「DARLING」-4




「もっと口開けて…。」

何度も繰り返されるキスは、だんだん深くて激しいものに変わっていく。
昼間の電話の隼人の声が、今度はちゃんと耳元で聞こえる。


「ん…、ふ…ぁ、んっんっ。」
「ぷ…。」

俺はそのキスに応えるだけで精一杯だ。
息を乱しながら、言われた通り口を開けて待っていると突然隼人が吹き出した。


「な、なんで笑うの…?」

離れた唇を惜しむように、俺はその理由を訊ねる。
前よりは増えたけれど、隼人が笑うことは滅多にない。
大声を出して笑うことなんか絶対にないし、今みたいに吹き出すのもそんなにあることじゃない。
俺が失敗したりして、変なことをした時ぐらいだ。


「変な顔…。」
「えっ!!へ、変?!ぶさいくってこと?気持ち悪いってこと?う…。」
「違う。」
「でも変って……んんっ…!」

再び塞がれた俺の口の中に、熱い唾液が注ぎ込まれる。
味わう余裕も何もなくて、口元からそれはだらだらと零れて首の後ろまで濡らした。
いつまで経っても俺は、キスが下手くそだ。
隼人みたいには出来ないし、全然ついて行けていない。


「…可愛いって言う意味なんだけど。」
「えっ、あの…っ、わっ、あっ、あ…!」

隼人は笑顔が増えた分、変わったことがもう一つある。
前よりもこういう台詞を言うようになったこと。
俺のことを可愛いって、俺を好きだって、真っ直ぐに言ってくれるようになった。
真っ直ぐ過ぎて俺の方が恥ずかしくなっちゃうのに…。
恥ずかしいけれど嬉しくて、どういう態度を取ればいいのかわからなくなるんだ。
そうやって、キスが胸元に降って来た時にどうすればいいのかも。


「ああああの待って…っ、待って隼人っ、ん…!」

布団を捲られて、裸のままの俺の胸元に隼人の頭が埋まっている。
髪をくしゃくしゃと掻き回すようにして俺はそれを止めるけれど、皮膚に触れた唇が止まってくれない。
どうしよう…、これじゃあまたエッチに進んじゃう…!
俺、また変になっちゃうよ────…!!


「ダ、ダメですっ!隼人、待って…!」

俺は思い切り隼人の頭を掴んで、なんとか行為を止めさせようとした。
あまり力のない俺が本気を出したからか、隼人は驚いて顔を上げた。


「なんで?」
「な、なんでってあの…。」
「こんなやらしい格好してるのは志摩なのに?」
「えっ、だ、だってそれはお風呂に入ってたから…。」
「それはお前が一人でやらしいことしたからだろ?」
「う……。」

何もやらしいやらしいって連呼しなくてもいいのに…。
そんなこと言われたら俺が何も言えなっちゃうのを知ってて言うんだもん…。
今日の隼人は意地悪なのか優しいのかよくわからない。
でも隼人が言っていることは決して間違ってなんかない。
本当のことを言っているだけだから、だから俺は何も返せなくなってしまうんだ。


「志摩はえっち、なんだよな…?」
「ちが…、ん…っ!」

抵抗も出来なくなってしまった俺の身体を隼人の手が撫で回す。
胸の先端の飾りはちょっと触れられただけで膨らんでしまう。
違う、なんて言いながら、しっかり反応してるんんだから言い訳も出来ない。


「そういう志摩が好きなんだけど。」
「えっ、そ、そうなの…?」
「前にも言った…。」
「そうだっ…、んっ、隼人っ、ん…!」

そうだったっけ?なんて嘘なんだ。
俺はバカでも隼人が言ったことならちゃんと覚えている。
そういう志摩が好きだ、えっちなのがいい、だとか、そんな凄い台詞忘れるわけがない。
それも全部わかって隼人は言ってるんだから、やっぱり意地悪だ。


「隼人ー…。」

覆い被さって来る隼人をぎゅっと抱き締める。
家に帰って着替えた隼人の服は、いつも洗濯の後のいい匂いがする。
俺が選んで買って来た洗剤と、お日様の匂い。
こういう時にも俺は幸せを感じるんだ。

