「trouble travel」-3




「あっ、猫神様ー俺も手伝うー。」
「オレもオレも〜!」

ゲームに熱中していたはずのシロと志摩が突然コントローラを放り出した。
そう言えば近くで見ていた銀華が、先程から台所で夕飯の支度をしていた。
窓の外を見ると夕日が空をオレンジ色に染めていて、いつの間にかそんな時間になっていたことに気が付いた。


「いらぬ。お前達にうろつかれると作業が進まないからな。」
「えー!!そんなぁー。オレいっつもやってるもん!あ、愛妻弁当だって…!」
「そこまで聞いておらぬ。よいから…シロもあちらへ行っていろ。」
「猫神様〜…。」

好奇心旺盛なのか、誰かの役に立つことが好きなのか、ただ単にゲームに飽きたのか。
二人で走って向かったのに、一瞬にしてそれは却下されてしまった。
シロと志摩も銀華がしつこくされるのは嫌いなのを知っているのか、諦めて再び部屋へ戻って来る。
二人して同じように上目遣いで、頬を膨らませて。


「ぷ…っ、くくっ…。」
「あー!なんで洋平くん笑ってるの?!」
「オレ達が猫神様に話しかけたから怒ってるんだな?!やきもちってやつだぞシマ!」
「違うって…。だってその顔…ぷ…。」
「顔?!俺の顔変なの?!なんか付いてるの?!」
「シマ、さっきのお菓子ついてるんじゃないか?こっち見せて!」

戻って来たら戻って来たでまた騒ぎ出すもんだから、俺は笑いが止まらなくなってしまった。
お菓子が付いているかどうか確かめるためにシロが志摩の顔をじーっと見て調べている。
そんなものが付いていたら、俺よりも先にもっと早くに銀華が言うだろうに。


「いや、お前ら面白いよなー。っていうかそっくりだと思って。」
「えっ?!」

今度はお互いの顔を調べ始めたから、さすがに少し可哀想になってきて、俺は白状した。
白状したらしたで、また同じ顔をして同時に驚いた声を上げる。


「へっへー、だってシマはオレの弟ってやつみたいなもんだもんな!」
「うんっ!えへへ、似てるだってー。嬉しいねーシロ♪」
「本当に仲いいんだなぁ、シロと志摩は。」
「うん!なー?シマ。」
「うんっ!ねー?」
「そりゃあよかったなー。」

シロと志摩の笑顔に、なんだか俺まで和んでしまった。
その笑顔と同じ、真っ直ぐで純な二人が、人間として好きだと思った。
こんな風に素直に物が言えて感情を出すことが出来るのが羨ましくもある。
そして二人の頭を撫でたりして、俺は子供を見守る親父みたいだ。
しかも親バカみたいに、二人とも可愛いなぁ、いい子だなぁ、なんて思ったりして。
普段兄が二人を可愛い可愛いと撫でているのが、わかるような気がした。


「あっ、ご飯だ!猫神様もうできたの?」
「おお〜!すごい!」
「感心はよいから片付けて座れ。」
「はーい。」
「はーい。」
「洋平、運ぶのを手伝ってくれぬか。」
「はー
い…あーいや、う、うん。」

数十分して、台所から銀華が盆を持って現れた。
寝転がりながら再びゲームに夢中になっていたシロも志摩もその匂いに気付くと、一瞬にして起き上がってテーブルに駆け寄った。
なんだかエサが来て駆け寄って来る猫か犬みたいだ。
目を大きくまん丸に見開いて興奮しながら、ご飯の前で食べていいと言われるのを今か今かと待って。
俺までつられて二人みたいな返事をしてしまって、恥ずかしくなってしまった。


「わーいエビだ!エビのサラダがあるよ!」
「よかったなーシマ。」
「あぁ、もう食べてもよいぞ。」

目の前にエビを発見した志摩がはしゃぐ。
シロはさっき言ったように弟を見るみたいにして頭を撫でている。
志摩が現れるまで、俺の周りではシロが一番子供だと思っていた。
確かに今も子供っぽいし、志摩とそんなに変わらないかもしれない。
だけど普段から自分は志摩の兄みたいなものだと意識しているせいか、今日のシロは今まで見ていたシロよりも大人に見えた。


