「DARLING」-1
生まれた時から、俺は一人ぼっちだった。
それが寂しいことだとかはよくわかっていなかった。
普通がどういうものなのかわからなかったから。
それに俺が育った施設には周りに皆もいたし、ぬいぐるみだってたくさんあった。
恥ずかしいことにそれは今になっても手放せない物になった。
寂しいという感情を持ったのは、好きな人が出来てから。
学校でいじめられて弱気になっていた俺に光を与えてくれた人。
真っ直ぐに前だけ見ることを教えてくれた人。
その人に会いたくて会いたくて堪らなくて。
俺のことを好きになって欲しくて、傍にいて欲しくて。
胸の辺りがきゅんきゅん鳴って、初めてそれが恋焦がれるということだと知った。
ある日我慢が出来なくて思い立った俺は、その人のところへ会いに行った。
そして嘘を吐いて傍に置いてもらった。
その嘘は途中でばれてしまうけれど、その人は今も俺の一番近いところにいてくれている。
「んー…。」
目覚ましは、いつも朝の6時にセットしている。
朝起きて、好きな人のためにお弁当を作って、朝ご飯を作って。
今日はその目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
目の前には、俺が着ているパジャマと同じ色合いの、大きな背中。
「えへへ…。」
眠っている間ずっと掴んでいたせいで、そのパジャマはしわくちゃになってしまっている。
そこから伝わる体温をもっと感じたくて、ぎゅっとしがみ付く。
俺の大好きな、隼人の背中。
抱き締めながら、色んなことを考える。
後ろ髪、伸びたなぁ…。
その後ろ髪をちょっとだけ捲ると、小さいホクロがあるのを俺は知っている。
隼人は俺に比べて随分背が高くて、首も長い。
顔もどこもかしこも俺とは比べものにならないぐらい、カッコいいんだ。
腕は細いけど俺とは違ってちゃんと筋肉が付いてる。
腕枕をしてくれた時に俺は自分の頭でそれを感じることが出来るんだ。
実は睫毛が長くて、目を閉じた時によくわかる。
今それを見ることが出来るのは、俺だけ。
隼人が俺のことを好きだって言ってくれて、恋人にしてくれて、家族にしてくれたから。
あぁ〜…、俺って物凄く幸せなのかも…。
「…志摩。」
「んふふー…。」
「志摩。」
「えっ!わっわっ、隼人起きてたの?!」
隼人の寝顔を見ながら、俺はどこかに行ってしまっていた。
俺の名前を呼ぶ声で、ハッと気が付いた。
女の子みたいだとバカにされるから嫌いだった名前を好きになれたのも隼人のおかげ。
低くて透明なその声に呼ばれるだけで、ドキドキする。
「そんなに強く抱き付かれたら誰だって起きるだろ。」
「う…、ごめんなさい…。」
俺はいつの間にか、隼人の身体を物凄い力で抱き締めてしまっていたらしい。
パジャマに顔を思い切り擦り付けていることに気が付いて、焦って顔を離す。
俺っていつもこうなんだ。
隼人が好き、って思うともっと近付きたくて、もっとくっつきたくて。
隼人はイチャイチャするのもベタベタするのも嫌いなのに。
「志摩…、その、別に怒ってないから。」
「え…?」
「落ち込むなって言ってるんだけど。」
「あ…、えへへ、はーい。」
俺がしゅんとなっているのに気付いたのか、隼人が俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
隼人はぶっきらぼうだけど、凄く優しい。
普段は無口だけど、さり気なく俺に優しくしてくれるのが俺は好きなんだ。
嘘吐きな俺のことを許してくれて、俺のことを好きだって言ってくれた。
俺はいつも思った通りのことを口に出したり嬉しいとすぐにヘラヘラニヤニヤ笑ってしまう。
そういうのは、俺はダメだと思っていた。
『俺はそういうの苦手だから、代わりにお前がいっぱい笑ってくれ、志摩。』
だけど隼人はそう言ってくれたから。
あの時の隼人の微かに笑った顔は、俺は一生忘れないと思う。
夜だったのに、あまりにも眩しくて。
俺のことを否定しないでくれた人は初めてだったから。
それからずっと、俺のそういうところを褒めてくれるんだ。
「あっ、お弁当作らなきゃ!今日何にしよー?隼人、何がいい?」
「別に…なんでも…。」
始めは恥ずかしいからいらないと言っていたお弁当も、今では普通に持って行ってくれる。
帰って来た時にそれが空っぽになっているのが嬉しくて嬉しくて、もっと頑張ろうって思う。
