「MY LOVELY CAT」-13




志摩と隼人の作戦によって、虎太郎は再び僕のところへ戻って来ることとなった。
もちろんそれは前とは違う、恋愛感情というものが混じった関係になって。


「志季ー。」
「な、何…。」

結局腰が抜けてしまっていた僕は、虎太郎に抱き抱えられて戻って来た。
女の子でもないのにそんな扱いをされて、嬉しそうな虎太郎とは逆に僕は恥ずかしくて堪らなかった。
僕は志摩とは違うんだ、いくら虎太郎が志摩と隼人の傍にいてそういうことを日常茶飯事みたいに見ていたとしても、
それは向こうのバカップルの場合であって、世間一般的に行われているというわけではない。
そういうことも、虎太郎は全然わかっていない。


「へへっ、志季ぃ〜♪」
「な、何甘えてんのっ!離れてよっ!」
「えー?だって俺達カップルってやつになったんじゃないのか?」
「な…ななな何バカなこと言ってんのっ?!」

カップルなんて…!!
そんな恥ずかしい言葉を照れもせずに抵抗もなく言われるとは思ってもいなかった。
確かに虎太郎は僕のことを好きで、僕も虎太郎を好きになってしまった。
それはいわゆる両思いというやつで、カップルと呼ばれる関係には間違いないのかもしれない。
だけど僕はまだ、虎太郎にきちんと言っていない。
僕の本当に気持ちを、正面を向いて言えていないんだ…。


「あっ、志季ーどこ行くんだよー?」
「お、お風呂っ!誰かさんのせいで裸足で外出ちゃったからね!」
「へへっ、俺のせい?」
「何喜んでんの?!僕は怒ってるんだからねっ!!」

嘘だ…お風呂なんて言い訳だ。
わざわざそんなことをしなくても、別にタオルで拭けば済むことなんだから。
それに怒っているというのも嘘だ。
ただ僕は自分の気持ちを虎太郎に気付かれてしまったから、ここにいるのが恥ずかしいだけだ。
家を出る前はあんなにも夢中で、どうにでもなれとまで思ったのに、いざそうなってしまったらやっぱり僕はお風呂に入る前と何も変わっていなかった。
人間の姿になって数日しか経っていない虎太郎を、バカだ無知だと責める資格なんか僕にはない。
僕は17年も人間をやって来たくせに、全然成長出来ずにいるんだから。


「はぁ……。」

実のところ僕が逃げてしまった理由は、もう一つあった。
僕が虎太郎を受け入れるということは、虎太郎をずっとここに置いてやるということだ。
僕と一緒にいて欲しい、僕の傍にいて欲しいと思うことはつまり…。
虎太郎が人間としてこの世界で生きていくということはつまり、虎太郎をちゃんとした人間にしてあげるということで…。


「どうしよう……。」

…俺が人間になるためには志季と交尾すればいいんだ。
虎太郎が初めてここに来た時、僕はその言葉に耳を疑った。
好きでもない奴とエッチだなんて御免だ、絶対に出来るわけがないと。
それでも虎太郎は諦めずに居座り続けた。
僕が好きになって、エッチをしてくれるのを待つんだと勝手なことばかり言っていた。


「うぅ…どうしよ…。」

そのままの通りいけば、僕が好きになってしまったということは、エッチをしてもOKということだ。
だからと言ってじゃあエッチしてあげる、なんてすぐにしてもいいというわけではない。
僕はそういうことをするのが初めてで、どんな風になるのか想像も出来ない状態なんだ。
今までの行動から言っても体格差から言っても、僕はされる側だということはわかっている。
いくらしたことがないと言ってもわかるのは、僕が痛い思いをするのは必至だということだ。
それをすぐに承諾することなんか出来ない。
だけどきっと虎太郎は単純でバカだから、そんなことなんかお構いなしに迫って来るような気がしてならないのだ。
そう思うと恐くて、「好き」の言葉も余計に言えなくなってしまう。


「どうし……あ…あれ……っ?」

どれだけの時間悩んでいたのか、突然僕の視界がぐらりと歪んだ。
湯気の向こうの景色がだんだんと薄れて、意識が遠くなっていく。
シャワーの音まで遠のいて、次第に聞こえなくなって、深い眠りに落ちていくような感覚だ。


「嘘……あ……。」

完全にシャワーの音が聞こえなくなった瞬間、僕の記憶は途絶えてしまった。








「志季、志季ー?」
「ん……。」
「志季ぃー、大丈夫かぁ?」
「ん…?え……!」

目を覚ました時には、僕は温かい布団に包まれていた。
耳元で心配そうな虎太郎の声が聞こえて、自分が倒れてここまで運ばれたことに気が付いた。
背中から虎太郎の腕が優しく絡み付いていて、温かいのは布団のせいだけではなかった。


「よかったー!生きてた!!すんごい音したから見に行ったらさー、志季ってば倒れてるんだもんなー。」
「う……べ、別に助けてくれなんて…もごもご…。」

どうして僕はこんな時まで意地を張ってしまうんだろう。
素直に「ありがとう」って、たったその一言を言えばいいだけなのに…。
いくら虎太郎だってずっとこんな状態が続けば、いつかは呆れてしまうかもしれない。
そうやって人の気持ちが変わってしまうものだとわかっていながらも、どうして僕は素直になれないんだろう。