「猫神様…あの、美味しいです!」
「そうか、それはよかった。」
「猫神様、オレも美味しいです〜。」
「シロにそう言われると私も嬉しく思う。」

シロと志摩は次々に料理を口に運んで行く。
志摩は好きだと言うエビのサラダをすぐに平らげておかわりまでしていた。
他には鶏肉を焼いたものやほうれん草のおひたし、デザートにはこれまた二人の好きな団子が並んでいた。
こんなことを言うのもなんだけど、俺にとってはいつもと変わらない食事だ。
特に豪華というわけでも、普段より手が込んでいるというわけではない。
シロと志摩が大袈裟と言っていい程喜んでいる方が新鮮に見えてしまった。
俺はよっぽどこういう日常に慣れてしまっていたらしい。
本当はこんな風に毎日感動しているはずなのに、その慣れに誤魔化されそうになっていた。
最初にこんなご飯を作ってくれた時、あんなに感動したのに…。
俺は元々料理がそんなに得意ではなかったから、もっと有り難く頂戴しなければいけないのに。
慣れというものはある意味良くて、ある意味悪いことだと思った。


「洋平、どうしたのだ?不味いのか。」
「えっ!」
「また呆けていたぞ。」
「あ…、いやーその、美味いなぁって感動してて…。いつもありがとうな。」
「?気持ちが悪いな。」
「き、気持ち悪いとか言うなよ…。」

それが言えば言ったでこうだもんな…。
普段どれだけ俺が言っていないのかがわかるようなものだ。
これからはもう少し、感動だとか褒め言葉だとかを口に出来たらいい。
銀華もその方が喜ぶに違いない。
褒められて嬉しくない奴なんかいないはずなんだから。
口では今みたいに気持ち悪いだとか言うかもしれないけれど。

ご飯を終え、風呂に入り、これから寝る準備でもするかという時になって気が付いた。
うちには客用の布団が一つしかなかったということに。
普段泊まりに来るような人間もいないから、押入れから布団を出すまで気が付かなかったのだ。


「あーどうすっかな…。」
「洋平くーん、布団ありがとー!」
「へへっ、洋平んちの布団だ〜。」

ところが俺が押入れの前で悩んでいると、二人一緒に布団へ飛び込んでしまった。
銀華が普段から干していてくれたお陰で、二人を受け止めた布団はふかふかだった。
シロも志摩も気持ちよさそうにして布団に顔を伏せて寝そべっている。


「えっ、だってまだ志摩…、シロでもいいけど、一人分しか布団敷いてないけど…。」
「え?俺とシロ一緒に寝るよ?」
「うん!一緒に寝るぞ。」
「いや、まずいだろそりゃ…、うん、まずいって。」
「えー?何がまずいのー?」
「それって美味しくないってことか?」

シロはとんちんかんなことを言っているけれど、さすがに一緒に寝るのはどうかと思ったのだ。
いくら仲が良いとは言っても、子供だと言っても、二人の実年齢を考えると…。
それにもう恋も知っている。
それから発展してセックスすることだって知っている。
そんな二人が一緒に寝て何か間違いなんか起こったりしたら、俺は兄達に顔向け出来なくなってしまうからだ。
腕組みしながら考え込んでいると、銀華が後ろから小声で話し掛けて来る。


「洋平、お前は何かおかしな心配をしてはいないか。」
「え…、あーだってさ…。」
「シロと志摩に限ってそのような心配はいらぬと思うが。」
「でもさー…。」
「お前はシロと志摩を信用していないと言うことか。」
「えっ、違うって!まぁ違わないかもしれないけど…。」

確かに言われてみればそうだった。
銀華の言っていることは正しい。
シロと志摩に限ってそんなことがあるわけがない。
あんなにお互いの恋人にべったりなんだから。


「二人はよく一緒に昼寝をしているぞ。お互いの家でもそうらしい。」
「えっ、そうなのか?」
「ふ…、だから心配をするなと言っているのだ。」
「そ、そっかー、そうだよな!うん、余計な心配しちまった。」

俺は一体何をやっているんだか…。
これじゃあ銀華に呆れて笑われるのも仕方ない。
俺って奴は、本当に家の中のことを知らなかったのだ。
改めて気付かされた置いてきぼり感に、また少し寂しくなってしまった。
銀華が宥めるように、俺の顔を覗き込んでいたけれど。







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