特に褒められるわけではないけれど、残さずに食べてくれるのが隼人らしくて好きなんだ。
「今日の玉子焼きはほうれん草入れようかなー…。」
「志摩。」
「へ?……わわっ、ん…っ!」
「おはよう、志摩。」
ベッドから出ようとする俺の手が急に掴まれた。
ふかふかの布団の上にダイブして、頭を支えられてキスされる。
「えへへー、おはよう!おはようございます!」
「うん…。」
嫌だと言っていたおはようのちゅーも、最近では隼人の方からしてくれることもある。
俺がデレデレするとやっぱり無口になっちゃうけれど、それは照れのせいだって説明してくれた。
俺からもキスをした後、今度こそベッドから出てキッチンに向かった。
「ふんふんふーん♪」
朝からご機嫌な俺は、鼻歌を歌いながらキッチンに立つ。
その鼻歌が下手くそで、時々隼人に笑われることもある。
でも笑われてもいいんだ、隼人が俺のことを笑うのはバカにしているからじゃないってわかるから。
好きな人が笑ってくれるのは、嬉しいことだから。
それでなくても隼人は滅多に笑わない人だから、余計に嬉しい。
俺がお弁当とご飯を作っている間、隼人はほとんどリビングのソファにいる。
テレビを見たり、パソコンに向かったり。
俺は寝てていいって言ってるのに、必ずと言っていい程俺と一緒に起きる。
毎日仕事で疲れているはずなのに…。
「えっへっへ…。」
「志摩…。」
「んふふ…。」
「志摩。」
「えっ!!わあぁっ、な、何っ?!び、びっくりするよー!」
「それ…。」
またしても突然声が掛けられた。
弁当に向かって笑っていた俺は、驚いて箸を落としてしまった。
また俺はどこかへ行ってしまっていたのだ。
「は、隼人、何かあったの?」
「それ…はさすがに恥ずかしいんだけど…。」
「えっ!あっ、これはその…!」
「ごめん、人前で食えない…。」
弁当箱のご飯に、俺は鮭フレークで思い切りハートを描いてしまっていた。
そういうのはやめてくれと言われて、やめたのに時々やってしまう。
隼人のことを考えていると、手が勝手に動くみたいになってしまって…。
「ご、ごめんなさいっ!」
必死で謝って、それを隠すように鮭で全部を覆った。
バカだ俺、何度も言われてるのに…。
どうしてこんなにバカなんだろう。
バカって自覚はあったけれど、こんなにだなんて。
きっと隼人も呆れている。
それでいつか付き合い切れなくなって俺のこと嫌いになったら…。
そんなの絶対嫌だよ…!!
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「いいけど志摩…。」
「はいっ!志摩です!!」
「それは…、乗せすぎじゃないか?」
夢中になってご飯に鮭をかけていると、隼人がぷっと吹き出した。
手を止めてそこを見ると、ご飯の上に山のような鮭が乗っている。
「う…、お、俺何やって…。」
「いいよ、面白かったから。」
「ホント?怒ってないの?」
「怒ってないよ。」
俺は多分、ううん、絶対に幸せなんだと思う。
何をやってもいいと言われて、何をやっても許してもらえて。
何をやっても好きだと言われて。
こんなに幸せな人が世の中にいるのかってぐらい幸せなんだと思う。
だからこそいつか罰が当たるんじゃないかって、心配なんだ。
お前は恵まれ過ぎだって神様が怒ってしまうんじゃないかって。
「隼人、好きです…。」
「うん。」
「好き…、大好き隼人、好きです…。」
「知ってる…。」
俺はその不安を消したくて、バカみたいに好きだと繰り返す。
ぎゅっとしがみ付いて、隼人がどこかへ行ってしまわないように。
俺から隼人を取り上げることだけはしないで欲しいと思って。
そんな俺を宥めるように囁く隼人の声は、何かの呪文みたい。
俺の不安を溶かす、魔法みたいなんだ。
「えっと、ご飯もうすぐだからもうちょっと待っててね。」
「そうか…。」
だけどこのままじゃいけないのはわかっている。
こんな風にして、いちいち隼人に頼ってばっかりなのはいけないって。
そうじゃないと何も出来ない奴だって嫌われて…。
俺はまた、さっきみたいにぐるぐる考えていた。
でもこれはきちんと考えなきゃいけないことなんだ。
隼人の身体から離れて、俺はご飯の準備を急いだ。
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