「DARLING」-13




恋人同士なんでしょ?
それは俺が…、俺と隼人が最も恐れていたことだった。
俺と隼人が恋人同士だということだけは知られたくなかった。
そのために隼人はあんなに俺を助けてくれていたのに。


「僕が気付いてないとでも思ってたの?」
「あ…、あの俺…っ。」

最初は俺の方から志季を責めていたはずだった。
志季が怪しい電話なんかして慌てていたから、そこを責めればここに来た理由を教えてくれると思った。
そして早く自分の家に帰るように説得するつもりだった。
だけどやっぱり人間というものは、悪いことを考えても出来ないようになっているのかもしれない。
俺は志季を追い出そうとしていたんだ。
この家から出て行ってもらって、また隼人と二人での生活を夢見ていた。
そんな風に自分ばかりが幸せになるなんてことを考えちゃいけなかった。
これはそういう悪いことをしちゃいけないという神様の罰なのかもしれない。


「あの俺ちょっと喉渇いて…っ、す、すぐ戻るから…っ、話はそれからするから…!」

落ち着け、俺。落ち着くんだ。
志季の言葉に負けるんじゃない。
そう思っても出来ないものは出来ないんだ。
どこまで行っても上手くいかないように出来ているんだ。
それなら志季が納得するように話すしかない?
変だって思われるのも気持ち悪いって避難されるのも仕方がないって諦めて?
違う、強く言って志季に文句なんか言わせないように出来ればいいんだ。


「う……。」

でも隼人、どうしよう…。
俺はやっぱりダメだよ。
隼人がいないと志季の目を見ることも出来ない。
今度こそ一生のお願いは最後にするから。
だから助けて…。
お願い、助けて…。


「もしもしっ、志摩です…!」

ポケットに携帯電話を入れておいてよかったと思った。
隼人が仕事中なのもわかっていたけれど、止められなかった。
どうしても今、助けて欲しかった。
もしかしたら出てくれないとも思った。
電源を切っているかもしれない。
祈るような気持ちでリダイヤルボタンを押す。
たまたま運が良かったのか、隼人は気付いてくれたようですぐに電話をとってくれた。


「もしもし?どうし…。」
「あのっ、隼人今日早く帰って来れませんかっ?お願い隼人…っ。」
「志摩…?」
「あのっ、おねが……あっ!」

電話の向こうの隼人は、何て言おうとしていたんだろう。
突然そんな電話が来て、どんな顔をしていただろう。
俺がそれを知る前に、後ろにいた志季によって電話が取り上げられてしまった。
奪われた携帯電話の電源を切る音がして、俺はその場にへたり込んでしまった。
もう…ダメだ…。


「志摩のやることなんて見え見えなんだよね。」
「………。」
「どうしたの?反論も出来ないの?」
「別に反論なんて…。」

どうせ俺が何を言ったところで志季には勝てない。
俺には志季に対して負い目があるんだから。
俺のお母さんのことがある限り、俺は志季に逆らえるわけがないんだ。
それが一生続くのかと思ったら、何かを言おうなんて気力がなくなってしまったんだ。


「じゃあ認めるの?」
「………。」
「そりゃあ認めるよねぇ、二人仲良く一緒に寝てたもんねぇ?」
「な、なんで知って…!あ…。」
「別にいいよもう否定しなくても。今更でしょ?」
「う……。」

しまった、と思って俺が口を塞ぐことまでも志季は見抜いていたんだろうか。
俺はますます何も言えなくなって俯くばかりだ。
泣いちゃいけない、わかっているのに涙が滲む。


「夜中にトイレに行った時見ちゃった。二人とも幸せそうな顔して寝てるんだもんね。」
「な、なんで見るの…。」
「別に疚しいことがなければ見たっていいでしょ?」
「そんな…、疚しいなんて…。」

俺と隼人が悪いことをしているみたいな言い方…。
確かに俺も隼人も男で、その関係は秘密にしている。
世間では認められない関係だってことは俺だってよくわかっている。
だからこそ今まで志季にも知られないようにしていたんだ。
そんな言い方をされると思ったから。
俺だけならともかく、隼人まで巻き込んで変な目で見られるのが嫌だったから…。


「ねぇ、聞いてもいい?」
「な、何…?」

もっとそこを突っ込まれるかと思ったのに、志季が突然話題を変えるような言い方をした。
案外すぐに解放してもらえるかもなんて期待までしてしまった。
だけど相手が志季だっていうことだけは忘れちゃいけなかったんだ。


