「DARLING」-3




携帯電話を持ったまま、俺は下半身に手を伸ばす。
電話が来る前から熱くなってしまっていたそこは、隼人の声によって余計熱を上げてしまった。


『志摩、ズボン下ろしたか…?』
「で、出来な…っ。」
『下ろさないと大変だと思うけど。』
「そ、そんな…っ、う…。」

言われなくてもわかってるのに、隼人は意地悪なんだ。
わざとそんな風に細かく指示したりして。
どうしてこういう時だけ饒舌になるんだろう。
ずるいよ…。
でもこんな状態ままでいられるわけもない。
断れるはずもなくて、ソファに座ったまま膝まで下着ごとズボンを下ろした。


『じゃあ自分でしてみて。』
「う…っ、う…、ん…っ!」

膝を抱えた状態で、俺は自分のそこに触れた。
直に触れたそれはやっぱり凄く熱くなってしまっていた。
恥ずかしさで顔まで熱くなって、火でも吹きそうな勢いだった。


『脚、開いた方がいいんじゃないか?』
「な、なんでわか…っ?」
『わかるよ。』
「う…、ふぇ…っ、うぅん…っ。」

隼人と出会うまで、こういうことをまったくしたことがなかったわけじゃない。
いくら背か低くて成長が遅いからって言っても、俺は一応男なんだ。
エッチの意味がどういうことか、やり方もあんまりよくわかっていなかったけれど、一人で何かすることぐらいは知っていた。
それは生理現象の処理という意味で、エッチだとかそういった類ではなかったけれど…。
そっちの意味でしたのは、隼人と出会ってから。
前に隼人と喧嘩をした時が初めてだった。
出て行った俺を探していて熱が上がって倒れた隼人の目の前で一人でした。
その時も恥ずかしくて死にそうだったけれど、今も同じように、もしかしたらそれ以上に恥ずかしくて死にそうだ。


「ん…、ふ…、あぁっ、隼人…っ。」

俺はその熱に犯されてしまったかのように朦朧とした中、一人でそこを触り続けた。
もう何がなんだかわからなくて、部屋じゃなくてどこか別の場所にいる感覚に陥る。
俺の名前を呼ぶ隼人の声が、いつもの不安を消してくれる呪文とは違うものに思える。
その別の場所に導いて、俺の身体を溶かしてしまう悪魔の呪文みたい。
クラクラして、ドキドキして、俺が俺じゃなくなってしまうんだ…。


『志摩…、気持ちいい?』
「う…ぅんっ、隼人っ、や…、ダメもう…っ。」
『イきそう?』
「やだ…ぁっ、んっ、あぁ…んっ!!」

隼人がいるのは会社で、傍にいるはずなんてないのに…。
背中から抱き締められて、俺の手にあの大きな手を添えて動かしているみたいだ。
耳元で聞こえる声は直接俺の鼓膜に吹き込まれているみたいに響く。


『やらしい声…。』
「やぁっ、あ…っ!」

そんなことを言っている隼人の声の方がやらしいのに。
そう文句を言おうとしても、俺の口からは変な声しか出て来ない。
もうどんな風に動いているのかわからないけれど、俺の手は濡れてしまっていた。
天井の方に向かってしまったそれは、早く達してしまいたくて破裂してしまいそうだ。


『志摩…。』
「やっ、隼人っ、…ちゃうっ、イっちゃうっ!」
『志摩、好きだよ。』
「やあぁ───…っ!!」

隼人はやっぱりずるいと思う。
俺がどんなことを言えば嬉しいのか、興奮しちゃうのかよくわかっているから。
今だってそう。
俺がどうすれば、どういうことを言えば達してしまうのかを知っているんだ。


『志摩?大丈夫か?』
「はぁ…、はぁ…。」

そして意地悪なことを言ったのに、その後の言葉は凄く優しいんだ。
俺はまだちゃんと息をすることが出来なくて、何も言葉が出て来ない。
大丈夫なはずなんてないのに。
こんなに恥ずかしいところを晒して、俺が平常心でいられるわけがないのに。


『志摩?』
「隼人…っ。」

やっと出て来たのは隼人の名前だった。
俺は恥ずかしくて、どこかに逃げてしまいたかった。
隼人のことは好きなのに、電話をかけて来てくれたのは嬉しいのに。
そんな矛盾した俺の心は、道で迷っている子供みたいだった。
どうしていいのかわからなくて、泣いてしまった子供。


『志摩、大丈…。』
「ごごごごめんなさい俺っ!!ま、また明日!!さようなら!!」

俺はパニックになっていたのか、わけのわからないことを言い放って、電話を一方的に切ってしまった。
電話の向こうの隼人はきっと驚いているだろう。
俺が自分から電話を切るなんて思ってもいないだろうから。
それでも掛け直してこなかったのは、俺に気を遣ってくれていたせいかもしれない。
本当に、どこまでも優しいんだ…。


