「DARLING」-7




俺も隼人もお風呂を済ませて、また三人で何をするでもなくソファで過ごしていた。
時計の針は夜の11時を過ぎたところを指していて、テレビでは今日一日のニュースを伝えていた。


「はー…、疲れちゃった…。ねぇ、眠いんだけど。」

欠伸をしながら言う志季に、俺は不快感を隠せなかった。
それはこっちの台詞だよ、なんて言いたくなってしまう。
突然やって来て、置いてくれだなんて…。
しかも俺のお兄さんとか言ってるし…。
それを快く受け止めることなんて、俺には出来ない。
快く思っていないのは、俺よりも志季の方が上なんだうけれど。


「ちょっと待ってて、今布団敷くから…。」
「志摩はどこで寝てるの?自分の部屋?」
「え…。お、俺はその…。」
「志摩の部屋はどこなの?見たいな。」

俺はまた、言葉に詰まってしまった。
隼人と一緒に寝てるなんて言ったら、絶対に変だと思われるから。
それに、俺の部屋なんてあってないようなものだったから。


「えっと、俺あんまり自分の部屋は使ってなくて…。」

どうすればいいのか考えながら、俺は部屋を案内した。
この家に引っ越して来た時、隼人は俺に部屋を与えてくれた。
だけど実際部屋にいることなんかないし、自分の荷物も少なかったから、何もないような部屋だった。


「ベッドもないじゃない。」
「うん…。」

カーテンは閉め切ったまま、家具も何もない。
ところどころに物が置いてある程度で、引っ越して来た時もままと言ってもおかしくない。
そんな部屋の中を見て志季は不審を募らせる。


「志摩、布団敷くの手伝ってくれないか?」
「あ…、隼人…。」

そんな困っている俺に気付いたのか、隼人が後ろから声を掛けてくれた。
やっぱり隼人は何だかんだ言っても俺のことを見ていてくれる。
こうして俺がどうしようもなくなっていると助けてくれる。
俺はどうして、もっともっと、と思ってしまうんだろう。
やっぱりさっきのは俺の贅沢だったんだと反省しながら、一度リビングへ戻った。


「空いてる部屋を使ってもらえばいいだろ?」
「うん、そうだね…。」
「ねぇ。」

普段は使っていない部屋を案内する中、後ろを歩いていた志季が立ち止まる。
そして志季が何か言おうとする度にびくびくしてしまっている俺がいる。
俺の方が迷惑だと言われた時から、志季は俺を恨んでいるんだと思うと、
いつ何を言われるのか、今度はどんな言葉で責められるのか、考えるだけで恐かった。
志季が言っていたお母さんの話を出されると、俺は何も言えなくなってしまうから。


「あっ、そこは…。」
「もしかしてここで…、二人は同じ部屋で寝てるの?」
「え…、う、うん…。そうだけど…。」
「えー?変なのー。こんなに部屋があるのに?」

志季が立ち止まって開けたのは、俺と隼人がいつも寝ている部屋だった。
大きいベッドが置いてあって、いつもそこで隼人にくっついて寝て…。
志季が変だと言うのは当たり前だ。
自分の部屋もあるのに、使っていない部屋まであるのに、普通に考えたらわざわざここで寝る必要なんてない。


「志摩は起きるのが苦手なんだよ。」
「それなら志摩のところまで起こしに行けばいいんじゃないの?」
「いちいち面倒だから。」
「えー…、変なのー…。」

志季はいまいち納得していないみたいだったけれど、隼人のおかげでなんとか助かった。
隼人は人よりも喋らない分、喋った分だけ納得させる力があると思う。
俺なんかいつもベラベラ喋っているけれど説明は下手だしボロが出るしで…。
俺のことが嫌いで俺の言うことなんか信用してくれないだろうっていうのもあるけれど。


