「DARLING」-10
「大丈夫か?もう止まったか?」
「う…うん…。」
少し歩いたところに公園があったのは幸いだった。
ベンチはちょうど今の時間帯は日陰になっていたし、自動販売機もある。
それなら最初からここで待っていればよかったかもしれない。
そしたら鼻血なんか出さずに隼人に迷惑もかけずに済んだのに。
俺って奴はどこまでも肝心なところが抜けているというか…。
「どこかで休んで行った方がいいかもな…。」
「え…?」
「だから…、まだ具合悪いだろ?」
「そ…、そんな…、大丈夫だよっ!俺ホントに大丈夫だよ?!ほら、志季も待ってるかもしれないし!!」
これ以上隼人に迷惑をかけるわけにはいかない。
今だって十分足手まといになっているのに、これ以上そんな存在になりたくない。
隼人の心配を振り切るようにして、俺はベンチから立ち上がった。
「ぷ…、そんなに力説しなくても。」
「えっ、あっ、ごめんなさ…。」
今日の隼人はいつもと違う。
いつもよりよく笑うし、いつもより優しく感じる。
なんだか楽しそうに見えるんだ。
それって、俺と二人でいるから、なんて思ったりしちゃダメかなぁ…?
久し振りに二人っきりになれて嬉しいって思ってるなんて、俺の考え過ぎかなぁ…?
久し振りって言ってもまだ一日…俺がどれだけ隼人にべったりだったかよくわかる。
「じゃあ帰るか。少しなら歩けるか?」
「だ、大丈夫だよ…、俺ちゃんと歩けるよ…?」
どうしてそんなに優しくするの?
いつもは嫌だって言って手を繋ぐこともしないのに。
俺が具合悪いからって仕方なくなのはわかるけど、そんなんじゃ俺…誤解しちゃうよ。
本当は隼人も手を繋ぎたくて、この機会に繋いでるなんて、自分にいいように思っちゃう。
まだ少しクラクラする頭の中で、隼人が眩しく見える。
もうすぐ沈む太陽に照らされて、俺なんかが触れられないような神様みたいに見える。
結局公園を出て、俺達はタクシーで家まで向かうことになった。
電車でいいのに、とも思ったけれど、無理して立ち上がったのを隼人は見逃さなかった。
ふらつく俺のことをちゃんとわかっていた。
やっぱり隼人は俺のことを全部わかっていると思うと、嬉しいやら申し訳ないやらでいっぱいになった。
「寝てていいから。」
「うん…。」
タクシーの後部座席で、俺は隼人の肩に凭れかかっていた。
こんなことをすればいつもはくっつくな、なんて怒るのに…。
俺が具合悪いからそうしてくれてるんだろう。
それならやっぱり怪我の功名と呼んでもいいのかもしれない。
「…ん……?んー…?」
家までは大した距離でも時間でもなかったけれど、俺はすっかり眠ってしまっていた。
その間に一度隼人がタクシーを降りたことには気付かなかったのに、なぜかいい匂いが車内に漂ったことで目を覚ました。
「志摩…、起きたのか?」
「うんー…、あのね、なんかいい匂いー…。」
「なんだ、これで起きたのか?」
「あ…。」
その匂いの原因、隼人が掲げたビニール袋を見て一気に目が覚めた。
それは家の近くの商店街にある、お惣菜とお弁当の店のものだった。
こんな時でも食欲が優先だという自分が恥ずかしい。
隼人はそんな俺を見てまた笑っているし。
ここがタクシーの中なんかじゃなくて、家の中だったらもっとベタベタ出来たのに。
もうすぐ家が近付いて行くのが惜しいと思ってしまった。
だって家に帰ったら、二人きりになんてなれないんだから…。
「遅かったね。どこまで買い物に行ったかと思った。」
家に帰ると、機嫌の悪そうな志季が待っていた。
俺が家を出てからもう3時間以上は経っていたから当たり前だ。
今度はどんな嫌味や意地悪を言われるんだろう。
俺はその次に出て来る志季の言葉を構えるようにして待った。
「遅くなるなら電話ぐらいしたら?」
「え…。」
「どっかで倒れてるかもしれない、とか僕が思ったらどうすんの?」
「志季…。」
だけど志季の口から出た言葉は、意外なものだった。
相変わらず言い方はきついし、遠回しな言い方だけど…。
「あの…、志季もしかして俺のこと心配して…。」
「えっ?」
「いや、あの、俺のこと心配して待っててくれたのかなーって…。」
「そ、そんなわけないでしょ?!何調子に乗ってんの?!バカじゃないのっ?!」
「えへへ…ありがと…。」
「な、何笑ってんの?!心配なんかしてないよっ!!絶対してないんだからっ!!」
でも志季、俺にはわかるよ。
志季は違うって言ってるけど、俺は心配してくれてたって思っていい?
