「DARLING」-17
隼人の話では、志季は近くのファミレスやカラオケで時間を潰していたらしい。
まだ夜中という時間じゃなかったからよかったものの、やっぱり心配は心配だった。
志季は性格とかはきついしちょっとだけ嫌な奴だと思ってしまったけれど、見た目は普通の高校生で…見た目だけで言うと可愛い顔をしていると思うから。
そしたら誘拐だの何だのと心配するのは当たり前のことだ。
ただ少しだけ気に入らなかったのは、隼人にだけ電話番号を教えていたことだ。
俺には連絡先も何も教えてくれなかったのに、隼人にはしっかり教えていたのだ。
やっぱり隼人のことを好きになったんじゃないかと心配もしたけれど、今はそういう話よりも大事なことがある。
それに隼人は魅力的な人だから、好きになるのは仕方ないのかもしれないとも思った。
俺だってそんな隼人に夢中なんだから。
「あんなの嘘に決まってるじゃない。本気で信じてたの?」
「…………!!」
その志季が戻って来てからの第一声がこれだった。
帰り道で隼人と色々話して来たのだと思う。
俺とのこと…、俺のお母さんのことだとか。
だけど志季から言い出したことなのに、まさか嘘だったなんて…。
「志摩って本当にバカだよねぇ。それじゃ悪徳セールスとかに騙されるよ?」
「う……。」
志季にまで隼人と同じことを言われてしまった。
確かに俺はバカだし騙されやすいのかもしれないけれど…。
だからってそんな風にはっきり言わなくてもいいのに。
あんなことをして隼人に怒鳴られてしおらしく戻って来るかと思ったのに、実際戻って来てみると全然そうじゃなかった。
でもそれが志季らしいところでもあって、逆にしおらしくされたら変な感じがするのかもしれない。
「お父さんとお母さんが離婚したのは本当だけどね。全然別の理由だよ、性格の不一致ってやつ?」
「じゃ、じゃあ俺のお母さんの話っていうのは…。」
「あぁ、あれ?好きだったのは本当だけど、恋人でもなんでもなかったんだってこと。」
「え…えぇっ?!」
「それにお父さんと志摩のお母さんが出会ったのって志摩が生まれた後だし。」
「そ、そうなの…?」
俺は志季の言うことをすぐには信じられなかった。
だってあんなに俺を責めて意地悪していたのに…。
今になって嘘だったなんて…。
志季と俺の共通点がたくさんあって、すっかり俺は本当だと思い込んでしまっていた。
「あのっ、でもエビフライは…?志季はエビフライが好きなんでしょ?俺もだもん!似てるでしょ?やっぱり兄弟なんじゃないの?!」
「えー?エビフライなんて好きな人いっぱいいるでしょ?」
「う……それはそうだけど…あっ、名前!名前似てる!名前は?!」
「単なる偶然でしょ。志、なんて付く人いっぱいいるよ?」
「でも志季が言ったんだよ?俺は志季のお父さんの子供だって…。」
「子供か・も・しれないって言ったんだよ?そんな簡単に騙されるなんて思わないじゃない。」
俺の思い込みの事実は次々と崩れて行く。
人は不安になった時にこういうことを言われると信じてしまうものだと、しみじみ実感してしまった。
それだけ俺は、隼人とのことでいっぱいだったのだ。
ただでさえ余裕がないところに、俺の過去の話なんかされたから。
それに志季みたいな強い言い方をする人に言われると説得力があるというか…。
これじゃあ本当にいつか騙されてしまうかもしれない。
「あの…、じゃあなんで?志季はどうしてここに…。」
俺は昼に途中で終わってしまった話の続きをした。
あの時志季が誰かと電話で話していて、それで言おうと思ったのに逆に志季に責められた。
志季が隼人にだけでも電話番号を教えてくれていてよかったのかもしれない。
もし本当に志季が出て行って戻って来なければ、これが嘘だってこともわからないままだったから。
志季が本当の目的も話すことがなかっただろうから。
「会ってみたかったんだ…。」
「え…?お、俺に…だよね…。」
「お父さん、お母さんと別れてからずっと片思いしてたんだ。でも今はもう会えないんだ…。」
「そうなんだ…。」
