「DARLING」-5




「僕んちのお父さんとお母さんって、僕が小さい頃に離婚したんだ。」

部屋に上がって、その志季という子が話し始めた。
絶対に隼人は家になんか入れないと思ったのに、上がってもらえなんて言うから。
俺も俺で、こんな突然現れた子にお茶とか出してるし…。
お兄さんなんて言われたって、俺には何がなんだかわからないのに。


「最近になって、お父さんにはずっと好きな人がいたってわかったんだよね。」
「ふ、ふーん…。」

こんな話をされても、俺はどう返事をしていいのかわからなかった。
ただ差し障りのない程度に相槌を打つぐらいしか出来ない。
俺の隣にいる隼人も、黙ったままだ。


「調べたらその女の人、昔子供を生んでたんだよね。僕が生まれた次の年かな。」
「ふーん…。」
「わかんないの?」
「へ?何が?」
「だから、それが志摩のお母さんだって。」
「え…っ!」

さっきから俺はなんだかこの子にバカにされている感じがする。
そりゃあ確かに俺はあんまり頭は良くはないけれど、こんな話で先が読める方が凄いと思う。
俺はお母さんなんて知らないし、今の今まで忘れていたって言ってもいい。
知らないんだから想像だって出来ないんだ。
それに俺は今、隼人と二人でいることが幸せなんだから。


「もうわかるでしょ?志摩はその人と僕のお父さんの子供かもしれないってこと。」
「そんな…。」
「だから僕は志摩のお兄さんだって言ったでしょ?」
「でも…。」

そんなことを言われて、俺はどうしたらいいんだろう。
この子は何を望んでここに来たんだろう。
それにこの話が本当かどうかだってわからない。
俺にはお母さんの話をされても、記憶がないのに…。
それを今頃になって言われて、俺はどうしたらいいんだろう?
考えれば考える程、頭の中が混乱していく。


「あの…、でも俺お母さんなんかいないよ…?」

このまま沈黙が続くのが恐くて、俺はなんとか口を開いた。
それは俺にとっての精一杯の言葉だった。
それしか俺には言いようがなかった。


「何言ってるの?そんなわけないでしょ?」
「でもホントにいないもん…。」
「じゃあ志摩は誰から生まれたの?」
「それはその…。」

そんなこと、俺だってわかってる。
人間はお母さん…女の人から生まれることぐらい、いくらバカな俺でもわかる。
どうすれば赤ちゃんが出来るかだって…。
最近までよくわかってなかったというか、ちょっとだけ誤解していたけれど、本当のことを隼人が教えてくれた。
エッチの仕方だって全部隼人が教えてくれたんだ。


「もしかして卵から生まれたの?」
「ち、違うよっ。俺ひよこじゃないもんっ。」
「じゃあそこにいる人から?そんなわけないだろうけど。」
「え…?」

俺はこの子が来た時から、嫌な予感がしていた。
俺と隼人を見て、親子だって思う人はまずいない。
隼人はどう見ても男の人だし、お母さんなわけもない。
兄弟だって言っても疑われる。
それ ぐらい似ていなのは、血の繋がりがないから。
じゃあ何って聞かれた時に、いつも隼人が困っているってことも気付いてた。
俺が嘘を吐かせていることも、気付いていたんだ。
隼人がいいって言うから俺も甘えて来たけれど、やっぱり実際言われると申し訳ないって思う。
いつも嘘吐かせてごめんなさいって。
俺だって、世間的には俺と隼人が普通の関係じゃないことぐらい知っている。
同じ男っていう性別同士で「カップルです」なんて堂々と言えないってこと。


「そのお兄さんが志摩のお父さんって言う人?」
「し、知ってるんじゃない…。」
「施設から志摩を引き取ってくれたんでしょ?」
「そ、そうだよ…。」

この子はどこまで俺のことを調べているんだろう。
俺の出生のこと、お母さんのこと、施設のこと…それから隼人のことも…?
どうしよう、俺、恐いよ…。
隼人が他人に踏み込まれるのが嫌な気持ちが、今になってよくわかった気がした。
自分の知らないことを他人が知っていたり、触れられたくないことを今頃引き出されたり。
この子がどうとか言うんじゃなくて、もうそっとしておいて欲しかった。
知るのがとても、恐かったから。


