「trouble travel」-7
「んっとータオルとー、石鹸とー。」
「志摩…。」
「あっ、シャンプーもいるねー。」
「おーい志摩。」
「はい?」
「それ…、全部持って来たのか…?」
電話を終えて、いざ風呂へ行こうという時だった。
志摩が持って来たバカデカいバッグの中をごそごそと漁っている。
中から出て来たのはタオルだとか石鹸だとか、いわゆるお泊まりセットのようなものだった。
今日が泊まりになる予定はなかったはずなのに、準備がいいと言うか何と言うか…。
そう言えばクリスマスの時も志摩はやたらとデカいバッグを抱えていたのを見た。
「うんっ!あ、皆の分あるよー?」
「うーん、でもホテルにあるからそれはしまっておいていいと思うぞ。」
「そっかー。んじゃタッパもいらないかなぁ?」
「タッパって…!」
料理でも持って帰るつもりだったのか、バッグの中には本当にタッパが入っていた。
タオルも石鹸も、そういうものはホテルに備わっているものがある。
せっかく持って来てくれて悪いけれど、志摩にはそれらをしまってもらった。
「洋平、風呂ならここにもあるのではないか。」
「え?あー、こんなとこの風呂なんか狭くて入ってらんないって。デカい風呂の方が気持ちいいし楽しいし。」
「そうか。」
「それより早く行こうぜー。」
食べ物と一緒にコンビニで買って来た替えの下着やらを持って、ドアの方へ向かった。
しかし銀華はそこから動かずに、部屋の中にある風呂を指差している。
確かに部屋の中にはユニットバスがあった。
だけどせっかく来たんだから、大きな風呂へ行くのは当然だと俺は思っていた。
「私はここでよい。お前達で楽しんで来るとよい。」
「えっ!!い、行かねーの…?」
銀華の発言に、俺は本気で焦ってしまった。
大きな風呂で楽しいのは、銀華がいるからっていうのが大前提なのに。
それにそういうところだったら、堂々と一緒に風呂に入れるから…なんて思ったりもしたのだ。
「人前で肌を曝すなど出来ぬ。」
「えっ、じゃあ俺もここにしよっかなー…?」
「狭いところは入っていられぬと言っていなかったか。」
「う…、そ、そうだけど……。…わ、わかったよ、じゃあ行って来ます…。」
妙な揚げ足なんか取らなくてもいいのに…。
それだったらシロと志摩だけ行かせてここで二人で入ることだって出来た。
この旅での俺は、つくづくついていないようだ。
諦めてシロと志摩を連れて部屋を出ると、またしても鋭い視線を感じた。
「あの、洋平くん、元気出して下さい…!」
「そ、そうだぞ洋平!家に帰ったら猫神様と一緒に入ればいいんだ!泣くなよ?」
「いや泣いてねーけど…。あ、ありがとう…。」
俺と銀華のやり取りをじーっと見つめていたシロと志摩に慰められるだなんて…。
そんな余計な気なんか遣われたら情けなくなってしまう。
いや、シロと志摩に悪意なんかないことはわかっている。
ただ俺が落ち込んでいると思って慰めてくれただけだ。
時間が時間だっただけに、結局大浴場には俺達3人だけだった。
大浴場と言うからにはこれがまた広くて、小さめのプールぐらいはあるんじゃないかと言うぐらいだった。
そんな広い風呂の中をシロと志摩が泳ぎ出したりして、楽しいと言えばそれなりに楽しかったと思う。
ただそこに銀華がいれば、何倍も何十倍も楽しかっただろう。
「おやすみなさーい。」
「おやすみ。」
今日は一日疲れただろうと、風呂から戻るとすぐに寝ることにした。
それに明日は午前中には出発することに決めていた。
朝食バイキングは結構早くからやっているみたいだったし、明日は早起きの予定だ。
寝室になっている方へシロと志摩、俺と銀華は座卓を退かせたところに布団を敷いた。
まだ身体が温まっているうちに、シロと志摩は挨拶をして襖を閉めた。
それから数十分。
シロと志摩には寝ろと言っておきながら、俺は眠ることが出来なかった。
銀華を無理矢理連れて来たことを悔やんでいたのだ。
嫌々来たのなら楽しくもないだろうけれど、せめて帰るまでは怒りを爆発させないようにしなければと思った。
「洋平。」
「…え?」