「別に変でもなんでもないだろ。」
「そうかなぁー?まぁいいけど。」

志季はやっぱり、俺のことが嫌いなんだろう。
俺と話す時と隼人と話す時の態度が全然違うんだ。
俺と話す時は時々目つきが鋭くなったり俺のことをバカにするように見る時がある。
冗談みたいにして結構きついことだって言う。
でも隼人と話す時は笑顔だって見せている。
俺に対する皮肉めいた笑顔じゃなくて、普通の少年の笑顔。
俺が後ろめたい思いをしているからっていう理由なんかじゃない。
見た目ではっきりとわかるんだ。
そんなに俺のことが嫌いなのに、どうしてここに来たって言うんだろう。
もしかして隼人のことカッコいいと思ってるんじゃないか、とか、好きになっちゃったんじゃないかとか、そんなことまで考えてしまう。


「じゃあおやすみ、隼人。志摩も。」
「あぁ…。」
「うん…、おやすみなさい…。」

どうして隼人の方が先なの…?
それに隼人は自分のことを名前で呼ばれるのが嫌いだって…。
お兄さんじゃなくて隼人だって言ったのは俺だけど、呼び捨てにするなんて。
俺だけが隼人のことをそう呼べるんだと思ってたのに。
俺だけの特権だったのに…。
隼人と俺は書類上は親子だけど、本当は恋人なのに…。
言えるものならはっきりそう言いたいよ…。
志季にそう宣言出来たらいいのに。


「志摩?」
「……え?」
「どうしたんだ?ぼーっと突っ立って。」
「あ…、ご、ごめんなさい!」
「いや、怒ってないんだけど…。」
「ううん、ごめんなさい…!」

俺…、今、物凄く嫌な奴になってた…!
隼人の声で我に返って、自分の醜さに気付く。
志季を責める資格なんて俺にはないのに、なんて嫌な奴になっていたんだろう。
こんな俺なんか、隼人にだって嫌われちゃう…。
ごめんなさい、はそういう意味で出た言葉だった。
我儘ばっかりで、嫌な奴になってごめんなさい。
もうこんなこと考えないからごめんなさい、嫌いにならないで下さい、の意味。


「隼人…、これ…。」

どうしてあの志季がすぐに納得したのか、寝室に入ってから俺は知った。
志季が部屋を見ている時には、俺には中まで見えなかったのだ。


「怪しまれると思ったから。」
「そっか…、そうだよね…。」
「ずっといるわけでもないだろうし…、ちょっとの間なら我慢…。」
「うん、わかってる…。」

隼人が俺の部屋に来るまで何をしていたかも。
あれは困っている俺に気付いたわけなんかじゃなかった。
ただ布団を床に敷いていたからあのタイミングになっただけ…。
俺は一体何を自惚れていたんだろう。
あろうことに隼人をまるで自分だけのものみたいに思ったりして…。
どうしようもないぐらい我儘でバカだ…。


「志摩?」

床に敷かれた布団を見て、俺はショックを隠せなかった。
一緒に寝なければ確かに怪しまれる可能性も減る。
それは俺でもわかっているんだ。
でも…、それでも俺…。


「お、俺が隼人のところに来た時みたいだね!」
「え…?あ…、うん…。」

わかっているからこそ、俺は本心を言い出せなくて、思わず昔話なんかしてしまった。
まだ俺が隼人のベッドの下に布団を敷いて寝ていた頃の話。
それでも隼人の布団に潜り込んで怒られたりしたっけ。
隼人が家の中に人が入れるのは好きじゃないって知らなかったんだ。
無理矢理俺が居座ったのに、追い出すことはしなかった。
そんな優しい隼人を、俺はもっと好きになっていったんだ。
あの時と大きく違うのは、俺と隼人の関係。
思いが通じ合っているのに、一緒に寝ることが出来ない。
笑って誤魔化したけれど、それは俺にとってはとても辛いことだった。
隼人がよく言う「甘ったれ」な俺にとっては。


「じゃあおやすみ。」
「うん、おやすみなさい。」

隼人は俺にベッドを使えと言ってくれたけど、申し訳ないからそれは断った。
だってここは俺一人の力では住むことなんか出来なかった家なんだ。
おまけに俺は今も仕事もせず、学校にも行っていない。
そんな状態で俺がベッドに寝るなんておかしいから。
俺は床の布団に入って、電気を消した。
隼人からおやすみを言ってくれるのは嬉しいことなのに、俺は素直に喜ぶことが出来なかった。

キスもない、おやすみが寂しくて。
一人で入った布団があまりにも冷たくて。






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