「DARLING」-11




シロと亮平くんに相談に行ったのに、俺は結局隼人に話すことが出来なかった。
二人に相談して元気になって、隼人と会ってもっと元気になった。
鼻血は恥ずかしかったけれど、隼人の笑顔を見たら安心したんだ。
それなのに家に帰って志季と顔を合わせたらまた不安が戻って来てしまった。
戻るというか、もっと不安になって話せなくなってしまった。
俺と志季が兄弟だっていうことが目の前に突きつけられた感じがして恐くなってしまったんだ。
そのことも隼人に話せばよかったのかもしれない。
でも俺のことで隼人を悩ませるのはやっぱり申し訳なくて出来なかった。

そんなモヤモヤした状態が続いて一週間が過ぎようとしていた。
考え過ぎて疲れているはずなのに、考えれば考える程俺は眠るのが困難になっていた。
もちろん理由はそれだけじゃない。
隼人と別々に寝ることがこんなにも寂しいことだったなんて思わなかった。
一緒の部屋にいるだけでも満足しなきゃいけないのに。
一緒に暮らせる、恋人でいられるだけで満足しなきゃいけないのに。
俺は信じられないぐらい贅沢になってしまっていた。
初めて会った時から片思いしていた時のことを考えればそんなことを言っちゃいけないのに。


「はぁ……。」

俺は再び、溜め息だらけの毎日を過ごしていた。
布団に入って目を閉じても、一体何時に眠れるのかわからない気さえしてくる。


「隼人ー…。」

少しでも隼人の近くにいたくて。
少しでも隼人の寝顔を見ていたくて。
眠れない時間はこうしていると少しは安心するから。
時計はもうすぐ日付けが変わろうとする中、俺の心だけが止まったみたいだ。
黙っていても、何も出来なくても、時間は過ぎていくのに。


「隼人ぉー…。」

布団に顔を押し付けて、隼人が起きないように小さな声で名前を呼ぶ。
鼻を掠めるのは、いつも嗅いでいた匂い。
シャンプーとか、石鹸とか、お日様とかのふんわりとした安心する匂い。
今までこんなにもこの香りが恋しくなることなんてなかった。
それだけ俺は隼人の近くにいたということだ。


「眠れないのか?」
「……わぁっ!!」

香りと共に訪れる温もりに、涙が出そうになった時だった。
突然頭の近くで低い声がして、驚いて顔を上げる。


「恐い夢でも見たのか?」
「はっ、隼人起きてたの…っ?び、びっくりするよー!」
「そんなに傍でもぞもぞされたら誰だって起きるだろ。」
「う…、ごめんなさい…。」

俺…、そんなに近くまで寄って隼人の邪魔をしてたんだ…。
自分でもびっくりしたけれど、現状を見て隼人の言うことがよくわかった気がした。
手はしっかりと布団を握りしめて、物凄く隼人の顔が近くにあったからだ。
夢中になると自分でも抑え切れなくなってしまうのは俺の悪い癖だ。
一つのことしか考えられなくて、他が見えなくて。


「志摩は恐いの苦手だよな。」
「えっ、ううんあの…、あの、隼人?!」
「恐い夢、見たんだろ?」
「あ……う、うん…。そうです…。」

隼人は怒ったり呆れたりはしなかった。
俺の頭をぽんぽんと優しく叩いて、ベッドから下りると俺の布団を捲って入って来てしまった 。
志季に見られたら、という恐さよりも喜びの方が勝ってしまった。
朝起きて見られていた時の言い訳なんて考えられないぐらい、久々にこんなに近くにいられることが嬉しくて幸せで。
隼人の優しさが胸の辺りにじーんと滲みてきて。


「もう寝……志摩?」
「隼人ー。」

ずっとこんな風に抱き締めたかった。
そして隼人に抱き締めてもらいたかった。
強くしがみ付いて、もう絶対離れることなんかないように。
揺れる俺の心を大丈夫だって安心させてもらいたかった。


「隼人、好きです…、隼人が好きです…っ!」

俺が突然抱き付くと、今度は隼人が驚いていた。
おまけに告白なんかして、何をやっているんだって自分でも思う。
でもどうしても隼人にわかってもらいたかった。
俺には隼人がいなきゃダメだってこと。
隼人が好きで好きで堪らないってこと。
だから時々でいいからこうやって抱き締めて欲しいって。


