「DARLING」-2
それからご飯を食べて、会社に行く隼人を見送った。
隼人がいなくなった後はご飯の後片付けをして、洗濯をして、掃除をする。
天気がいい日は布団も干すことにしている。
午後になったら夕ご飯の買い物に行って、マンションの庭の手入れや掃除なんかをする。
それ以外はテレビを見たり漫画を読んだり…自由な時間を過ごす。
これがだいたい俺の一日という感じだ。
このマンションは隼人のお祖母さんがやっていた会社が建てたもので、俺は管理人補佐っていう役目までもらった。
隼人は俺達が住む部屋をローンで買うよう仕組まれて最初は怒っていた。
それでも今では頑張って払ってやると言ってコンビニのバイトもやめてそのお祖母さんのやっていた関連の会社に入った。
「こんにちはー、志摩です!」
今日の俺は、一番仲のいい友達のシロの家まで来た。
シロはケーキ屋さんでバイトをしていて、その恋人の亮平くんは仕事をしながら大学に通っている。
シロとは少なくても週に一回は会っている。
俺がシロの家に行ったり、シロが俺のところに来たり。
それからシロを人間にしてくれた猫神様のところへ二人で行ったり。
「おっ、シマたん、どうした?」
「あっ亮平くん、こんにちはです!」
「あー、シマだ!」
「シロー、こんにちは!」
インターフォンを鳴らして大きな声で挨拶をすると、シロと亮平くんが出て来てくれた。
シロが今日のバイトが午後からで、亮平くんもなるべく同じような時間で行動しているのは知っていた。
俺が相談を出来るって言ったら、この二人か猫神様ぐらいなんだ。
「あの、ちょっとお話が…。」
「??まぁいいや入れよ。」
「はいっ、お邪魔します!」
靴を脱いで、家の中に上げてもらうと、シロがアイスを出してくれた。
シロの働くケーキ屋さんで、夏だけに販売するアイスらしい。
今年もその季節が来て、店長さんがシロに持たせてくれたものだ。
「美味しいー、シロ、これ美味しいね。」
「へへっ、オレも手伝ったんだ〜。」
「ところでシマたん、さっき言ってた話ってなんだ?」
「あっ、あのー…。」
俺はあんまり言葉が上手くない。
思っていることを並べて言っているだけで、説明は下手なんだ。
今朝考えていたことを、俺なりに伝えようとするけれど、やっぱり上手くいかない。
それでも二人は俺の話を全部聞いてくれた。
「別にいいんじゃねぇの?」
「えっ…、亮平くん??」
「だから、シマが水島にベッタリでダメだと思う必要はねぇと思うけど。」
「そ、そうなのかな…??」
亮平くんから返って来た答えは意外なものだった。
そんなに甘えてたらダメだぞ、とか言われると思ったのに。
「そうだろ。なぁシロ?」
「うん!オレもそれでいいと思うぞ!」
「で、でも…。」
「俺はシロにもっとベッタリされてもいいと思ってる、つーかして欲しいし。」
「りょ、亮平〜、シマの前で恥ずかしい〜。」
「そうなんだ…。」
シロを抱えて膝の上に乗せた亮平くんの言葉は本当なんだろう。
恥ずかしいって言いながらシロも凄く嬉しそうだし。
俺もこの二人みたいにラブラブになりたくて、それで隼人にしつこくひっついてる。
それが隼人は迷惑なんじゃないかって思うんだ。
亮平くんみたいにそういうことが好きじゃない隼人なら。
「心配しなくても水島だってそう思ってるに決まってんだろ。」
「えー?!そんなこと絶対ないよー。」
俺の心配や悩みをよそに、亮平くんはそんなことを言う。
本当なのかどうかも俺にはよくわからない。
というか信じられないんだ、隼人が俺にベタベタされて嬉しいなんて。
「あるって!あいつがただムッツリスケベなだけだっての。」
「えっ、な、なんで亮平くんそんなこと…。も、もしかして…!!」
「げ!変な誤解すんなよ?!そういう意味じゃねぇっての。」
「もしかして亮平くん隼人と…!お、俺と出会う前二人は…!!」
どうしよう、そんなことがあったのだとしたら…!!
