「DARLING」-9




「えーっ?!なんだよそれ!!そんなのオレがやっつけてやるー!」
「シ、シロっ、落ち着けって!」
「だってシマがいじめられてるんだっ、亮平はシマが可哀想じゃないのかっ?!」
「それはそうだけどよ!まぁ落ち着けって!」

泣き止んだ後俺は、シロと亮平くんに志季のことを話してしまった。
シロは興奮して怒って今にも乗り込んで行きそうな勢いで、それを亮平くんが止める。


「あの、シロ…ごめんね、大丈夫だよ俺…。」
「違うっ!大丈夫じゃない!」
「でも本当に…。」
「大丈夫じゃないからシマは泣いたんじゃないのかっ?!」

シロには全部わかっていた。
大丈夫だったらここには来ていないし、あんな風に大声を上げて泣いたりしない。
ただ大丈夫じゃないのを悟られるのが嫌だっただけ。
志摩は弱い、っていう風に思われたくなかっただけ。
そして呆れられてシロや亮平くんにも嫌われるのが嫌だった。
だから俺はあんなに泣いておきながら、弁解みたいに「大丈夫」と言った。
元々猫だったシロにはそういうのが通用しない。
シロはいつでも素直で、自分の思ったことを言っている。
そんなシロが俺は羨ましくなって、そして自分が恥ずかしくなってしまった。


「んでシマたん、それ水島には言ったのか?」
「え…?」
「だからシマたんがそういう風に思ってること、ちゃんと水島に言ったか?」
「う…ううん…、言ってないよ…。」

だって言えるわけがない。
それこそ隼人に嫌われることになる。
そもそも志季が来たのは俺が原因、正確には俺のお母さんのことだったけど、
それに巻き込んでおいてそんな勝手なことを俺が言える立場なわけがないんだ。


「ダメだろうがよ。ちゃんと言わねぇと。」
「で、でもそんなこと言ったら隼人は俺のこと嫌いになるよ…。」

亮平くんだってわかるはずなのに…。
隼人とはずっと同じバイト先で一緒の時間にいたんだから、隼人の性格は俺よりも知っているかもしれないのに。
しつこいのもベタベタするのも嫌いで、こういううじうじしたのが嫌いってこと。


「は?なるわけねぇだろ。」
「え…、ど、どうして…?!」

それでも自信たっぷりに言う亮平くんのことまでも俺はわからなくなってしまった。
何言ってるんだ、そんな感じで、俺の言っていることが間違っているみたいで。


「シマたんが本当のこと言わねぇ方が嫌だと思うけどな。」
「そ、そうかな…?」
「シマたんが隠れて泣いてるなんて知ったらその方が悲しむだろ。」
「う、うーん…。」

何を言われても俺はいまいち納得出来なかった。
亮平くんに対する返事もあやふやなまま。
その亮平くんはわからない子供に困っているみたいな表情で俺の頭を撫でた。


「じゃあ逆に考えてみろよ、水島が陰で悩んでたりしたらどうする?」
「え…、それは…俺にも話して欲しい!」
「だろー?」
「あ、そ、そっかぁー…、そうだよね…うん。」
「だからちゃんと水島にはなんでも話した方がいいぞ。な?シマたん。」
「う…うん…!そうだね…、うんっ!」

亮平くんは、やっぱり凄い。
こんなバカな俺をちゃんと納得させる力を持っているんだから。
きっとシロもそういうところが好きなんだろう。
俺と亮平くんを見守るシロの目がうっとりしているのがわかる。


「あの…、なんか俺…。なんか俺、隼人に会いたくなってきちゃった…!」

そんな二人を見ていたら、なんだか俺の胸の中が疼くのがわかった。
ドキドキと鳴っている心臓の音が大きく聞こえて来るぐらい。
そして早くこのドキドキをなんとかして欲しくて。
隼人に会って、隼人の顔を見れば落ち着くような気がした。
今までの不安も全部話せば、俺は頑張れる気がするんだ。


「なんだなんだ、早速お惚気かー?可愛いなぁシマたんは。」
「シマ可愛い〜、赤くなってる!」
「お惚気だなんてー!やー、恥ずかしいよー!」
「水島迎えに行ったらどうだ?なぁ奥さん。」
「シマ奥さんだ〜。ミズシマの奥さん〜♪」
「シロってばもうー!照れるよー。」

やっぱり志季に言われた時とは違う。
可愛いとか、奥さんとか、この二人に言われると嬉しい。
それは俺をバカにして言っているわけじゃないってわかるから。
俺と隼人のことを心から応援してくれているからだ。


