「DARLING」-12




「…摩、志摩。」
「…ふ
にゃ〜……?」

あぁ…、気持ちいいなぁ〜…。
温かくてふわふわして、幸せに包まれてるって感じがする。
隼人の腕の中って、どうしてこんなに気持ちいいんだろー…?


「志摩…。」
「んー…、もうちょっとー…えへへ……んうっ?!」

そんな幸せに浸っていると、俺の口が突然塞がれた。
驚いてぱっちりと目を開けると、すぐ近くに隼人の顔がある。


「もうそろそろ起きないと。」
「はっ、はっ、はい…っ!!」

久し振りのおはようのキスだった。
こんなに近くで隼人の顔を見て目が覚めたのも久し振りだった。
枕元にある目覚まし時計を見ると、もうすぐ朝の6時を指そうとしている。
俺はこの一週間でよほど疲れてしまっていたみたいだった。
いつもなら俺の方が早く起きて、隼人の寝顔を見ているところだったから。
その疲れを癒してくれたのは隼人だった。
隼人にぎゅっと抱き締めてもらっただけで俺はこんなに元気になれるんだ。


「ふんふんふーん♪た・ま・ご〜♪」

あんまり気分がよくて、朝ご飯とお弁当の時の鼻歌も復活した。
玉子焼きを作りながら適当に作った歌を歌ったりして、俺は上機嫌だ。
砂糖の入った甘い玉子の焼ける匂いが、優しく鼻の奥をくすぐる。


「ほうれん草〜はゆでます〜♪」
「ご機嫌だね。」

だけどそんな幸せな時間も長くは続かなかった。
玉子焼きが完成してほうれん草を鍋に入れていると、後ろからその時間を止めてしまうかのように志季の声がした。


「志季…、お、おはよ…。」
「おはよ。今日は随分機嫌がいいんだね。」
「べ、別にいつもと変わらないよっ。」
「そう?」

志季の発言に対しても、だいぶかわせるようになってきた。
相変わらず言い方はきついし棘のあることを言うけれど、いちいち胸を痛めるようなことは減ったような気がする。
それももしかしなくても気の持ちようで、隼人のお陰なんだと思う。


「早くしてよね。お腹減ったんだから。」
「はーい…。」

昨日の夜までなら、どうして自分勝手なことを言うんだろう?と思っていたかもしれない。
正直に言えば志季がここにいること自体勝手だとも思っていた。
俺のことを嫌いでわざわざ意地悪しにやって来た、なんて心の中で志季を悪者扱いしていた。
でも今なら大丈夫な気がする。
志季に家に帰るように説得してみようという勇気が湧いて来た。
家出して来たなんて言っていたし、志季にとってもいいことなわけはないんだ。







「あの、志季…?」

隼人がいない日中のうちに、志季と話し合いをしてみようと思った。
こういうことは決意が鈍らないうちに、とかはよく言うからだ。
いつまでも逃げているわけにはいかない。
お母さんのことで言いたいことがあるのなら言ってもらいたい。
俺に出来ることがあるのなら、責任だって取る覚悟だ。
もちろん、俺が何も出来ない可能性もあるけれど…。


「うん、わかったってば…。」
「志季…?」

志季のいる部屋に行くと、当の志季はこそこそ電話で誰かと話しているみたいだった。
そういえば志季は今までどんな生活をしていたのかよく知らない。
知っているのはお父さんと二人だということぐらいだ。
今学校に行っているかとか、行っているならどこの学校かとか、どんな友達がいるのとか…何も知らない。
だから志季が誰かと電話をしていることが凄く珍しく思えてしまった。


「あの、志季?志摩です。」
「………っ!!驚かさないでよ!」
「ご、ごめんなさいっ。ちょっと話が…。」
「びっくりした…。」

俺が声を掛けると、志季は今までに見せたことのない表情を浮かべた。
びっくりして、どうしてかはわからないけれど怒っているみたい。
慌てて電話を隠すなんて、志季らしくないと思った。


「は、話って何?何かあるなら早くしてよ。」

やっぱり志季の態度がおかしい。
だってこんな風に俺から目を逸らしたりするなんて…。
いつもだったら俺のことを真っ直ぐに見てきつい言葉を言ってくるのに。
その強い視線が俺は恐いと思ったんだ。
こんな志季、変だよ…。


「志季…、今誰と電話してたの?」
「えっ?!か、関係ないでしょ!話って何?早くしてって言ってるでしょ!」
「でも…。」
「うるさいなぁもう!話がないなら来ないでよっ!」

どうして…?
志季はどうして俺にそんなに辛く当たるの…?
志季の話が本当なら、確かに俺のお母さんは悪いことをしたかもしれない。
でも俺はそのお母さんを知らないのに…。
会ったこともなければ、名前も知らないのに。
どうして俺はここまで責められなきゃいけないの…?
俺の中で今まで我慢していた何かが、小さく弾けた気がした。


「志季、なんか隠してない…?」
「は…?な、何言ってんの?」
「じゃあどうして?どうしてここに来たのっ?!家出とか言って、志季の本当の目的は何?!」
「何?何一人で怒ってんの?バカみたい。話も繋がってないし。」

俺がせっかく勇気を出しても、志季はそんな風にバカにするんだ…。
今まで黙っていて聞くことも出来なかったことを、やっと聞けたのに。
そんなに俺のことをバカにする理由を、嫌いだっていう理由を聞きたかった。
そうじゃなければ俺はいつまで経っても何も出来ないままだと思ったから。
少しでも隼人に迷惑をかけたくないから。
隼人のために頑張ったのに…、やっぱり俺は何も出来ない人間なのかもしれない…。
そう思うと悲しくて、大声で泣きたくなった。


「じゃあ聞くけどさぁ、志摩は僕に何も隠してないって言うの?」
「え……?」

俺が頑張っているのは隼人のため。
その隼人が俺を抱き締める時の笑顔が頭の中に浮かんだ瞬間、同時に嫌な予感でいっぱいになった。
心臓がドキドキ早くて、その音が志季まで聞こえてしまっていたらどうしようかと思った。
そして俺の悪い予感は、見事に当たってしまうことになる。


「隠してるよねぇ?」
「な、何を…?何もないよっ?」

クスリと笑って俺に近付いて来る志季は、いつもの志季だった。
強く俺を睨みつけるようにじっと見て、バカにしたような薄笑いを浮かべて。
俺はその視線が突き刺さるのが痛くて逃げようとするのに、どこまでも追い掛けてくるみたいで。


「隼人とは親子っていうだけじゃないでしょ?」
「な、何それわかんな…っ。」
「男同士で夫婦、ってことでしょ?」
「な、何言って…。」
「ハッキリ言ってあげようか?恋人同士なんでしょ?」
「…………っ!!」

俺は本当にバカだ。
隼人のために、なんてどこが隼人のためなんだ…。
一番志季に知られないようにしていたことをまんまと知られてしまうなんて。
隼人があんなに頑張ってくれたことを全部無駄にして。
隼人があんなに我慢までしてくれた俺達の関係を知られてしまった…。
こういう時こそ言い訳を考えていたはずなのに、ひとつも言葉が出て来ない。
それどころか息をするのも苦しくなって、今すぐにここから逃げ出したいと思った。






back/next