電気を落として、暗くなった天井をぼんやりと見つめていると、ぼそりと呟く銀華の声がした。
起きていたとは思っていなかったから、驚いて隣の布団を見る。
こんな悩んでいる時だって言うのに、背を向けた銀華の首筋がやけに色っぽく見えてしまう。
「その…、私はつまらないと言うわけではないから…。」
「え…?そ、そうなのか?」
「あまりその…、わ、私のことは気にするな…。」
「え…、でもさぁ、怒ってんのかと思って…。」
俺が思い悩んでいたのを察していたんだろうか。
ぼそぼそと小声で話す銀華まで気まずそうだ。
「そのようなことは…。」
「ホントに怒ってないのか?」
「だからそれは…!」
「うん…、何?」
会話が進むにつれて、俺は銀華の言わんとしていることがわかってしまったのだ。
暗闇でよく見えない、銀華の肌の色が薄っすらと色づいているのがわかったから。
俺のことを気付いていたみたいに、俺も銀華のことを。
そうやってだんだんお互いのことがわかるようになって来ていると、俺は自惚れてもいいのだろうか。
「な…、洋平…っ。」
「怒ってたんじゃなくて…何?」
怒っていたんじゃなくて、恥ずかしいから。
シロと志摩の前ではしゃいでいるところなんか見せたくないから。
そう言って欲しくて、俺は後ろから銀華の布団に潜り込んだ。
髪の隙間から見えた首筋に、唇でそっと触れる。
「馬鹿者…っ、シロと志摩が…っ!」
「うん…、でも大丈夫、もう寝てるし…。」
大丈夫なはずなんてなかった。
確かにすぐに二人は寝てしまったようだったけれど、俺達との間には襖一枚しかない。
こんなところで何かして、気付かれたりなんかしたら。
最中を見られたりなんかしたら。
銀華じゃなくても恥ずかしいに決まっている。
それなのに俺の唇も、布団の中の手も、止まることを知らないみたいに動き回ってしまう。
「馬…鹿者…っ、どこに手を…っ!」
「言って欲しい?」
「…洋平……っ!」
「銀華…、ほらもうここ…。」
浴衣の間から手を滑り込ませ、銀華の脚を撫でた後、中心部を緩やかにまさぐる。
いつもと違う、この部屋の風呂に置いてあった石鹸の匂いが首筋から漂って、眩暈がしそうだ。
きつく吸い上げたそこには、鬱血した跡が浮かんでいる。
「シロと…、志摩が…ぁっ。」
「どうしよう、すっげぇ燃えるんだなこういうのって…。」
「馬鹿…っ、洋平っ、離せ……っ!」
「こんなんで離していいのか?」
「洋平…っ、頼むからやめ…。」
「やだ…、やめたくな…。」
銀華が自分の手で口を塞いで、時々漏れる喘ぎ声が堪らない。
俺は兄とは違って人前でイチャイチャもしなければ手出しもしない。
そういう気持ちもあんまりよくはわからなかった。
だけど視線が、もしかしたら見られているんじゃないかと思うことが、こんなに興奮するとは思わなかった。
そのせいなのか、普段言わないようなわざとらしい意地悪なことまで言ってしまう。
「うあーん隼人ー!!」
声を殺してなんとか行為を続ける俺達の耳に、突然志摩の叫び声が入って来た。
一体何事だと思って急いで浴衣を羽織って襖を開ける。
「ど、どうしたんだ志摩っ?!」
「あ…、洋平くん…。」
「洋平…。」
するとそこには、志摩を抱き締めるシロの姿があった。
まさかとは思っていたが…恐れていたことが起きているのだと察した。
だから俺は昨日も一緒に寝ると言った時反対したんだ。
こんな風になって、兄にどう説明しろと言うのだろう。
「シロ…、志摩…。お前達やっぱり…。」
「ご、ごめんなさい、俺…!」
「シマぁ、大丈夫か?よしよし。」
「え…?あれ…??何?」
「俺寝てて恐い夢見ちゃって…。シロも洋平くんも起こしちゃってごめんなさい!」
「シマは恐いの嫌いだもんなー。もう大丈夫だぞー。」
俺の心配はやっぱり余計な(というか見当外れな)心配だったらしい。
ただ単に志摩が恐い夢の中で叫んだだけで、シロがそれを慰めていただけだったのに。
自分が不純なことをしている時というのは、他人に対する思考まで不純になるから恐い。
志摩の頭を撫でて、二人を寝かせると、俺は再び銀華の布団に潜り込んだ。
back/next