「………っ。志摩…?」
「隼人、ちゅーしていいですか?お願い、ちゅーしたいよ…。お願いします…っ!」

だってもう何日もしてないんだよ?
あんなに毎日してたのに。
おはようの時も行ってらっしゃいの時もお帰りなさいの時もおやすみの時もキスしてたのに。
最初は俺が勝手に隼人の頬っぺたにしてた。
でも時間が経つにつれて隼人からもしてくれるようになった。
普段は言葉の少ない隼人の唇から気持ちが伝わってくるみたいだった。


「ぷ…、まだ俺いいって言ってないんだけど。」
「わっわっ、ごめんなさい俺……ん、んー…っ!」
「志摩は面白いな…。」
「んっ、ん…!」
「志摩は可愛い、可愛いよ…。」
「んう…っ、んー…。」

隼人は吹き出した後急に真剣な顔で近付いたかと思うと、慌てる俺の唇を塞いでしまった。
俺の口の中を隼人の舌が這い回って、唾液が注ぎ込まれる。
息も出来なくなってしまうほど激しくて深いキスに俺は眩暈を起こしそうになった。
こんなの…ずるいよ…。


「志摩…。」
「…あっ!隼人ダメっ、ダメだよ…っ!」

隼人の唇が俺の首筋へ下りて、いつの間にかパジャマのボタンが外されていた。
指先が俺の胸の先端を捉えると、さすがにそこで俺は抵抗した。
自分からキスをしておいて拒否するなんてそれこそずるいけれど。
今になってすぐ近くには志季がいるという現実が頭の中に浮かんだかと思うと、こびり付いて消えなくなってしまった。


「ダメ?嫌か?」
「う…あの、ダメっていうか…。やじゃないの!やじゃなくって…。お、俺もその…隼人ともっとくっ付きたいけど…その…。」
「あいつがいるから?」
「う…、うん…。ごめんなさい…。」
「いいよ、志摩の声が聞こえたらまずいし。」
「えっ、あっ、あの…!うー、ごめんなさいー…。」

最後は冗談混じりに笑ってくれたけれど、隼人は少し怒っているみたいだった。
そんなのは当たり前だ。
自分から誘うようなことをしてその先にいこうとしたら断るだなんて。
なんて我儘な奴だって嫌われてもおかしくない。


「だからあの時言ったのに…。」
「え…?あの時??」
「志摩が鼻血で倒れた時、言っただろ…。」
「えっと…、な、何をですか??」

何のことなのか全然わからなくて俺が率直に訊くと、隼人は困った顔をした。
そして頭を掻いて溜め息を吐いた後、気まずそうに視線を逸らした。


「だから、どこかで休んで行った方が…って…。」
「えっと…、うん、言ってたよね…。」
「もしかしてわかってなかったのか?」
「えっ、う、うん…。あのー…?」
「お前…鈍過ぎだ…。」
「ご、ごめんなさい…。」

説明されてもわからない俺に、隼人はまた溜め息を吐いた。
これは完全に呆れられたと思って落ち込んだ瞬間、隼人の唇が俺の耳元へ近付く。


「だから…………だったんだよ。」
「あ……。そ、そうなの…?」

隼人は怒っていたわけじゃなかった。
あの時俺が必死で大丈夫だと言って断ったのを少し恨んでみたいだった。
あの時俺が言うことを受け入れていればと悔やんでいたのだ。
隼人に向かっては言えないけれど、拗ねるなんて可愛い。
だって俺に触れた隼人の頬っぺたはいつもより熱かったから。
きっと明るいところだとはっきりわかるぐらい、赤くなっていたんだと思う。

ごめんなさい、気付かなくて。
隼人の言葉の意味にも、隼人の思いにも。
隼人はこんなにも俺のことを思っていてくれたのに。
くっ付きたいって思っていたのは俺だけじゃなかったのに。

ごめんなさいだけど、ありがとう。
俺のこと好きでいてくれて。
俺のことを考えてくれて。


『だから、二人きりになれるところに行こうって意味だったんだよ。』

俺はもう一度強くしがみ付いて、隼人の胸に顔を擦り付けた。
猫みたいだな、って時々隼人が言うみたいにごろごろ甘えるようにして。
そしたら必ず隼人は俺の頭を優しく撫でてくれる。
全部話さなくても、言葉にしなくても伝わる思いはあるんだ。
それからすぐに、俺は眠りに就くことが出来た。






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