「DARLING」-18




問題が解決して気分が良くなると凄く良く眠れるものだった。
ぐっすり眠ることが出来ると、目覚めだってすっきりで気持ちがいい。
今朝は志季が来る前と一緒で、目覚めた俺の隣には眠っている隼人がいる。
俺は目覚ましが鳴る前に止めて、一人で布団から抜け出した。
きっと隼人もずっと眠れなかったんだと思う。
俺が出て行くのに気付きもしなかったから。


「…おはよ。」
「あっ、志季起きてたの?早いねー。おはよー。」

リビングに向かうと、志季がぽつんと座ってオレンジジュースを飲んでいた。
気まずそうにする挨拶が何だかくすぐったい。
昨日まではあんなにびくびくしていた俺も、今日は笑顔で答えることが出来た。


「ご機嫌だね。」
「えっ?そ、そうかなー?」
「今日僕、いなくなるもんね。」
「えぇっ!そんなこと考えてないよー!」

俺は本当にそんなことを考えてなんかいなかった。
志季のことは考えていても、別のことだった。
全部本当のことがわかって、これからのこととか…。
どちらかと言えば志季がいなくなるのは寂しいっていう気持ちの方が大きい。
それは自分でも不思議だと思うけれど。


「僕がいなくなったら隼人と好きなだけイチャイチャ出来るもんねぇ?」
「そんなぁー…。」
「だって昨日もしてたんでしょ?僕が出て行った後。」
「え…?!」

志季のちくちく突き刺さる言葉にも、今日は胸が痛まない。
もし痛むとしたら、そういうことを言っている志季自身にだ。
そうやってきついことを言っているけれど本当は優しいのがわかってしまった。
お父さんのことを話してくれた時の志季の顔が忘れられない。
そんな志季がいなくなることに俺は胸が痛むんだ。


「だって志摩寝てたでしょ?」
「う…、うん…?」
「あれさぁ、エッチして動けなくなってたんじゃないのー?」
「ち……違…っ、違うもん!!」
「うわぁ、わかりやすっ!バレバレなんだけど!」
「違うってばー!し、してないよー!」

俺は贅沢なのかな…。
こんな風に志季とまた話したいって思っている。
こんな風に志季が意地悪を言ったり、時々冗談なんか言ったりして。
普通の友達みたいにはしゃいだりしていって思ってる。
それはやっぱりいけないことなのかな…。
本当にもう会えなくなっちゃうのかな…。

その後隼人はいつものように起きて来て、ソファでテレビを眺めていた。
俺は朝ご飯とお弁当作りをして、志季が時々覗きに来たりして。
3人で一緒に食べるご飯はいつもとそんなに変わりはなかったけれど、そこに流れる空気はいつもと違っていた。
隼人は相変わらず無言で食べていたし、志季も相変わらず時々きついことを言っていたけれど。


「じゃあ僕行くね。」

隼人が家を出る少し前になって、志季が自分の荷物を持って玄関へ向かう。
志季が持って来た荷物は大した量ではなかった。
本当は送って行きたかったけれど、荷物を持つのを手伝うほどでもなかったから俺は玄関で見送ることにした。
だって「送って行く」なんてそのまま言ったら志季は嫌がりそうだったから。


「あの…志季…。」

志季は本当はどこに住んでいるの?
本当は高校生なの?どこの学校に行ってるの?
志季の名字はなんて言うの?
また俺達会える?
何から言っていいのかわからないぐらい、聞きたいことは山程あった。


「なぁに?早くしてよ、急ぐから。」
「うんと…、えっと…、また…遊びに来てね…?」
「…え……?」
「えっと、俺…いつも家にいるからまた遊びに来てね…?」

精一杯考えたけれど、やっぱり俺は上手く言うことが出来なかった。
志季は妙な表情を浮かべていて、隼人は俺の後ろで黙ったままでいる。
なんだか気まずくなってしまって、言わない方がよかったかもしれないと俺は後悔し始めていた。


「あのさぁ、志摩って本当にバカだよねぇ。」
「えぇっ!な、何っ?!突然…。」
「だって昨日僕に何されたかわかってんの?普通誘うかなぁ?しかも家にいるとか言っちゃって。」
「そ、それはその…。」

それは昨日の隼人に言われたことと同じだった。
確かにあの時隼人が駆け付けてくれなければ大変なことになっていたとは思う。
でもどうしてだろう、志季にはそんなこと出来なかったと思ってしまう。
俺の頭の中が単純で都合良く出来てしまっているのかもしれないけれど…。


「冗談だってば。志摩みたいなお子様に興味なんかあるわけないでしょ?」
「むー…、お子様って…。志季とそんなに変わらないよ俺…。」
「それになんか僕すんごい睨まれてるし。」
「え…?」
「そのお子様が大好きなお父さんに。」
「あ…、隼人…。」

志季を睨んでいたのかはわからないけれど、振り向いた時に見た隼人の顔は不機嫌そのものだった。
それは俺のためにってことだよね…?
前はほとんど見せなかった隼人のそういう顔も、この頃では珍しくなくなってきた。
もっとそういう風にころころ表情が変わるといいのに。
もっと色んな顔を俺に見せて欲しいって、いつでも思っている。


「でも仕方ないから遊びに来てあげてもいいよ。」
「えぇっ!仕方なくなの?!」
「だって志摩泣きそうな顔してるし。僕と別れるのが寂しいんでしょー?」
「そ、そんなことないもんっ!志季こそ寂しいんじゃないの?!」


そんなことはないなんて言ってしまったけれど、寂しくないわけがなかった。
志季には泣きそうになってしまっていることまで見破られていた。
この会話で、俺は志季と初めて対等に言い合ったような気がする。
志季の意地悪に対して、ムキになって否定したりして。
それはなんだか昔からの友達みたいな感じがした。
違うとわかっても兄弟なんじゃないか、なんて考えてしまった。


「寂しいわけないでしょ?!おっかしいの!…でも……。」
「志季…?」

扉を開けると、そこからは夏の終わりの眩しい太陽の光が差し込んで来た。
まるで志季が出て行くのを見送っているみたいだ。


「でも…気持ち悪いなんて言ってごめんね…。」
「志季ー…。」
「じゃあね!お、お幸せにっ!ばいばいっ!」
「あ…、志季……。」

最後はドアをバタンと閉めて行くのが、物凄く志季らしいと思った。
俺の言葉なんか聞こうともしないで一方的に話を終わらせて。
本当に最後まで言い方はきついし勝手なんだ…。


「志摩、泣くなよ……。」
「え…?俺泣いてな……うっ、ひ…っ、ふぇ…っ。」

俺はやっぱり子供なのかもしれない。
志季がいなくなったことで本当に泣いてしまうなんて。
隼人が電話番号を知っているから何とかなるかもしれないのに。
二度と会えないと決まったわけでもないのに。
でも志季ははっきりまた会えるとは言わなかった。
それが最後のような気がして悲しくなってしまったんだ。


「志摩は嘘吐きだな…。」
「だってぇー…ふえぇー…。」

隼人に言われて、堪えていた涙がボロボロと溢れてしまった。
もうすぐ隼人は仕事に行かなければいけないのに、俺はその身体にしがみ付いて泣き続けた。
洗濯したばかりのシャツはびしょびしょに濡れてしまって、隼人は困ったように笑っていた。
でもその間ずっと、俺の頭をずっと撫でてくれていたんだ…。





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