でも隼人はカッコいいし、優しいから絶対モテる。
前にコンビニのバイトの女の子にも言い寄られてた。
そうだよ、俺みたいなの一人にそんなに夢中になるわけがないんだ…!!
「おーいシマたん?なんか変な方向に行ってねぇ?」
「シマ、大丈夫か?」
「うっ…。」
「いやぁ、やっぱシマたん可愛いなぁ、あいつがベタ惚れなるのも仕方ねぇわこれ。」
「そうだぞ、シマは可愛いんだ!ミズシマだってそういう可愛いシマが大好きなんだ、きっと。」
「亮平くん…?シロ…?」
突然笑い出した亮平くんに、頭を撫でられる。
一緒になってシロまで。
俺のことをよく可愛いって言ってくれるけれど、それもよくわからない。
確かに可愛いって言われると凄く嬉しい。
でもそれが正しいのかはわからないんだ。
だって俺はこんなでも男で、男のくせに可愛いのは変なんじゃないかって思うから。
可愛い物とかが好きなのも、ぬいぐるみが手放せないのもどこかおかしいんじゃないかって。
「心配すんなって。」
「おお、オレもミズシマはシマを愛してると思うぞ!」
「え…、そうかなぁ〜…?えへへー。」
でも俺は単純でバカだから、そう言われるとすぐに調子づいてしまう。
シロと亮平くんが大丈夫って言うなら本当に大丈夫な気がしてしまうんだ。
「おっ、なんだなんだお惚気か?」
「シマはミズシマのことが大好きだもんな。」
「えへっ、そうなの、俺隼人が大好きでー…。」
結局俺は、そこでも隼人が好きと言うことしか言えなかった。
最終的には俺が出来るのはそれだけ。
亮平くんもシロも、そんな俺を時々冗談で冷やかしながらだけど俺の話を聞いてくれる。
俺は隼人だけじゃなく、周りの友達にも恵まれていた。
「いただきます。」
シロと亮平くんが出掛けるのに合わせて、俺は昼前に家に戻った。
お昼ご飯は今日の隼人のお弁当のおかずの残り。
そうすれば離れていても一緒にご飯を食べている気分になれるから。
だからいつも二人分の量を作ることにしているんだ。
隼人も今頃同じお弁当食べてるのかな、なんて想像しながら食べると楽しい。
溢れるぐらい乗せてしまった鮭は、今俺のご飯の上に乗っていて、それを見て思わず笑いそうになってしまった。
ご飯を食べ終わると、ソファにもたれながらテレビを眺めていた。
お昼のバラエティー番組を見て時々テレビと一緒に笑ったりして。
それもなんだか退屈になって来て、ソファに横になると、少しの間だけうとうとしてしまった。
「ん…。」
大きな音が聞こえて、俺は目を覚ました。
よく耳を傾けると、それはテレビの中の音だった。
ちょうど昼のドラマをやっていて、暫く俺は寝転がりながらそれを眺めていた。
『あなたは私の身体が目当てなのね?!』
『そんなことはない!』
『嘘よ!私を抱くだけ抱いて捨てるんだわ!』
『待ってくれよ…!』
いわゆるドロドロのドラマってやつ。
身体が目当て…身体だけ…。
俺はどうしてなのか、そこで自分のことを考えてしまった。
もしかして隼人も身体だけだったら…。
「や、やめよー!!これやーめよっ。」
近くにあったリモコンを握って、チャンネルを変える。
こういうのを見ていると俺は流されてしまいそうになるんだ。
『夫が毎日のように私の身体を求めてくるんです…。』
『いいことじゃないんですか?』
『子育てが忙しくてそれどころじゃない時もあるのに…、まるで身体目的のような気がしてきてしまうんです。』
『ふんふんなるほど…、困りましたね奥さん。』
変えた先では悩み相談をやっていて、それがドラマとまた似たような内容だった。
俺は堪らなくなってテレビを消して、ソファに伏せる。
「どうしよう…。」
どうしよう、本当に身体だけだったら…。
隼人は俺の身体が好きで一緒にいるんだったら…。
エッチするだけして捨てられたりしたらどうしよう…!!