ピンポーン───…。

隼人の唇が再び俺の胸元に触れて、全身でそれを感じている時だった。
家のインターフォンが鳴って、思わず二人で顔を見合わせた。


「あの、お客さんだよ…?」
「いい。」
「いいって…、でも…っ!」
「どうせ新聞か何か…。」
「あっ、もしかしたら宅急便かも!」
「宅急便…?」

俺も隼人も他に家族はいない。
俺と隼人で家族なんだ。
だから荷物が送られて来ることなんてほとんどないし、お客さんだってほとんど来ない。


「あの…、お、お取り寄せスイーツって言うの注文しちゃって…。」
「お取り寄せ…。」
「ご、ごめんなさい美味しそうだったから…!隼人と一緒に食べようと思って…。」
「別に今じゃなくてもいいんだよな…?」
「でもクール便のやつで…賞味期限が…、う…、ごめんなさい…。」

この間注文した物が近々届くことになっていた。
早く食べたくて、時間も日にちも指定しなかった。
誰かが訪ねて来るとしたら、それしか思い浮かばなかった。
隼人に黙って贅沢なことをしたのも悪いけれど、今謝っているのはそのことじゃない。
こういう雰囲気を壊すようなことをしたから…。


「食べることばっかりだな、志摩は。」
「う…ごめんなさいです…。」

隼人は微かに笑って俺の頭を撫でて、立ち上がって玄関へ向かった。
俺がこんな格好で出られないから代わりに出ようとしてくれているんだ。
やっぱり俺、隼人が好きだなぁって思う。
意地悪な隼人も優しい隼人も、全部好きだなぁって。


「志摩…、お前になんだけど…。」
「わーい、スイーツ、スイーツ♪」
「いや、そうじゃなくて…。」
「へ…?」

それから1分ぐらいして、すぐに隼人は部屋へ戻って来た。
その手にはそんな荷物も何もなくて、隼人は妙な表情を浮かべている。


「お前にお客さんっていうか…、よくわかんないんだけど…。」
「俺に…?お客さん??」

それには俺もびっくりだった。
だって俺を訪ねて来る人なんか、シロやシロの恋人の亮平くんぐらいしかいないんhだ。
それに今はその二人でもなくて知っている人でもないような言い方をしていたから。
俺は急いで服を着て、隼人と一緒に玄関に向かった。


「あの、志摩です…。」

おそるおそる廊下を歩いて玄関へ行くと、そこには見たことのない人が立っていた。
俺よりもちょっと年上ぐらいで、高校生って感じの男の子だ。


「ふーん、君が志摩?」
「あの…。」

その子はどうやら俺のことを知っているみたいだった。
でも俺にはどうしても見覚えがない。
いじめられていて友達も少なかったし、そのいじめた方にもこんな顔はいなかった。
施設にもいなかったし、どう考えても知り合いじゃないのは明らかだった。


「小学生みたい。」
「む…、違うよっ!俺もう16歳だもん!」
「だってチビっこいんだもん…ぷぷ…。」
「お、俺が気にしてること…、っていうか誰?お、俺の友達じゃないよね…?」

俺の顔をまじまじと見て、その子はそんなことを言い出した。
さすがの俺だって知らない人に言われっ放しには出来ない。
それよりもこの子が誰なのか、それを聞いてから…。


「志摩のお兄さん。志季って言うんだ。」
「へ?」
「変な顔ー。」
「………。」

志摩のお兄さん、って言ったよね…。
俺は暫くの間呆然として何も言えなかった。
すぐ後ろにいる隼人も同じみたいで、俺達は二人で黙る中、その子だけが楽しそうに笑っている。


「家出してきたから暫く置いてよ。」
「あの…、俺お兄さんなんかいないよ…?おかあさんだって知らないもん…。」
「んじゃあ詳しい話するから上がらせてよ。」
「でも…。」

隼人はこの家に他人を入れるのを嫌いだ。
しかもこんな突然やって来て俺のお兄さんだとか言っている怪しい人なんか…。
俺が気まずそうにしていると、隼人は肩をぽんぽん、と叩いた。


「志摩、とりあえず上がってもらったらどうだ?」

多分隼人も同じように俺のお兄さんだとか言われたんだろう。
だからさっき戻って来た時変だったんだ。
動揺したような、何を言っていいのかわからないような妙な表情だった。
だってそんなことあるはずがないんだから。
でも俺の名前も知っていて、それに自分の名前も志季って言ってた…。
俺と似たような名前だって深読みしてしまうのも仕方がない。


「じゃあお邪魔します。」
「ど、どうぞ…。」

俺は物凄く大きな不安を抱えながら、部屋の中へと案内をした。
これからの俺の人生が変わってしまうぐらいの何かが起こったらどうしようと。
俺は隼人との生活を幸せに思っていたのに。
二人だけで過ごす日々を大事にしていたのに。
それが今、壊されてしまいそうで恐かった。





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