「あ、あの…、でも会社まで行ったら迷惑…だよね…?」
「迷惑なわけあるかよ。行っちゃえよ。」
「オレもミズシマは喜ぶと思うぞ!」
「そ、そっかぁー。じゃ、じゃあ行っちゃおうかな…えへへー。」
「よし、行けシマたんっ!」
「そうだ、頑張れシマ!」

シロと亮平くんに相談してよかったと思う。
どんなに不安なことでも聞いてもらえただけで安心する。
それだけじゃなく、パワーをもらうことが出来たんだから。
すっかり気分をよくした俺は、二人にお礼と別れを告げて、そこを後にした。


なのに、どうして俺はこうも意気地がないのだろう。
決めた心もコロコロ変わって、調子のいい奴だと言われても仕方がない。
隼人の会社までは電車に乗ってすぐだったけれど、俺はその前で悩んでいた。
まだ隼人の仕事が終わるまでにも少し時間があったのは助かったかもしれない。
今なら何も言わずに戻ることだって出来るから。

でもそれで俺は本当にいいのだろうか。
そうやって自信を失くしていつまでも進めずに。
それじゃあ前の俺と全然変わらない。
せっかく隼人が前を見ろって言ってくれたのに…。


「でもなぁ…。」

でももし迷惑な顔をされたら。
なんで来たんだって怒られたら。
会社まで来るしつこいのは嫌いだって言われたら。


「うーん、うーん…。」

俺の中で二つの思いが喧嘩している。
どちらが正しくてどちらが間違いなのかなんて全然わからない。
シロと亮平くんの言葉も消えそうになるぐらい、俺は一人になると何も出来なくなる。
こんなんじゃ…いじめられてた時と何も変わってないじゃないか…。


「志摩…?」
「えっ?」

悩んだ挙げ句、どうすることも出来なくて隼人の会社の近くをウロウロしていた。
外は夏真っ盛りで、夕方になっても気温は高いままの街で。
日よけの場所もない中、しゃがみ込んでいた俺の目の前には、一番会いたい人がいた。


「何してるんだ?こんなところで…。」
「あ…、は、隼人…。」
「どうした?何かあったのか?」
「あ、あの…、その…!」

どうしよう…!
結局見つかっちゃうなんて、俺何やってるんだろ…。
絶対に怒られて終わりだ…!


「志摩?」
「あっ、あの!夕ご飯の買い物に来て…、つ、ついでに寄ってみただけなの!」
「買い物ついで?」
「そ、そうなの!えっと…ごめんなさいっ、すぐ帰るか……隼人?」

立ち上がってその場を去ろうとする俺の腕を隼人が掴む。
俺は怒鳴られるのを覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。


「ぷ…。」
「えっ?あの…なんで笑う…の…かな…??」

俺が覚悟を決めたというのに、隼人は怒ったりしなかった。
それどころか突然吹き出して笑っている。
わけがわからない俺はそんな隼人を見上げるだけ。


「わざわざ電車に乗って買い物か?それで?荷物は?」
「あぁっ!!えっ、えっとそれはそのっ!!」

俺の嘘がバレバレ過ぎて、怒る気力もなくなったのかもしれない。
買い物なんて電車に乗ってまですることなんかなかったから。
しかもその買い物の荷物を、俺はどこをどう見ても持っていなかった。
どう見たって買い物ついでとは思えない姿だったのだ。


「帰るか、志摩。」
「は…はい…。」
「今度こそ買い物して帰るんだろ?」
「う……。そうです…。」

隼人にはなんでもお見通しなんだ。
俺のやることなすこと、全部わかっている。
それなら俺の心の中も見えるのかな?
俺もそんな風に隼人のことが全部わかるといいのに…。
恋愛っていうのは、初めての俺にとっては本当に難しい。


「志摩?」
「お、俺…あの…。」
「し、志摩っ!」
「え……?」

立ち上がった俺を見て隼人がびっくりしている。
普段出さないような大声を上げて、目を大きく開いて。
それもそのはず、暑いところにいた俺の身体は確実に影響を受けていたのだ。


「鼻血が…。」
「えぇっ?!わっホントだっ!こ、これは別に隼人を見て興奮したとかじゃなくて…!!」
「ぷ…、誰もそんなこと言ってないだろ?逆上せたんだろ?」
「う…、ごめんなさい…。」

俺はなんとも情けないことに、隼人の目の前で鼻血を出してしまった。
しかもしなくてもいい変な言い訳をしてしまった。
でも隼人が笑ってくれたから、怪我の功名ってやつにしちゃってもいいのかな。
それにしたって鼻血は格好悪いけど…。

俺は鼻を押さえながら、笑う隼人の顔をずっと見ていたくなった。
ずっとこんな風に俺に笑顔を向けて欲しいと思った。
それこそ逆上せて鼻血が止まらなくなってしまうかもしれないけれど。








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