「DARLING」-16




隼人が好き。俺にはそれしかない。
俺は他に何も持っていないし、何も出来ないかもしれない。
でもその気持ちだけは誰にも負けないぐらい大きいものだって自分では思っている。
確かに気持ちだけじゃ何にもならないかもしれない。
それでも俺は、その気持ちがあるから今凄く幸せなんだ。
毎日笑っていられるのも隼人のおかげで…。
その隼人に抱き締められて、触れられて、俺はまさに幸せというものを実感していた。


「志摩…、志摩。」
「……ほぇ…?」
「大丈夫か?」
「………?」

気が付いた時には、部屋の中が完全に暗くなっていた。
明かりと言えば、ベッドの近くのスタンドがぼんやりと点っているだけだ。
頬をぺちぺちと叩く隼人の手が冷たくて気持ちいい。


「志摩?大丈夫か?」
「…あれぇー……?」

俺の頭の中もこの部屋の明かりみたいにぼうっとしている。
俺は暫くの間、今何が起こっているのかどんな状態なのかがわからなかった。
頬を叩く隼人が心配そうに俺の顔を見つめている。


「大丈夫か…?」
「…あ……?あの、あの…。」
「どうした?」
「もしかして俺…、エッチの間に寝ちゃ…?」

捲られた布団の下の俺は、何も身に着けていない。
そんな姿を目の当たりにしなくても、隼人とエッチしていたことぐらいは覚えている。
今までにも気を失ってから寝てしまうことは何度もあって、その度に隼人は俺の身体を綺麗にしてくれていた。
でもまさかその最中に寝ちゃうなんて…。


「…え……?」
「あ…なんかー…まだその…入ってるみたいで……。」
「入ってって……な、何が…?」
「あ、あれ…?あ……!い、今のはなんでもな…!!」

俺のバカ───…!!
な、なんてこと言ってるんだろう?!
俺の意識はそこではっきりと冴え始める。
冴え始めると今度は、急に恥ずかしさが込み上げて来てしまった。


「志摩…、何が?何が入ってるんだ…?」
「あ…あうぅー…。」
「凄かったもんな…今日…。」
「そ、そんなことないです…っ。」

俺の発言に始め驚いていた隼人が、くすりと笑う。
また隼人の意地悪心が芽生えてしまったみたいだ。
耳元に近付いた唇が触れそうで触れなくてドキドキする。
だって何だかいつもより感覚が残っている気がしたんだ…、それでも間違うことはない気がするけれど…。


「志摩…。」
「あっ!あのっ俺…っ!あっそうだ志季は?!志季っ、志季探さないと!!」

俺はすっかり忘れてしまっていた。
自分が幸せだからって志季のことを忘れるなんて…。
こんなんじゃいけない。
志季とのことは俺にとっても大事なことなんだ。
俺のお母さんのことも…。
逃げないって、解決したいって思ったから問い詰めようとしたのに…。
俺はバカだから、こうやってすぐに目的を忘れてしまうんだ。


「志摩っ、危な…!」
「俺探しに……わあぁっ!!」

もしかしたらどこにも行くところがなくて迷っているかもしれない。
変な人に連れ去られたりしたら大変だ。
早速志季を探しに行こうと立ち上がった瞬間、俺の視界がぐにゃりと歪んで大きく揺れる。
そのままベッドから落ちて、床をごろごろと転がってしまった。


「志摩っ、大丈夫か…?!」
「うっうっ、痛いよー!」
「まったく…。」
「うえぇー、痛いー痛いよ隼人ー!」

思い切り身体を床に強打してしまった俺は、顔を歪めながらその場に蹲る。
隼人が少し呆れたような溜め息を吐きながら近付いて来る。


「大丈夫か?」
「うっうっ、お尻ぶったー!お尻痛いよー。」
「それは…大変だな…。」
「え…?あ、あの…っ。」
「大事なところだもんな…。」
「わひゃ!は…、はっはっ隼人えっちです…!」

転んだことしか頭になかったけれど、俺は今裸だったんだ。
おまけに何の気なしに言ったけれど、よく考えたら物凄いことを言ってしまった気がする。
俺のお尻の辺りを撫でる隼人の手がいやらしくて、さっきまでの行為を思い出してしまった。


「だって大事だろ。」
「おっ、俺志季探しに行かなきゃ…!いっ、行って来ますです!」
「志摩っ!」
「うっうっ、立てないー!」

そもそもその行為のせいで、俺は立てなくなっていたんだ。
だから今こうやって床に転がり落ちたというのに、俺は学習能力がないというか…。
これじゃあ本物のバカだ…!


「志摩、ちょっと落ち着けよ…。」
「ご、ごめんなさい…。」
「服も着ないで行こうとするし。」
「うっ…、ごめんなさい…。」

髪に触れる隼人の手が優しいものに変わる。
バカな俺が失敗した時に大丈夫だって励ましてくれる手だ。
温かくて眠くなってしまいそうになるぐらい気持ちがいい。


「それに…、あいつに何されたかわかってるのか?」
「それは…。でもっ、知らない人に攫われたりしたら…変な人についてっちゃったりとか!」
「あいつはそんなバカでも単純でもないだろ。」
「でも…元はと言えば俺のせい…、俺のお母さんのことで志季は来たんだもん…。」

確かに志季は一つしか歳が違わないのに俺よりもずっと大人だ。
言うことだって理屈が通っているし、口では敵わないぐらいしっかりしている。
でもそういうことじゃなくて、全部の元の原因は俺にあるんだ。
志季が俺のお母さんのことを知らなかったらここには来ていないはずだった。
俺のお母さんが志季のお父さんとそういう仲じゃなかったら…。
俺が志季と兄弟じゃなかったら…。
志季がこの場からいなくなったからと言って、根本的なことは何も解決していない。
それだと俺はこの先ずっとそのことで悩んで生きて行くような気がする。
隼人には関係のないことに巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだけど…。
それでも俺は、志季とのことが知りたいし、志季のことが心配なんだ。


