて言われて、おかしくなっちゃったのかもしれない…。
抱き締められておかしくなっちゃったのかもしれない…!
どうしよう、どうしよう僕…、このままじゃ本当におかしくなっちゃうよ…!!


「は、離してってばぁ…っ!!」
「わっ!!痛…っ!!」

僕は何とか虎太郎の腕の間から抜け出して、胸を付き飛ばした。
ドンッという大きな音を立てて虎太郎はまた床に叩き付けられて、顔をしかめている。
自業自得だ、こんなことをする方が悪い。


「もうっ!なんでそんなことばっかり…。」
「志季ー…服は?」
「ひ、人の話を聞いてよ!」
「もっと大きいのくれたらちゃんと聞くから。これ苦しくて着てられないんだよー。」

虎太郎は僕の話も聞かず、僕の怒りもまったく気にしない様子で、床に座り混んだまま窮屈な服に身を捩っていた。
これだから猫なんか嫌いなんだ…。
何でも我儘を言えば通ると思って僕に嫌がらせばかりして。
だけど今は虎太郎の我儘を聞かないと先に進めない。
ここから出て行ってもらうのも、交尾には協力が出来ないと言うことも、話を聞いてくれないことには何も先に進まないのだ。


「わかったよもう!買って来るからおとなしく待っててよ?!」
「やったー!あ、あとおやつ…俺のおやつも欲しい!」
「わかったってば!ソーセージでしょ?仕方ないからついでに買って来てあげるよっ!!」
「うんっ!志季ありがとー!」

僕は深い溜め息を一つ吐いてから、仕方なく買い物に出かけることにした。
怒りに任せて上着を取って虎太郎を睨み付けると、急いで寒空の下へと飛び出した。


「あれー?志季ー?」
「志摩…。」

玄関のドアを開けると、そこには大きな袋を重たそうにして抱える志摩がいた。
まだあのヒラヒラのエプロンをして、上には変な模様の付いたモコモコした半纏を羽織っている。
その姿だけを見ると、同じ男だなんて思えない。


「これから出掛けるの?俺は今からゴミ捨てなのー、えへへー。」
「ふぅん…あっそう…。」
「もうこんな遅いよー?どこに行くの?」
「ど、どこだって…、た、ただの買い物だよっ!」
「えー?!こんな真っ暗なのに危ないよー!!あっ、隼人について行ってもらえばいいんだ、隼人ー!志季がねー…。」
「い、いいってば!一人で行けるってば…!」

志摩のバカ、志摩のお節介。
どうして僕なんかにそんなに世話を焼くの?
僕にあれだけ意地悪をされて、嫌いになってもおかしくないのに。
恋人の隼人まで一緒になって僕に構うからいけないんだ。
だから僕は余計素直になれなくなって、意地悪ばかりしてしまうんだ。


「志季が出掛けるんだって。心配なんだもんー。」
「じゃあ俺が一緒に行くから…。」
「いいって言ってるのに…。」

志摩に呼ばれてわざわざ出て来た隼人が、上着を取りに一度家の中に戻る。
そこまでされて断ることも出来なくなって、結局僕は隼人について行ってもらうことになってしまった。





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