「trouble travel」-8




「志摩ってホント面白いよなー…。」
「洋平…、それはわかったが…。」
「何?」
「この手は何だ。」

何?だなんて俺も大概白々しい。
再び浴衣の中に忍び込ませた俺の手が、銀華の手によって止められる。
だけど俺は途中で止まってしまった行為の続きをしたくて仕方がなかった。
節操無しでも常識外れでもいい、変態と言われてもいい。
あそこで止められる奴を俺は尊敬してやってもいい。
それぐらい、俺の中の欲望に火が点いてしまっていたのだった。


「やめられるわけないだろー…?」
「勝手なことを…。」
「じゃあお前は?お前はやめられんの?」
「お前はまったく…。」

今日の俺はとことんわざとらしい。
自分でもよくこんな台詞が言えるなぁと感心するぐらいだ。
だけど俺はもう知っている。
俺の手の近くにある銀華のそれは、我慢が効かなくなっていること。
呆れた振りをして、本当は待っていたっていうこと。


「せっかく来たんだし、な?無茶はしないから。」
「ちょ、調子の良い奴だな…。」

そうだ、俺は調子がいい。
銀華に構ってもらえると気分がよくなるし、逆に構われていないと落ち込む。
そういう調子のいい奴だ。
子供みたいだって笑われたっていい。
全部銀華を中心に動いているんだ。


「なんかさ…、なんだかんだ言ってやっぱ楽しかったよな…。」
「は、話はもうよいから…っ。」
「シロと志摩は面白いし可愛いし…。」
「洋平…っ、話はもう…っ!ん…っ!」

銀華の浴衣の中で、俺は激しく手を動かした。
快感で震える銀華の手が、シーツをぎゅっと掴む。
声が隣に聞こえないようにと、必死で堪えて。


「よいから…っ、早くしろ…っ。」

途切れ途切れになるその声で、銀華が俺を求めるのを待っていた。
涙目になって、終まいには塞いでいた手も外れてしまった。
隣にシロと志摩がいることもいつの間にか忘れるぐらい、その晩はいつもと違うセックスに溺れてしまった。








翌朝、予定通り俺達は朝早くに目を覚ました。
そう、まるで何事もなかったかのように。
シロも志摩も昨晩の俺達のことは気付いてなんかいないと思ったし、気付かれていない自信もあった。
しかし、朝食バイキングに行った時だった。
シロと志摩は食い意地を張って皿にありったけおかずを持ってテーブルまで来た。


「猫神様ぁ、大丈夫なのー?」

パンを口に入れながら、志摩が訊ねる。
隣ではシロが不器用にスプーンを使ってコーンスープを飲んでいた。
そのシロも志摩の言葉に気がついたようにして顔を上げる。


「何がだ。」
「あっ、そうそう!猫神様、具合悪いんじゃないんですか?」
「?わけがわからぬな。」
「えー、やっぱりシマ夢だったんだよあれ!」

会話が進む毎に、俺は嫌な予感でいっぱいになった。
隣の銀華もそうだったみたいで、俺の額からは冷や汗まで滲み始めた。


「そうかなー?あの声猫神様の声だと思ったんだけど…。熱でも上がって苦しいのかと思ったけど俺眠くて…。」
「違うよ、俺とシマ一緒の夢見てたんだって!」
「そっかー、やっぱり夢だったのかなー?」
「そうだ、俺とシマは兄弟みたいなものだから、きっと同じ夢見たんだ!」

まずい、と思った時には遅かった。
絶対に自信があったはずが、しっかりはっきり聞こえてたのだ。
ただ、二人が鈍感で無知だったからよかっただけで…。
いや、よくはないんだろう、銀華が無言で睨みをきかせてテーブルの下で俺の脚をぎゅっと抓ったんだから。


「あー、ほらほら早く食べないと冷めるぞ?」
「はいっ!食べます!シロー、でっかいプリンあったから後で持って来よー?」
「おお!プリンは好きだぞ!」

俺は適当に誤魔化して、シロと志摩の話題を逸らした。
これは家に帰って二人きりになったら怒られるだろうと覚悟を決めながら。


「シロ、口に付いている。」
「え?どこですか?猫神様〜。」
「あーほらほらシロ、そこじゃなくてこっち。」
「ありがとう洋平!」

シロがスープを口の周りにべったりと付けていたのを銀華が教えてやる。
普段からこういう食べ方だと、きっと兄も楽しいんだろうと余計なことまで考えてしまった。
近くにあった紙ナプキンで、俺はその口元を拭ってやる。


「あー…、なんかー…えへへー。」
「ん?どうした志摩?」
「なんかーえへへ、洋平くんお父さんみたいだよねぇー、それでぇー、猫神様がお母さんなの!」
「え…!!」

それを見ていた志摩がデレデレ笑いながら、そんなことを言った。
確かに銀華は二人の親っぽいとは思っていた。
しかし俺がお父さんというのは…、そもそも俺はそんな歳でもない。
何気にシロとそんなに変わらないのに…。
でもそうか、お父さんってことは頼りにされてるということで…。
俺はなんだか嬉しくなって、志摩の笑いが移りそうになってしまった。


「私に言わせれば洋平は父親などには思えないがな。」
「え?何それどういうことだ?」
「猫神様ーどういうこと?」

ところが、隣で黙々と食べていた銀華が口を挟んで来た。
喜びに浸っていた俺は一気に現実世界へと引き戻される。


「わからぬか。」
「えー?わかんねーよ。」
「はいっ、俺もわかんないです!」
「オレもー!」
「わからぬならばよい。」
「なんだよそれー。」
「何それー。」
「猫神様、なんだか意地悪です〜。」

揃ってブーブー文句を言う俺達3人を見て、銀華はとうとう吹き出してしまった。
そうやって一緒になって同じようなことをしている俺は子供みたいだと、俺は後から気付くのだけれど。
この時はただ銀華が笑ってくれたことが嬉しかった。
銀華が楽しいと思ってくれることが、俺にとっては何よりも嬉しいことだから。


行く時はあんなに予定が狂いまくったと言うのに、帰りはわりと順調だった。
昨日はしゃいで疲れたというのもあるだろう、後部座席ではシロと志摩が肩を寄せ合って眠っている。
俺はもうぐっすり眠ったから大丈夫と言ったけれど、銀華も眠らずに付き合ってくれた。

午後の早い時間には東京に着くことが出来て、シロと志摩、それぞれの家まで送った。
まずは兄に怒られることもなく済んだのは助かった。
というよりもシロが帰って来たらシロしか見えていないようで、早くも俺達の前でイチャイチャしていたのだ。
志摩も志摩で、家に入った途端にすっ飛んで恋人のところへ行って抱き付いているし。
俺と銀華はそれを呆れながら見て帰って来たのだった。


「はぁー…、疲れたー…。」

家に着いてすぐに俺は、床の上に突っ伏した。
やっとあの二人から解放されて、どっと疲れが出てしまったのだ。
車を返しに行かなければいけないのに、疲れて動けない。
銀華に昨晩のことを言われるのを覚悟して来たのだから、話も聞かなければいけないのに。
次第に眠気まで訪れて、俺はいつの間にか目を閉じて夢の世界へ半分足を突っ込んでしまっていた。


「本当にな。」

銀華が耳元で微かに笑う声が聞こえて、俺の身体に毛布か何かが掛けられるのを感じた。
そして俺は幸せな疲労感の中、心地良い眠りに落ちてゆく。
昨日はごめんと謝ろうか、それとも付き合ってくれてありがとうと礼を言おうか。
どっちが先かは、目覚めてから考えることにしよう。






END.






back/index