「人が良過ぎるな…。」
「う…でも……。志季が…うにょうにょ…。」
「まぁそこが志摩のいいところだけど。」
「え…?あの…。」
「俺には絶対出来ないから凄いと思うよ。」
「そ、そうなの…?」

俺のいいところ…。
自分ではそんなところに気付かなかった。
確かに隼人は嫌いな人に対しては冷たい。
でもそれはちゃんと好き嫌いが言えるということで、俺はそっちの方が凄いのだと思っていた。
俺はそういうことが出来ないから、弱い奴だと思っていたんだ。


「そんなんじゃ騙されるぞ。」
「う…。えっと…隼人が傍にいてくれれば大丈夫だと思います…。」
「またそういうことを…。」
「あっ、ごめんなさ…!」
「あんまり可愛いこと言うなよ…。」
「えっ!か、可愛いっ?!」

びっくりしてしまった。
呆れられて怒られる前触れだと思っていたのに、そんな言葉が返って来るから。
隼人は普段こんなことを言わないのに…。


「志摩は可愛いよ。」
「あ…う…、あ、ありがとうございます…。」

そんな風に真っ直ぐ言われたら、何て答えていいのかわからなくなる。
キスしている時とかエッチの時とかその前だとかに言われることはあっても、こんなに普通に真っ直ぐに言われたことなんかないような気がする。
どうしよう…、俺今物凄く嬉しくて感動してる…。
俺のこと本当に好きだって言ってくれているみたいで…。
隼人は嘘は言わないし、お世辞も嫌いな人だから余計に胸に滲みて来るんだ。


「あの…、聞きたいことがあります…。」

今なら聞けるような気がする。
俺がこのところずっと抱いていた不安で恐い気持ち。
俺のどこが好きなの?何も出来ない俺が傍にいていいの?って。
隼人にべったりでいいの?って。


「は、隼人は俺のこと…、すっ、好きですか…。」
「何?突然…。」
「あの、お、俺のどこが好き…?」
「どうしたんだ?」
「あ、あの、ずっと思ってて…。俺なんかどこがいいのかって。もしかしてかっ…、身体目当てとかって…。」
「………ぶっ…。」

勇気を振り絞って、俺は不安をぶつけてみた。
隼人に嫌われて捨てられるのだけは嫌だから。
今の俺がダメなら、ダメなところを直したい。
ずっと好きでいてもらえるように一生懸命頑張るつもりだ。
隼人はと言うと、突然俺にそんなことを言われて目をぱちぱちしていた。
そして少し黙った後、いきなり吹き出してしまった。


「むー…。な、なんで笑うのですか…?」
「やっと言ったと思ったら身体目当てなんて言うから…。」

俺は真剣に言ったのに、笑われるだなんて思ってもみなかった。
でも隼人が笑うのはバカにしている時じゃないんだ。
志摩は面白いって言うのも、バカにしているんじゃないってわかるから。


「……へ?」
「ずっと変だっただろ。」
「あの…、気付いてたの…?」
「突然会社に来たりするし…その前から変だっただろ。悪いとは思ったけど藤代さんに電話で聞いたんだ。」

隼人は俺のことなら全部わかる。
俺が単純なせいもあるし、それ以上に隼人が敏感なせいだ。
おまけに亮平くんに聞いていたなんて、隼人は電話も嫌いな人なのに。
自分から電話なんて、用がある時ぐらいしか掛けないのを俺は知っている。
それは俺のことを心配してたからって、思ってもいいんだよね…?


「俺ばっかりでもいいから。甘えてもいい、べったりでも…。」
「隼人ー…。」
「今度からちゃんと言えよ、思ったこと。」
「はい…!」

隼人は自分のことを心が狭いとか冷たいとか言うけれど、絶対にそんなことはないって俺は思っているんだ。
こんなに心が広くて強くて優しい人なんかいない。
俺が今まで生きて来た中でいなかった。
だからこそあの時、コンビニで出会った時に俺は好きになってしまったんだ。
そして今も、そんな隼人に毎日恋をしているんだ。


「だから傍にいろよ…、傍にいてくれよ志摩…。」
「隼人ー…。」

抱き締められて、今になってやっとわかった。
不安になるのも恐いのも、俺だけじゃないということ。
隼人も同じように不安で恐いんだ。
だってあんな風に一つになっても、俺と隼人は別々の人間なんだから。
上手くいかない時は相談し合ってお互い頑張って、そうやって恋っていうのは続いていくものなんだ…。


「ちょっとの間一人で待ってられるか?一人で横になっていられるか?」
「……?うん…あの…?」

なんだか隼人の腕の中を離れてしまうのは惜しい気がした。
いつまでも、ずっとこのまま抱き合っていたくて。
でも今やらなければいけないのは抱き合うことじゃない。


「あいつ迎えに行って来るから。」
「え…?あいつって志季のことだよね?でもどこにいるかわかんないよ…?」
「さっき電話で連絡したんだよ。」
「え…?そ、そうなの?」
「お前が許すなら迎えに行こうとして…まぁ許すとは思ったけど。」
「そっかぁ…、ありがとう…。」

隼人はどこまで俺のことをわかっているんだろう。
もしかしたら俺よりもわかっているのかもしれない。
人が良いっていうのは隼人のことを言うんじゃないかと思ってしまった。
俺は服を着込んでベッドに横になって、隼人と志季が帰って来るのを待った。






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