「あ、あの…、君はここに何を…?」
「志季、だよ、志摩。名前も似てるでしょ?」
「志季は、何をしに来たの…?」
「どうして?迷惑?」
「ううんあの迷惑っていうか…、その…。」
「でも僕にしてみれば志摩の方が迷惑だよ。」

志季がさらりと言った言葉に、俺の心臓がズキンと痛む。
志摩の方が迷惑…、俺は迷惑…。
それは、隼人と出会う前の俺の心の中の思いと同じだった。
いじめられて、前を見ることが出来なくて、どこかへいなくなりたいのに行く場所もなくて。
女の子みたいな顔で、女の子みたいな名前で。
捨てたお母さんのことも、捨てるなら名前なんか付けなきゃいいのにって。


「志摩のお母さんのせいで僕んちのお父さんとお母さんは離婚したんだもん。」
「そんなこと…、ご、ごめんなさい…。」
「別に謝らなくていいよ。志摩本人のせいじゃないし。」
「でもごめんなさい…。」

俺は志季に責められて、俯いたまま謝ることしか思い浮かばなかった。
いじめられていた時も謝れば、その時だけは許してもらえたから。
そんなのは解決になってないっていうのもわかっていたけれど、それ以上何かされるのが恐かった。
今も、これ以上何か言われるのが恐くて。
俺は泣き虫で弱い人間だから、すぐに泣いてしまいそうなんだ。


「じゃあ僕のお願い聞いてくれる?」
「お願い?」
「お父さんとそのことで喧嘩して家出て来ちゃったの。さっきそう言ったでしょ?」
「ご、ごめんなさ…。」
「だからここに暫く置いてって言ってるの。」
「え…!!」

俺は驚きを隠せなくて、思わず顔を上げた。
志季をここに暫く置く…?
俺のことを恨んでいるような子と一緒に暮らすってこと?
またさっきみたいに色々言われたりするかもしれないってこと?
そんなの俺、耐えられるかな…。
ううん、俺よりも誰よりも…。
俺にしては珍しく、短い間に色んなことを考えた。
そして隣でずっと黙ったままの、隼人に視線を向ける。
絶対に隼人はダメだって言うはずだ、嫌だって言うはずだと思っていたから。


「ご、ごめんねそれは…。」
「…どうぞ。」
「は、隼人っ?!」
「置いてって言ってるんだから置いてやれば?」

志季が来てから、俺はたくさん驚いたけれど、隼人のこの発言が俺を一番驚かせた。
絶対に言うはずがないと思っていた言葉が普通に隼人の口から零れたから。
俺は志季には悪いけれど断るつもりだったのに…。
隼人はどうしていいって言うんだろう?
他人に入られることが嫌いなのに…、しかも目の前で俺が色々言われていたのを見ていたのに …。
もう俺のことを助けることも嫌になっちゃったの…?
何も出来ないって、確かに迷惑な奴だって思っちゃったの…?
勝手なことばかり考えては、隼人本人には言えずにいた。
俺が自分の過去よりも何よりも恐いのは、隼人に嫌われることなんだ…。


「ホント?よかったー…。ありがとう、お兄さ…。」
「は、隼人だよっ!隼人はお兄さんって言う名前じゃないよ!」
「なんで志摩が言うの?」
「それはその…、お、お父さんだから…?」
「変なのー。」
「………。」

志季の目的が何なのか、本当の意味はわからなかった。
調子が狂ってしまうような言い方は、俺にとっては初めての相手かもしれない。
それよりもわからないのは、隼人の気持ちだった。
それ以上何も言わない隼人が何を考えているのか、バカな俺には何もわからなかった。







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