「あれ…、でも…。」
だけど俺はそこで気が付いた。
俺は男で、当たり前だけど女の人みたいな身体とは違う。
大きな胸もなくてぺったんこだ。
思わず自分の身体に視線を向けて、服の中その胸を覗き込んでしまった。
何度見ても、触り甲斐のなさそうな胸だ。
それでも隼人はどうして俺のここをあんなに触ったり色々するんだろう…。
胸だけじゃなくて、下半身も…。
「隼人……。」
ぼうっとしながら、俺は隼人のことを思い浮かべる。
俺にエッチなことをする時の、隼人の手とか舌の動きとか…。
普段は絶対に見せないのに、そういう時の隼人は凄くいやらしくて…。
「隼人…っ。」
思い浮かべただけなのに、俺の身体は熱くなる。
心臓がドキドキして、意識がどこかへ行ってしまいそう。
隼人が耳元で俺の名前を呼ぶ声まで聞こえてきそうで…。
どうしよう、俺…、なんだか変だよ…。
「───うわぁっ!」
その時ちょうど、ソファの上にあった俺の携帯電話が鳴った。
普段俺にかかって来るのはシロぐらい。
そのシロはバイト中なはずで、メールの音でもなかった。
液晶を見ると、そこには今まさに思い浮かべていた人の名前があった。
「も、ももももしもし…っ。」
『志摩?』
「はっ、はいっ、しっ、志摩っ、志摩です…!」
『ちょっと見てもらいたいんだけど…。』
慌てて電話を取ったのはいいけれど、俺の言葉がどもる。
隼人が電話をしてくるなんて、ほとんどないのに…。
勢いに任せて電話を取ってしまったことに、俺は後悔をし始めていた。
だって俺、変になっちゃったままだよ…。
「はっ、隼人…、どうしたの…?め、珍しいねっ。」
『パソコンの机の上に書類乗ってないか見て欲しいんだ。A4の白い封筒に入ってるんだけど…。』
「う、うん…、ちょ、ちょっと待って…っ。」
『悪いな。』
隼人は気付いていないみたいだった。
俺が電話を一度置いて机を見に行く時、下半身を押さえていたこと。
そこが熱くてちょっとだけ変になってしまっていたこと。
「もしもし…、ないみたい…。」
『そうか…、わかった、ごめん。』
「う、ううん…っ。」
『志摩…。』
一通り机の上を見たけれど、それらしき物はなかった。
もう一度ソファに戻って、隼人にそのことを言った。
そしてなんとか隼人にばれずに電話を切ろうとしたのに…。
「な、何…?」
『今何してた?』
「えっ!!あ、ああああの俺…!!」
『今…、何してたんだ…?』
どうしよう、俺…。
電話の向こうの隼人の声にまで反応しちゃうなんて…。
「何」の意味をはっきり指摘されたわけでもないのに、隼人には全部見えている気がする。
「な…、なんにもしてな…。」
『嘘吐きだな。』
「は、隼人ぉ…。」
『志摩は嘘吐きだよな…。』
俺も同じように、電話の向こうの隼人が見えた気がした。
エッチなことをしている時に意地悪をする隼人の顔。
ちょっとだけ笑って、俺のことを可愛いって言って触る時の。
俺はもう言い訳も誤魔化しも出来なくなって、観念したかのように隼人の声で耳を傾けた。
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