「trouble travel」-5
「シロ、志摩、朝だぞ、起きろー。」
翌朝、布団を蹴り飛ばして眠っているシロと志摩の肩を揺さ振った。
あんなにはしゃいでいたのに、携帯の目覚ましが鳴っても気付きもしない。
二人して同じような格好の寝姿と大きく口を開けている寝顔に、思わず吹き出しそうになってしまった。
「おーいシロ、志摩ってばよ。」
「うーん…、隼人ー…、好きですー…。」
「りょうへ…、オレまだねむ…。」
寝言まで恋人…。
しかも志摩は寝言で告白までしている。
いつもこんな風だと言うなら、その恋人は幸せ者だと思う。
夢の中まで自分で支配されているなんて。
寝顔があんまり幸せそうでなんだか起こすのは悪いとは思ったけれど、二人の耳元で俺は思い切り息を吸った。
「おーい出掛けるんだろ?おいて行くぞ!」
「…わっ!!やだっ、やだ出掛ける!隼人、待って!!」
「ええっ!!亮平!亮平は?!」
大きな声を出すと、二人同時に飛び起きた。
ここは俺の家で、起こしているのも俺なのに、まだお互い恋人の名前を呼んでいる。
寝惚けているのか、惚気ているのか。
多分両方だとは思うけれど。
「ご飯出来てるぞ、早く準備しろよ?」
「はいっ!」
「おー!」
リビングのテーブルには、既に暖かな湯気が立ち上って、いい匂いが漂っている。
俺も銀華も早起きの癖がついていて、今朝もいつもと同じぐらいに目が覚めてしまったのだ。
シロと志摩はギリギリまで寝かせてやろうと思ったけれど、いつまで経っても起きて来ないから起こしに行ったのだ。
そしてやっと起きた後の行動は早かった。
すぐに布団をしまって、朝ご飯を済ませると、二人は急いで出掛ける準備をした。
「じゃあ行くか。」
「はーい!シロー、楽しみだねー。」
「うん!電車、オレあんまり乗ったことないんだ〜。」
「あ、言っとくけど電車じゃねぇぞ。」
「えっ!!」
「電車乗れないのか?!」
昨日の話で、二人は電車がよくわかっていないのに行こうとしたから俺は止めた。
だけど今朝になって、よく考えたら男四人が電車で出掛けるなんてちょっと変だと思い始めた。
俺の気にし過ぎかもしれないけれど、妙な目で見られるのが嫌だったのだ。
同い年だったら同級生だとかに見えたかもしれない、どう見ても俺達はそうは見えないからだ。
シロと志摩が悪いわけじゃない、世の中にはそういう偏見の目というものがあって、そういうのをまだ二人には味わわせたくなかったからだ。
もしかしたらそんなことはもうわかっているのかもしれないけれど、せっかく遊びに行くのに嫌な思いをさせたくない。
それに二人でうろちょろして迷子になったらそれはそれで大変だと思ったからだ。
「うん、車の方がいいと思って。」
「車!!」
声を揃えて驚いた後、一層はしゃぎ始めた二人を連れて、玄関を出た。
実は俺は朝早くに店に行って、店の車を借りて来ていた。
店には二台車があって、そのうち一台はほとんど使われていないのを知っていたからだ。
さすがに私用には使えないと思っていたけれど、案外皆使っていると聞いていたから、仕入れに行こうとしていた店長に念のため聞いてみた。
そして予想通り快諾してくれたので、俺はシロと志摩が起きる前に戻って来たのだった。
「わー、車だ!!おっきい車!」
「おお〜!洋平、これ運転出来るのか?!」
家の前に止めた車を見て、二人が大きな目を見開いて感動している。
大きいと言っても二人の身体に比べて大きいだけで、実際は軽のワゴン車だ。
薄い水色の車体に店の名前が入っていないのは助かったと思う。
「え、だって俺いつも運転してんだぞ。」
「洋平、カッコいい!!」
「カッコいいって…。つーか兄貴も免許持ってるぜ?知らなかった?」
「え?!そうなのか?!オレ知らないぞ。」
「だって昔は外車とか乗り回してたし…。もう売っちゃったけど。」
「がいしゃってなんだ?カッコいいのか?面白いのか?」
俺は仕入れに行く時の運転をほとんどやっている。
週に2、3回は運転をしているのだ。