「僕がいたから昨日は疚しいことはしなかったの?それともこっそりした?さすがに無理だよね。」
「え?な、何それ…。」
「だから、普段はエッチしてるんでしょ?」
「な、な、何言って…っ!」
「してるんだ?志摩ってすーぐ顔に出るよねぇ。あはは面白ーい。」
「し、してな…、してないもん…っ!」

志摩は面白い。
隼人に言われるとあんなに嬉しい言葉なのに。
言う人が変わるだけでこんなに意味が違ってしまうものなんだ。
志季はこれ以上俺に何をしろと言うんだろう。
もう土下座でも何でもして謝るから、これ以上は許して欲しい。


「ねぇ、僕もしてみたいんだけど。」
「へ……?」
「聞こえなかった?!エッチしてみたい、って言ったの。」
「ひゃあ……っ!!」

恐れていたことは、俺の予想以上のものだった。
油断をしていたわけではないけれど、まさかそんな方法で追い詰められるなんて考えたこともなかった。
俺は今までそんな経験がなかったから。
隼人以外の人と身体の関係になったこともなかったし、それ以前に好きだと言われたこともなかった。
逃げようとして後ろを向いた瞬間、隙を突かれて下着ごとズボンをずり下ろされた。
ウエストがゴムだったせいかいとも簡単に脱げてしまったのが、中途半端に膝のところに引っ掛かって躓く。


「どういう風にするの?隼人とはどうやってるの?」
「や…、やだ…っ、やだぁ…っ!」
「早くその手退けてよ。」
「う…っ、ふえぇ…、やだぁ…っ。」

着ていたシャツで咄嗟に隠したけれど、この手を退けたら俺の下半身は剥き出しになってしまう。
長めのシャツでよかったなんて安心している場合じゃないのに、なぜだか見られなかったことにはホッとしてしまった。
だって俺の身体は隼人だけのものだと思っているから。
隼人以外には触られたくないし、見られたくない。
でももうこんな状況になったら、叶わないのかもしれない。
そしたらもう隼人の傍にもいられない。
もうここで終わってしまうんだ…。


「早く。」
「う…っ、ひぃ…っく、うえぇー…。」

隼人、ごめんなさい。
俺のこと好きになってくれたのにこんな形で裏切るなんてごめんなさい。
ぎゅっと目を閉じてシャツを掴む俺の手が震えている。
だってそんなの当たり前だよ…、他の人に触られるなんて考えたこともなかったんだから。


「わっ、わぁっ!何するのっ?!」
「お前こそ志摩に何してるんだよ!」
「え……?」

俺は夢を見ているんだろうか。
逃げたくて、助けて欲しくて、そこにちょうどよく隼人が現れるなんて都合のいい夢。
そんなこと絶対あるわけがないのに、目を開けるとすぐ目の前に志季が突き飛ばされていた。
俺を庇うようにして抱き寄せる腕も、俺の頬に零れる汗も本物だ。


「ふ、ふんっ、バカみたいっ!カッコつけちゃって。男同士のくせに!」
「おい…、出て行けよ。」
「男同士で何やってんの?気持ち悪い!」
「何回も言わせるなよ!」
「な、何ムキになって…。」
「うるせぇ!早く出て行け!二度と来るな!!」

さっきまでの志季はそこにはいなかった。
隼人に怒鳴られて真っ青な顔をして震えている。
俺がこんな隼人を見るのは二回目だった。
一回目は、俺が道端で通っていた学校の生徒に囲まれた時。
あの時もこんな風にして助けに来てくれた…。


「志摩?大丈夫か?志摩っ?!」
「あ…あ……。」
「志摩っ、おい、志摩っ!」
「あ…、う……、うぅ…っ。」

隼人は凄い。
俺が助けて欲しいと思った時に来てくれる。
小さい頃に施設の大きいテレビで見たことがある、ギリギリのところでカッコよく登場する正義の味方っていうやつみたい。
でも俺は女の子が見る番組が好きだったから、実はそういう話はよくわからないんだ。
いつも見ていたのは、なんでも願いを叶えてくれる魔法使いの話だった。
これが欲しい!とかこれになりたい!って思うと魔法でなんとかしてくれる夢みたいな話。
隼人はきっと、本物の魔法使いでも敵わない…。


「うえぇーっ、うあぁーん…!」

俺はその魔法にかかるようにして、隼人の胸に飛び込んだ。
志季はもう家の中にはいなくて、バカみたいに大きい俺の泣き声だけが響いていた。





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