だって怒ってる顔が真っ赤なんだもん。
俺の方を見ようともしないのが、照れてるようにしか見えないんだもん。
だから勝手だけど、心配してくれてたって思うことにするね…。
「僕はお腹が減って仕方なかっただけ。志摩じゃなくてご飯待ってただけだから。」
「うんっ。」
それでもいい、志季が言った通りでもいい。
そっぽを向いて頬を膨らませて怒ってもいい。
志季も案外可愛いところがあるなぁって思えたから。
それこそ年相応な部分を見たような気がして、なんだか嬉しくなってしまったのだ。
だけどそれもそう長くは続かないわけだけど…。
「これ美味しかったよ。」
「ああぁ───!!お取り寄せスイーツ!!」
「志摩がいない間に届いたよ。」
「な…、なんで食べちゃうのっ?!俺楽しみにしてたのにいぃ───…!!」
「別に全部は食べてないよ。残りは冷蔵庫。志摩が帰って来ないのが悪いんだよーだ。」
「う……。」
志季の目の前には、俺がずっと楽しみにしていたお取り寄せスイーツの残骸が載っていた。
確かに6個入りのものだったから、いくらなんでも全部は食べていないのはわかる。
でも俺は隼人と二人で食べるのを楽しみにしていたのに。
やっぱり志季は意地悪だと思ったけれど、心配をかけたから許してあげようと思った。
「それよりご飯は?こんなに時間かけたんだから何かいい物買って来たんでしょ?早くしてよ。」
「あ…それは…。」
「今日はこれで我慢してくれ。志摩は具合が悪いんだ。」
「えーっ?!何それお弁当?!」
「ご、ごめんねっ、俺友達と道端で喋ってて途中で具合悪くなっちゃって…。」
「作りたてだから不味くはないと思うから。」
今まではどんな言い訳も通用しなくて、俺もいい言い訳が思いつかなかった。
だけどこの時は自分でもびっくりするほどスラスラと言葉が出て来た。
これも隼人パワーかなぁなんて、また調子のいいことを思ってしまうぐらい。
隼人も俺のフォローをしてくれたお陰で、今日のことは志季に責められることもなく終わりそうで少し安心した。
「温かいうちに食えば?」
「ありがと。いただきます。」
隼人が袋からお弁当を出して渡すと、志季は素直にそれを受け取った。
隼人にはきつい言葉も言わないのになぁ…。
態度だって素直で、おとなしいのに。
俺に冷たく当たるのはやっぱり俺を恨んでいるからで…。
「油っぽいから志摩は食べれそうになったら食えよ?サラダあるからそっちにするか?」
「うん。じゃあサラダ食べていい?」
「わ…、エビフライ丼だ、美味しそう。」
隼人が気遣ってあっさりしたサラダを数種類買って来てくれて、俺はとりあえずそれを食べることにした。
それと同時にお弁当の蓋を開けた志季の顔が、いつもと違って緩んでいる。
「あの…、もしかして志季はエビフライが好き…なの…?」
何てことないことだって、見過ごせればよかった。
俺が神経質になっているだけだって。
でもやっぱり俺には簡単に流せなくて、心臓が速くなるのがわかった。
「うん。好きだよ。それがどうかしたの?」
「ううん…、なんでもない…。なんでもないよ…。」
「??変な志摩。」
「うん、ごめんね…。」
どうしよう…。
やっぱり俺と志季は兄弟なのかもしれない。
だって俺と同じものが好きだなんて…。
志季は俺の好きなものまでは知らないみたいで、妙な表情を浮かべた後すぐにお弁当を口にしていた。
だけど俺は自分から欲しいと言ったサラダを食べる気がなくなってしまった。
喉の奥で何かが詰まっているみたいに飲み込めなくて。
胸の辺りがモヤモヤして、食べることに集中出来そうにもなかった。
隼人に心配をかけられない、それだけの力でなんとか食べることは出来たけれど。
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