「う…。」

電話を切った後に押し寄せて来たのは、後悔の二文字だった。
俺は今、何をしてしまったんだろう。
隼人のことを身体目的なんじゃないかだとか勝手なことを考えていたけれど、隼人のことを想像して、変な気分になってしまったのは俺だ。
電話で声を聞いてもっと変になってしまったのも俺だ。
隼人のせいなんかじゃない、俺が自分でしたことなんだ。
身体目的なのは、エッチなことが目的なのは俺なんじゃないかと思うと、急に自分が汚い物に思えて来た。


「やだよー…。」

ソファの上でズボンを下ろしたままのそこは、達した時に放ったものでぐちゃぐちゃに濡れている。
それは間違いなく俺が出してしまったものだ。
目で確かめると余計に罪悪感みたいなものが増して、涙まで溢れて来た。


「うー…、うっうっ、えっえっ…。」

瞼をゴシゴシ擦りながら、よろよろと立ち上がる。
衣装ケースに入っているタオルを取り出して、壁を伝うようにしてバスルームへ向かった。







次に俺が意識を取り戻した時は、布団の中だった。
目を開けると寝室の天井が見えて、温かい毛布に包まっていた。
おでこには冷たいタオルが乗せられていた。


「あれ…?隼人…?」

ベッドの傍らには会社にいるはずの隼人の背中が見えた。
俺は夢でも見ているんじゃないかと思ったけれど、手を伸ばすとそれは本物だった。


「志摩…?」
「あの俺…?」
「バカっ!」
「ひゃあっ!!」

シャツを引っ張ると、振り向いた隼人が突然怒鳴る。
俺は驚いてシャツから手を離して、布団を被った。


「何やってたんだ?!」
「えっ?!あ…、俺、シャワー浴びてて…。」
「死んだらどうするんだ!バカ!」
「ごごごごめんなさいっ!!」

俺は、汚れてしまった身体を洗おうとバスルームへ行ったのだった。
本当は、汚れた自分自身を洗いたかったのかもしれない。
自分は汚くて、欲望に紛れてしまったのを綺麗にしたくて。
そんなこと、出来るはずがないとわかっていても、いてもたってもいられなかった。
多分それで逆上せてしまって、会社から帰って来た隼人に発見された。
隼人との電話を切った後からだから、随分長い時間バスルームにいたことになる。
だから隼人もこんなに怒っているんだろう。


「志摩。」
「は、はい…。」

布団を被ったままひたすら謝る俺の上に、体重がかかる。
あんなことをして、バスルームで倒れて、恥ずかしくて情けなくて俺は顔を見せられなかった。


「ごめん。」
「え…?」

布団から出ようとしたけれど、隼人に抱き締められていて身動きが取れない。
どうして隼人が謝るんだろう?
俺が全部いけないのに…。


「昼間のは、ちょっと意地悪し過ぎた。」
「は、隼人…。」
「お前があんな声出すからつい…、ごめん。」
「隼人…。」

こんな風にされたら俺は何も言えなくなってしまう。
意地悪されたことなんかどうでもいいって。
そんなことより俺もぎゅうっと抱き締めたいって。
呪文はまた優しいものへと変わって、俺と溶かしていくんだ。


「志摩、ごめん。」
「あの、俺、俺もごめんなさい…。」
「え?」
「その、へ、変な気分になっちゃって…。」

俺を抱く力が緩められた隙に、俺は布団から顔を出す。
何度も謝っていた隼人は落ち込んでいるみたいにして視線を伏せている。


「お、俺っ、自分でもダメだと思ってるの…、そういうの…。」
「そういうの?」
「あの、変っていうかエッチになるのって…、ダメっていうかバカっていうか…。」
「志摩?」
「き、汚いって、自分でもよくわかってて…。う…っ、え…っ。」
「志摩…。」

俺はやっぱり説明が下手だ。
どんな風に言えば隼人に伝わるのかわからないんだ。
わからなくて、もどかしくて、泣くことしか出来ない。
本当に、どうしようもない奴だなぁって思う。


「汚くないから。」
「でも…っ。」

それなのに、隼人はどうしてもっと優しく抱き締めてくれるんだろう。
こんな俺を許してくれるんだろう。


「志摩は…、前より泣き虫になったな。」

そしてどうして微かに笑ってキスをくれるんだろう。
俺はそんな隼人に何を返すことが出来るのかわからないんだ。
ただその優しさに溺れるようにして、甘えて、キスに応えるだけ。

それしか出来ない俺でも許してくれるの?




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