志季は一瞬にしておとなしくなってしまった。
俯いて合わせないようにしている視線が何だか寂しくて悲しそうに見えた。
いや、実際に寂しくて悲しいのだと思う。
もう会えないのは、志季が会いに来たのは、そのお父さんが会えないからで…。
こんな志季は見たことがなかった。
もしかしてこれが本当の志季なのかもしれない…。
「だからどんな人か見てみたかった。お父さんがそんなに夢中になった人の子供をね。志摩がいる施設は聞いてたから、後は色々調べて…。」
「そっかぁ…。でもあの、がっかりしたよね…?」
こんな何の取り得もない奴で。
同じ男の人と付き合っているようなおかしい奴で。
バカで何も出来なくて、意地悪したくなるような弱虫で。
きっと俺はそのお母さんには全然似なかったのだろうと思う。
「そんなことないけど…。」
「え…?今なんて…。」
だけど志季の口からは、意外な言葉が返って来た。
俺は絶対に「そうだね」だとかまたはっきり言われるものだと思っていたから。
もしかして聞き違いじゃないかと思ったぐらいだ。
「聞こえなかったの?!そんなことないって言ったの!」
「わぁ!き、聞こえてるよー!」
「ふんっ!ボケっとしないでよ!」
「う…、ごめんなさい…。」
俺が聞き返すと、志季は突然俺の耳元で大きな声を上げた。
真っ赤になって怒っているみたいだけど、俺にはわかる。
志季が今物凄く照れているっていうこと。
本当は志季は悪い人なんかじゃないってこと。
お父さんのことが大好きで、お父さん思いの優しい人なんだ。
「まったくもう…。」
「あの、でも残念だよね…志季のお父さんにも会いたかったな…。」
「は?何で過去形になるの?別に会いたければ会えるけど。」
「え…あの、お父さん亡くなったんじゃ…?」
「えぇ?!勝手に殺さないでよ!!ちゃんと生きてるよ、今日だって電話してたの見てたでしょ?!」
「えっえっ?!あ、あの昼間の…?でも今は会えないとか言うから…。」
「それは志摩のお母さんと今は音信不通だからってことだよ!まったくもうホントにバカなんだから!」
さっきからそんなにバカって連発しなくてもいいのに…。
俺はやっぱり志季には勝てない。
別に勝負をしているわけじゃないけれど、一つ言葉を返すのにも勇気が要る。
こんなに似ていないんだから、志季と俺が兄弟なはずはないというのも本当だということがわかる。
でも…でも……。
「…えへへ……。」
「何笑ってんの?」
「ううん、なんでもないです!」
「ふんっ、変なの!変な志摩ー。」
でも志季、俺は志季と兄弟でもよかったってちょっとだけ思ってるんだよ。
志季みたいな強いお兄さんがいたらって、今はちょっと残念な気分なんだ。
どうしてかな…あんなに嫌だったはずなのに…。
志季の本当の姿がわかって、少しだけ志季のことが好きになれそうな気がしたんだ。
友達として仲良く出来るかもしれない、そう思ったんだ。
そうやって照れながら怒るのも志季らしくて俺はいいと思う。
だから俺は今、凄く安心して笑いたくなっちゃったんだ…。
「あーあ、疲れた。お風呂入って寝よ。」
「うん、明日も早いし。ね、隼人?」
「ん?あぁ…。」
隼人は黙って、俺達の話を聞いているだけだった。
志季の言葉に時々深い溜め息を洩らしていたけれど、怒ったりはしなかった。
もしかして今回のことが嘘だということも気付いてたりしたら凄いなぁなんて思ったけれど、聞くのはやめた。
もう解決して納得したから、いいことにするんだ。
「心配しなくても明日には出てくから。じゃあねおやすみ。」
「あ…、おやすみ…。」
「隼人もおやすみ。」
「あぁ…。」
俺はなんだか寂しくなってしまった。
あんなに出て行って欲しいと思っていた志季が本当にいなくなる。
本当は兄弟でもないのに、兄弟になった気でいた。
あんなに意地悪をされたのに、なんだか不思議な気分だった。
志季との最後の夜は、隠すことなく隼人と一緒に眠った。
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