「志季ぃ、ホントに大丈夫か?」
「もう大丈夫だってば……うわああぁ!!!」
「ん?どうしたんだ…。」
「み……み…っ、みみみ見た…っ?!みっ、見たでしょ?!」

僕は虎太郎に背を向けたまま、気まずさを誤魔化すために布団の中に素早く潜り込んだ。
その時視界に飛び込んで来たのは、生まれたままの状態で寝かされている自分の身体だった。
お風呂に入っていたんだから裸なのは当然のことで、意識がない中服を着せられていたという方がもっと恥ずかしい。
なのに僕は頭の中がパニックを起こしてしまっていて、つい虎太郎を責めてしまった。
そもそも倒れたのは僕で、虎太郎に落ち度なんかはまったくないのにだ。


「ううん、ちょっとしか見てないぞ!」
「みっ、見たんじゃない!!」
「そんなに見てないってば!ちょっとだけだ!変なとこ触ってないもん!」
「あっ、あああ当たり前でしょっ!!もうやだっ!!虎太郎のバカっ!!」
「あ、志季待って!ダメだ!」
「な、何がダメなのっ!僕は着替えるんだからあっち向いててよもうっ!!」

ちょっとだって見たことは見たんじゃないか。
しかも触ったとか触っていないとか…そんなことしたらそれこそ追い出してやるんだから。
それも変なところだなんて…その変なところも見たんじゃないか…!


「えー?でも服着て交尾は出来ないと思うぞ?」
「はあぁ?!何言って…ぎゃーっ!!なんで虎太郎まで脱いでんのっ!!」
「え?だって志季、交尾してくれるんじゃないのか?」
「すっ、するわけないでしょ!!なんでそうなるのっ?!」

床に置いてあった服を取ろうと手を伸ばすと、虎太郎がそれを止めた。
抱き締められていた時は気付かなかったけれど、その腕までもが何も纏っていなかったのだ。
つまりは僕が倒れてまで悩んだことが、見事に現実となってしまったというわけだ。


「でも好きな奴じゃないとダメって言った!志季は俺を好きなんだろ?なんでしてくれないんだ?」
「バカっ!そういうことじゃないよ!!」
「んじゃどういうことだ?志季は俺のことやっぱり嫌いだってことなのか?」
「も、もう…っ!!」

無知や単純な頭っていうのは、時として物凄く面倒だ。
いちいち言ったことを信じて、そのままの意味にとってしまう。
それを説明しようとしてもバカだからわからなくて、もどかしくなって、結局流されてしまうんだ。
だけどこの問題だけは、僕も簡単に流されるわけにはいかなかった。
男同士でエッチをするっていうのは、それぐらい覚悟がいることなんだから。


「志季…?」
「虎太郎はわかってるの…っ?交尾の意味、ちゃんとわかってる…っ?だいたいそのっ、や…やり方とか知ってるの…っ?」
「うん!えっとー、志季の☆%$の♀※に俺の♂☆※◎を…。」
「わーっ!わぁーっ!!わああぁ───っ!!!」
「え?ち、違うのか?!俺間違って覚えてたのか?!」
「ち…ちちち違うとか違わないとかじゃなくて!!わ、わかるでしょっ!!」

猫のくせに、そういうことだけは知っているんだ…。
いっそ何も知らない方がよかったのに、どうしてそういうことだけは無知じゃなかったんだろう…。


「うんと…えっと…。」
「もうっ!どうしてそこまで知っててわかんないのっ!!」
「うーん…、うーん…?」
「ぼ、僕はその、そういうことするのは初めてなんだよ…っ!!痛い思いするのは僕なんだよっ!!恐いんだってば!!それがどうしてわからないの…っ?!」
「あ…そっか…!」
「もうバカぁ…っ、どうしてそんなにバカで勝手なの…っ。」

どうして僕がこんな恥ずかしいことを大声で言わなきゃいけないんだろう…。
この歳まで一度もそういうことがなかったって、どうして自らそんなことをバラさなきゃいけないんだ。
これも全部虎太郎のせいだ。
虎太郎がバカで勝手なことばかりしようとするから…。
僕はいつも一人で一生懸命悩んでいるのに、そんなことはどうでもいいみたいに…。


「志季ぃ〜…、ごめん…。」
「ふ、ふんっ!謝ったって…。」
「うんと、うんと…俺、しないから!志季の痛いことしない!志季がいいって言うまで交尾は我慢する!!」
「バ…バカ…っ、我慢とか言わないでよ…っ。」

ごめんね、虎太郎。
本当は謝るのは僕の方なんだ。
虎太郎がどれだけ人間になりたかったか、すぐ近くで見て来たのにね…。
どうでもいいなんてこともないんだよね。
ちゃんと僕のことを考えてくれているんだもん。
ごめんね、もう少しだけ待っていてくれたらちゃんとするから…。
ちゃんと「好き」って言って、虎太郎と一つになってもいいと思ってるよ。
だからもう少しだけ待ってて…。


「志季〜、ちゅーだけしちゃダメか?」
「ダ…ダメに決まっ……それだけ……そ、それだけならねっ!!」
「へへー志季ー♪志季ぃ〜、俺の可愛い志季〜…。」
「バ、バカ……っ、ん…ふ……っ。」

何が可愛い志季、だよ…。
僕のどこが可愛いって言うの?
意地っ張りで意地悪で性悪でひねくれ者で…可愛いところなんか一つもないじゃないか。
それでも虎太郎は僕のことを好きになってくれた。
人間になるための交尾だけが目的じゃなくて、僕自身をちゃんと見てくれた。
バカだけど、こんなにも僕を大事に思ってくれている人(まだ猫だけど)は他にいない。
それがとてもよくわかった気がして、言葉なんかなくても、抱き締められているだけで僕は幸せを感じられた。
その幸せの中でするキスが、こんなにも気持ちがいいということを、虎太郎は僕に教えてくれた。







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