「trouble travel」-6




「それで…、楽しいのはわかったのだが洋平…。」
「は、はい…?」

それから十数時間後、暗い車内では俺の隣で銀華が鋭い目を光らせて睨んでいる。
後部座席では、シロと志摩がうたた寝を始めていた。


「今は何時だ、そしてここはどこなのだ。」
「いや、あの、俺にもよくわかんな…。」
「馬鹿者!お前がシロと志摩の言うことを聞いて寄り道だの何だのするからこのようなことになっているのだ!」
「ご…、ごごごめん!!ホントごめんって!」

そう、あれから俺達は、順調に進んでいたはずだった。
ところが、目ぼしいものや面白そうな場所を見つける度にシロと志摩が止まってくれだの寄ってくれだのと言って来た。
しかも俺も俺で一緒になって興味を持ってしまい、言うことを聞いて寄り道をしてしまったのだ。
それだけじゃない、普段来ない方面へ来た上、道を反れたもんだから、
途中からは一体どこを走っているのか、自分でもわからなくなってしまったのだった。
当初の目的だった海に着いたのは、家を出てからちょうど半日が経った午後9時。
誰もいない真っ暗な海の近くで車を止めたところで今の状況に陥っているのだ。


「あー…、どうしようかな…。」
「何がだ。」
「いや…すっごい悪いんだけど俺、運転中寝ない自信ないんだよな…。」
「あぁ、私が動かせればよいのだが…困ったな…。」

近県とは言え半日も運転して、シロと志摩に付き合って俺も銀華もへとへとだった。
これから東京へ戻ったら、週末ということも考えると確実に真夜中だ。
シロも志摩も寝ているようだし、つられて俺まで寝ない自信がない。
おまけに運転出来るのは俺一人、俺に皆の命が預けられているんだから責任重大だ。


「うーん、どっか探すか、泊まるところ。」
「私はここでもよいが…。この中も狭いわけでもない。」
「それはダメだって。こんなとこで夜明かしなんて、シロも志摩も可哀想だし…。」
「そうだな…。」
「っていうかお前が…。」
「洋平……っ、な、何を…。」

俺は今夜はどこかで宿泊することを決めて、再びエンジンをかけた。
俺だけだったら車の中で宿泊だって何てことはなかっただろう。
だけど今はシロも志摩もいる。
兄達から預かった大事なものをぞんざいに扱うわけにはいかない。
もちろん、今日一日付き合ってくれた銀華のことも。
だって俺にとっては、銀華が一番大事なものだから。


「昨日からしてないこと、お前気付いてた…?」
「だからと言ってここですることは…!」
「大丈夫、シロも志摩も寝てるし…、キスだけ…。」
「洋平…っ。」

エンジンをかけたまま、俺は助手席の銀華の唇に触れた。
一度してしまうと止まらなくなって、軽く唇を合わせるだけのキスを何度も繰り返した。
しかしそこで、聞こえていたはずのシロと志摩の寝息が急に途切れた。


「んー…?お泊まりなのー…?」
「シマぁ…、オレまだ眠いぞ…。ケーキは食べれない…。」
「うわっ!!お、起きてたのか?!」

後ろを向くと、目をごしごし擦りながら志摩がもそもそと起き上がっていた。
寝言なんだかわからないけれど、志摩の隣でシロがむにゃむにゃ言っている。
どうやら半分寝ながらも志摩には、俺達の会話が耳に入っていたらしい。


「うん、これから帰るの大変だから…、いいか?それでも。」
「…はいっ!いいです!シロ、起きて!シロ、お泊まりだよ!」
「ん〜…?腹減ったのか〜…?」

隼人と離れるから嫌ー!なんて言われたらどうしようかと思ったけれど、志摩は快諾してくれた。
それどころかなんだか泊まりと聞いてまたはしゃぎ出している。
まだ夢の中にいるシロを叩き起こしてまで、そのことを話そうと必死なのが可笑しい。
それから車を数十分走らせ、割と明るい街中へ出た。
この辺りは海有り温泉有りで、中規模だけれど観光地でもある。
そういう場所に出れば、どこかは空いていると思ったのだ。


「え…、満室…ですか?」
「ごめんなさいねぇ、団体ツアーのお客様がいらっしゃってましてねぇ。」

大きめなホテルを狙って行ったところ、この結果だ。
週末だったせいで運が悪かったのだろう。
諦めて別のところを探そうと、皆が待つ車まで戻ろうとした。


「2〜3名様用でしたら空いてるんですけどねぇ…。」
「あ、あの…、そこに4人分布団とかって敷けたりします…?」
「えぇ、少し狭いかとは思いますけど…。」
「あの、ちゃんと4人分払うんでそこでお願い出来ないですか?」
「えぇ、お客様がよろしければ構いませんけど…。」
「あ、ありがとうございます、すみません!」

