「trouble travel」-4




自分達の布団を敷き終わってテレビを眺めていたが、そろそろ寝ようという時間になった。
普段俺達は奥の部屋、いわゆる寝室として使っている部屋に寝ている。
だけど今日はシロと志摩をそちらに寝かせて、リビングに二つ布団を並べたのだ。


「あれー?洋平くんと猫神様は一緒に寝ないのー?」
「あーホントだ!洋平、なんでだ?」
「えっ…、あ…それは…。」

シロと志摩のことだから、絶対に突っ込んで来るだろうとは思っていた。
この二人はお互いの恋人と一緒に寝るのは当たり前だろうから。
別に聞いたわけでもないけれど、聞かなくてもそれぐらいはわかる。
例えば俺が兄のところへ行っても、そこで兄とシロは恥ずかしがったりなんかせずにベタベタしているのだ。
志摩も志摩で、恋人自慢をしょっちゅうするし、惚気るし。
だけど俺は、俺と銀華はそれとは違う。
この二人とは違ってそういうことが似合わないというか…。
最初から人前でベタベタイチャイチャしなかったし、その前に銀華がそういう奴ではないからだ。
俺としても、無理に人前でそんな風にしたいわけでもない。


「なんでー?」
「洋平、なんでだ?」
「なんでって言われてもなぁ…。」
「シロ、志摩、もう遅いから寝ろ。」
「えー!やだー。」
「猫神様ぁ〜。オレもやです…。」
「そうそう、寝た方がいいぞ!」
「昼に眠くなるぞ、よいのか。」

俺が二人に責められてたじろいでいると、銀華がさり気なく話に交じって来た。
いい感じで話題を変えて、俺のフォローまでしてくれたのだ。


「えー?だってこれから枕投げとかしようと思ってたのにー。」
「オレもしたい!枕投げればいいのか?シマ。」
「お、久し振りだなそういうの。」
「洋平…、お前も乗るな…。」

枕投げだなんて、修学旅行じゃあるまいし。
可笑しくて吹き出しそうになったけれど、急に懐かしくなってしまって俺まで二人に便乗しそうになった。
さすがに銀華が呆れたように笑いながら止めてくれたけれど。


「じゃあ明日の相談しよー?」
「うん!そうだな!」

枕を持って奥の部屋に向かう二人が、何やらヒソヒソと話をしていた。
もちろんヒソヒソだと思っているのは当の本人達だけで、俺にはしっかり聞こえていた。
明日の相談?
なんのことだ…?
何か悪いことでも考えているんじゃないだろうな…。
二人に限って悪いこと、なんてことはないとは思うけど…。


「おやすみなさーい。」
「おやすみなさい、猫神様、洋平。」

聞こえていないと思い込んでいる二人は、笑顔で俺達に挨拶をして行ってしまった。
疑問に思った俺は、閉まった戸に耳を当てて二人の会話を聞くことにした。


「洋平…、何をしているのだ…。」
「しっ!聞こえなくなるだろ?」

不審な行動をする俺に、銀華が訝しげに見つめる。
これじゃあ盗み聞きしているも同然だ。
戸に耳を傾ける俺が小さな声で答えたことで銀華も何かを悟ったのか、近くまで寄って来た。


「やっぱり普段行けない遠いところにしようよー。」
「うーん、シマはどこがいい?」
「あっ、そうだ!海は?もうすぐ夏だもん、海がいいなー。」
「海?おおー!オレも行きたい!」
「じゃあ海にしよう!電車に乗って行ってみようよ!」
「電車?動くやつか?オレあんまりわかんないぞ。」

それは、二人が出掛ける相談をしていたのだった。
兄達が帰って来るのは明日の夜遅くになると言っていた。
シロがケーキ屋のバイトを休んでここに来た、というのはそういうことだったのだ。


「洋平、二人は…。」
「しっ、ちょっと待って…、いいから続き聞いてようぜ?」

銀華は二人を心配したのか、何か言おうとしたけれど、俺はそれを遮った。
二人で出掛けること自体は珍しくもない。
この歳で電車に乗ることだって特に危険なことはない。
だけどそこはやっぱりこの二人だ、何だか俺も心配になってしまうのだ。
しかしそこは余計な口出しをしない方がいいのか、そう思って銀華を止めたはずだったのに…。