確かにシロの前でも志摩の前でも、銀華の前でさえも見せたこともなかったけれど。
「隼人は?隼人は運転出来るの?!」
「いやー、俺水島くんとはそういう話したことないからなー。」
「そっかー。じゃあ今度聞いてみるー。」
「そうだな。」
すかさず志摩が自分の恋人のことを訊いて来る。
そう、俺は志摩の恋人はそこまで親しいわけではない。
兄の友達と言うことで会うことはあったし、クリスマスも皆と過ごしたから一緒だったけれど、個人的に会うことはないし、込み入った話もしないのだ。
「お前達…、無駄話はよいから早くした方がよいのではないか。」
「あ…、ご、ごめん。」
「はいっ!じゃあ出発だね!」
「おー!出発だ!」
呆れて溜め息を吐いた銀華が出発を促す。
なんだか銀華がいないと俺もこの二人のペースに乗せられっ放しだ。
本当は行きたくないのを勝手に決めて悪いとは思ったけれど、やっぱり銀華がいないとダメだと思った。
「あ…、銀華。」
「何だ。」
「いや、その…、お前はこっちで…。」
「え…。」
後部座席に乗り込むシロと志摩に続いて銀華までが後ろへ回った。
シロと志摩が小さいから乗れると言えば乗れるけど、それはなんだか不自然というか…。
思わず腕を掴んで止めてしまったけれど、なぜか恥ずかしさが込み上げる。
だって隣に人なんか乗せるなんて、何年振りなのかわからない。
免許取りたての時に当時の彼女を乗せたことがあって、道に迷ったことをふと思い出してしまったけれど、すぐに頭の中から消した。
過去は過去、今は思い出す必要のないことだ。
「あの、ほら、俺一人だと眠くなるかもしれないし…。」
「そ、そうか…。」
「時々話し相手とか…。後ろだとよく聞こえないし…。」
「それは…、そうだな…。」
俺は適当なことを言って、その恥ずかしさを誤魔化した。
銀華も銀華で俺の考えに気付いているのか、俯いて珍しくどもっている。
そのぎこちなさに、一体どこの出来たてカップルだ、と自分でも突っ込みたくなった。
「えへへー。」
「ふふーん。」
「うわっ!」
「お前達は何をしているのだ…。」
そんなやり取りをしていると、後ろから強い視線を感じた。
シロと志摩が前の座席まで身を乗り出してニヤニヤヘラヘラ笑っている。
「洋平くんと猫神様ラブラブー♪」
「カップルだ、ラブラブカップル!」
「おいー…、そういうこと言うのやめてくれよ恥ずかしい…。」
「まったくだ、お前達はそのようなことしか言えぬのか。」
「だってラブラブだもーん。ねー?」
「なー?ラブラブ〜♪」
「も、もうわかったから…!んじゃ出るぞ。」
「お前達、きちんと座らぬか、危ない。」
シロと志摩がはーい、と同時に返事をするのを聞いて車は走り出した。
これから先、予測不可能な小さな旅が待っていると思うと、楽しいのか不安なのかどちらとも言えない複雑な思いだった。
しかし実際はと言うと、この旅は案外楽しいものになりつつあった。
途中で音楽をかけようということになって、志摩が歌い出すのを止めたり、シロがジュースを零しそうになったり。
大変だけれど楽しい、本当に子供と一緒に出掛けているみたいだった。
一番可笑しかったのは、シロが大きな声で途中で止めてくれと言った時だ。
アイスがある!と叫んだ向こうには、アイスクリームやら何やらののぼりが立っていて、よくここから見えたなと感心するぐらいだった。
しかもそこでアイスだけではなく、たこ焼きまで買おうとした二人が、半ベソをかきながら車に戻って来た。
手元には砂や埃に塗れたたこ焼きがあって、俺は堪らずに吹き出してしまった。
途中で志摩が転びそうになって、シロの服を引っ張ったところ二人して転びそうになって落としたらしい。
その膨らんだ頬が、持っているたこ焼きにあまりにもそっくりだったのだ。
笑うのはひどいと怒られながら、代わりに俺が買いに行ってそれは一件落着した。
とにかく飽きない、とても楽しく面白い旅に変わろうとしていたのだった。
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