フロントの女性に無理矢理願いを聞いてもらって、俺達はそのホテルに泊まれることになった。
他を探すつもりとは言え、どこもこうだと大変だ。
それにもう早く身体を休めたくて仕方がなかった。
案内された部屋は2〜3人用とは言っていたけれど、4人でも十分だった。
布団を敷いたら確かに狭いかもしれないけれど、きちんと寝るところと寛ぐところが別れていたし、
バルコニーみたいなものまで付いているぐらい、広々とした部屋だった。


「わぁー!広ーい!」
「おぉ〜!」

完全に目を覚ましたシロと、さっきからはしゃぎっ放しの志摩が部屋に入るなり騒いでいる。
俺は志摩が持って来たバカデカい荷物を床に下ろして、銀華も畳に座って一息吐いた。
この時間だとホテル内の
レストランなんかも終わる頃だと思って、途中のコンビニで買って来た食べ物を座卓に広げた。
こんなところに来てコンビニだなんて悪いとは思ったけれど、シロも志摩も空腹だったらしく喜んで食べていた。
ついでに、明日の朝ご飯はホテルのレストランで食べられるのが楽しみらしい。


「ねーねーおっきいお風呂あるみたいだよ!温泉!行こうよー。」
「おぉ、行きたいぞ!」
「じゃあ一休みしたら行……あ!」

腹一杯になった後、ホテルの案内を見てシロと志摩が風呂に行こうと言い出した。
俺のその話に乗ろうとした瞬間、バッグの中の携帯電話が鳴っていることに気付いた。
いつもの癖なのか、バイブレーションにしていたから気付かなかったけれど、何度もかかって来ていたらしい。
そしてその液晶に出た名前を見て、俺は凍りついてしまった。


「も…、もしも…。」
『おい、お前んちなんで誰も出ねぇんだ?インターフォン壊れてんじゃねぇかこれ。』
「あ…、それはその…。あの兄貴…、た、頼むから怒らないで聞いてくれよな?」
『あ?何がだよ?怒ってねぇよ、いいからさっさと鍵開けろよ。』

その言葉遣いがもう怒っている気がするけれど、俺が怒られるのは当然のことだ。
いくらシロと志摩の寄り道が原因とは言え、俺までそれに乗ってしまったんだから。
ちゃんと計画通りに海だけに行って帰ればよかったのだ。
しかも最悪なことに、泊まるところを探すのに夢中になっていて肝心の連絡を忘れていたのだ。
兄達は今日の夜には帰って来て、シロと志摩を引き取りに来る約束になっていたのに…。
俺はおそるおそる、兄に事情を説明した。


「ご、ごめん!絶対無事に帰すから!」
『当たり前だ、何かあったら…わかってんだろうな?』
「わ、わかってるよ、俺のこと殺していいから!」
『バカかお前、なんで俺が手汚さなきゃいけねぇんだよ?お前が自分で首括るに決まってんだろうが。縄用意して待ってっからよ。』
「あ、兄貴…、あんま恐いこと言うなよ…、な?」
『何かあったら、つってんだろ。わかったか?!返事は?!』
「は、はい…!」
『あ、洋平、ちょっと水島がシマたんに代わってくれってよ。』

兄にありったけ説教を食らったけれど、なんとか許してもらえた。
まさかこんなところにいるだなんて思っていなかったらしく、半分呆れていたようだった。
近くには迎えに来ていた志摩の恋人もいたらしく、部屋の中をちょろちょろ動き回っていた志摩に、俺は携帯電話を渡した。


「あっ隼人ーあのね今………は、はいっ!!」

でれでれ笑いながら電話を受け取った志摩が、急に背を正した。
一体何があったのかと心配しながら、俺達は見守っていた。


「はいっ、ごめんなさい!そうです、俺が悪いです…。はい、ごめんなさい…!はい、はい、わかりました。」

どうやら志摩は彼に怒られているようだった。
二人は喧嘩はしないのかと思っていたけれど、結構すると前に聞いたことがある。
それも志摩が悪いことをして怒られるのだと言っていて、意外だと思ったけれどまさに今それを目の前で見ているような気がした。
志摩が途中で何度かメールを送っていたのは知っている。
それで寄り道した志摩が悪いと責められて怒られているのだろう。
なんだか怒られてしゅんとしている志摩が可哀想になって助けてあげたくなった。


「はい…、はい…。あの隼人…、か、帰ったらちゅーしようね…?」

ところが一通り謝った後がこれだ。
俺も銀華も聞いていられなくなるぐらい、志摩は甘い会話を楽しんでいる。
それにつられてシロが寂しくなったらしく、携帯を取り出す。
だけど志摩が話しているのは兄の携帯で、何度かけても通じない。
それをなんでだなんでだと何度も繰り返しながら携帯のボタンを押しまくっている。
シロには悪いけれどその反応の可愛さに可笑しくなってしまって、兄への土産話ならぬお詫び話にしようと思った。






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