「あっ、俺も全然わかんないよ?でも乗ってれば着くと思うんだー。」
「そっか!そうだな。」
「海に着くといいねー。」
「うん!明日は楽しみだな!」

待て…!!
そんな適当でいいのか?
いや、いいいわけがないに決まっている。
電車は一つじゃないんだ、乗り換えっていうものだって…。
しかもここは東京だぞ、こんなに入り組んだ路線で海に行きたいだなんて適当に決めて着くわけがない。
それだけじゃない、迷ったりなんかしたら帰って来れなくなる可能性だってある。
きっちりぴっちり説明しようと思っていたと同時に、俺は戸を勢いよく開けてしまっていた。


「ダ、ダメだダメだ!!二人だけでなんてダメだっ!!」
「洋平…、急にどうしたのだ?!」
「わっ!洋平くん!!」
「洋平っ!聞いてたのか?」

銀華が止めるのも聞かず、俺はダメだダメだと連呼する。
あれだけ銀華に待てだの言っておいて矛盾した行動をとっているのが自分でも可笑しい。


「そんなことして迷子になったりしたら俺は兄貴と水島くんに顔向け出来ないだろ?!」
「洋平、落ち着け馬鹿者…!」
「だってー行きたいんだもん!」
「洋平、行っちゃダメなのか?」
「ダメ!!」
「洋平、少しはシロ達の話も…。」
「そうだよー!俺達の話も聞いてー!」
「そうだそうだー、洋平のけちー。」

普通だったらこんな心配しないのかもしれない。
だけどこの二人は他の同い年の奴とは違うんだ。
シロは元猫だったし、志摩は元から人間だけど引きこもっていたという話だ。
シロが人間界にいくら慣れたとは言っても、まだ知らないことが多い。
志摩は志摩で、そういう過去のために知らないことも多い。
せっかく今恋人と幸せ絶頂期だっていうのに、考えたくないけれど万が一何かあったらどうするって言うんだ。


「けちってな…。」
「洋平くん…、どうしてダメなの…?」
「そうだ…、オレ達出掛けたかっただけなのに…。」
「う…っ!」
「ひどいよ、俺達楽しみにしてたのにね…。」
「洋平のけちー…、へんたいー…。」

シロの変態、は使い方が間違っているとは思うが、そんな風に言われると俺が悪いことをしている気分になる。
大きな目を潤ませて、じっと俺を見つめたりなんかして。
この二人なら、このまま本当に泣きかねない。
泣き落としなんて騙されるか、と思ったけれど、騙すなんてことも知らなそうだ。


「わ…、わかった。」
「え!わかった?わかったって?!」
「いいってことか?洋平。」

すぐに俺は二人に負けてしまった。
今の俺は、純粋で無邪気な子供に叶わない大人そのものだ。
眉間に皺を溜めながら仕方なくそれを許すと、シロも志摩もたちまち笑顔になる。
許すも何も、俺が勝手にダメだと言っただけだけど。


「その代わり俺達もついて行くけどいいよな?」
「えっ!ホント?一緒に行ってくれるの?」
「やったー!シマ、やったな!猫神様も一緒〜。」
「わ、私も行くのか…?」

手を取り合って喜んでいる二人の傍では、銀華が驚いている。
そりゃあそうだ、俺達、なんてこれがまた勝手に決めてしまったんだから。
怒らないだけまだよかったけれど。


「しかし洋平、お前は明日も仕事では…。」
「あっ、あのさ…、実は休みになったんだよな…。」

そう、俺は実は、明日も休みになってしまったのだ。
帰る前に、親戚の子供はいつまでいるのか、と店長に聞かれた。
俺は正直に明日までだと言ってしまい、そしたら明日も休みを取れと言われてしまったのだ。
元々有給休暇が余りまくっていて日頃から消化しろ消化しろと言われていて、いい機会だから、ということで結局明日・明後日と取ることになってしまった。
それでも店長はもっと取れと言って利かなかったけれど。


「じゃあほらもう寝ろ、な?」
「うんっ!おやすみなさい!」
「おやすみ〜。」

今度こそ二人を奥の部屋に促して、戸を閉めた。
その後すぐにリビングの電気も消して、俺達も眠りに就いた。
銀華の寝息がいつもより少し遠くから聞こえて来て、久し振りに俺達は別々に寝たのだった。







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