「trouble travel」-2




「ただいまー…ただいまー、銀華ー?」

店の皆に対して罪悪感を覚えながら、俺はいつもより随分と早く帰宅した。
昼休みから数時間で早退なんて、銀華もびっくりすることだろう。
その言い訳をどう説明しようかと、重い足取りで玄関のドアを開けた。


「あっ、洋平〜。」
「洋平くんだー。おかえりなさーい!」
「シロ…、志摩も…。ただいま。あれ?銀華は?」

シロと志摩が俺の声と玄関を閉める音に気付いたのか、ぱたぱたと走ってやって来る。
二人して同じような大きい目で俺を見上げて、嬉しそうにして、本当に子供みたいだ。
結局俺も、二人を見れば子供扱いしてしまうのだ。


「しー、だぞ!洋平。」
「しーっなの!」
「へ…?」
「猫神様うとうとして寝ちゃったんだ、だからうるさくしちゃダメなんだ!」
「そーそーダメなの。」
「え…、寝ちゃった…?嘘、あいつ居眠りなんかしてんのか?」

口に人差し指を立てて、そんなことを言っているシロと志摩の方が声が大きいのには笑いそうになった。
それにしても銀華が居眠りだなんて…。
俺の前ではそんなところ、見せたことなんてなかった。
夜になって疲れていたのかすぐに眠ることはあっても、そんな無防備に人前で眠るだなんて。
俺の知らない銀華がそこにいるような気がして、それを見ることが出来るシロや志摩が少し羨ましく、少し悔しくなった。
だけど俺はもうわかっている。
それはやっぱり銀華なりの気遣いだってこと。
俺が早朝に起きるのに合わせて一緒に起きていることを、俺が申し訳なく思わないように。
疲れただとか眠いだとか言ってしまうと、俺が気にすると思って言わないようにしているのを俺は知っている。
そりゃあ惚気たくもなるよな…、こんな出来た恋人なんだから。


「ただいま…。」

俺が頭を撫でても、銀華は目を覚まそうとしない。
一定のリズムで心地の良い寝息を立てている。
こんな風に無防備になることも、こんな風に触れられることでさえ神経質になっていたのに。
俺のところに来て変わった、なんて自惚れてもいいのかな…。


「あ…。」

穏やかな気持ちで銀華の寝顔を見ながら頭を撫でていると、突き刺さるような視線を感じた。
思わず指先で摘んでいた髪を離す。


「へっへー洋平♪」
「えへへーラブラブー。」
「おいおい…。」
「洋平、キスはしないのか?」
「おはようのちゅー、俺も隼人としてるよー?」
「いや、俺はそういうのは…。っていうかまだ起きてねーし。」

実は毎朝しているだなんてとてもじゃないけど言えない。
シロも志摩も照れもせずによくそんなことが言えると思う。
シロの場合は兄の影響、志摩は元からそういうところがあった。
だからって俺まで流されて人前でキスだなんて…。
仮にしたとしても、銀華が怒るのが目に見えている。
まだ大きな目をキラキラさせてじーっと見続ける二人の肩を掴んで、リビングへと無理矢理押し込む。


「洋平〜、猫神様は?」
「ちゅーは?しないの?」
「いいからほら、寝てるんだから静かにしろって言ったのお前らだろ?」
「おお〜!洋平ってやっぱり優しいな!」
「ホントだねぇ、カッコいいー。」
「はいはい、わかったから。戸閉めるぞ。」

二人の頭をぽんぽんと軽く叩いて、奥の部屋の引き戸を閉めた。
まるで子供を宥めている父親の気分だ。
そしてリビングに行ったら行ったで、また二人は床に座ってベラベラと喋り出した。


「洋平、ゲームってやつないのか?テレビでやるやつ!」
「お腹空いた〜、お菓子食べたいよー。」
「えー?ゲーム?シロはそんなのやるのか?あーお菓子は台所になんかあるかな…。」
「洋平〜、これわかんないぞ、どこ押せばいいんだ?」
「俺ね、ケーキとかドーナツが好きー。猫神様いつもドーナツ作ってくれるんだよ!」
「えー?電源のことか?ドーナツ?そんなもんあるかな…。」

思っていた以上に二人は子供だということがわかった。
思い思いの行動と言動で、家の中を動き回って。
普段も二人で来ることが結構あると銀華から聞いたけれど、銀華はいつもこんな二人を相手にしているのだろうか。
あの人付き合いが苦手な銀華が良く出来るよな…。
シロはともかく志摩の場合は最初はそれこそ、「志摩という子供」だとか言って冷たくあしらっていたのに。


「洋平〜、これ映らないぞ!どうやるんだ?」
「ドーナツないよー、あっ、ぽてちがあった!これ食べてもいいの?」
「ここのやつ!これ線繋がってるのか?」
「洋平くん、このチョコレートは?箱に入ってるやつ!」
「あーもうちょっと待ってくれよ!ちょっと、一人ずつ…!」
「どうしたのだ、お前達…。」

その時慌てふためく俺の前に、救世主が現れた。
小さな欠伸をしながら、目を覚ました銀華が戸を開けてリビングに入って来たのだ。


「ぎ、銀華ーなんとかしてくれよー。」
「洋平…!どうしたのだ?いつもより随分早いが…。」
「いや、それは後で!それよりシロと志摩なんとかしてくれよー!」
「おかしな奴だな…。一体どうしたのだ?」

まだ完全に目が覚め切っていないのか、ぼんやりと俺達を見つめながら、銀華は近付いて来る。
ゲームの線やら何からと、台所では志摩が色んな菓子を散らかしてしまっていた。


「お前達はまったく…。よいか、これはここを押すとよいのだ。」
「あっ、そっかー。ありがとうございます猫神様!」
「それから志摩、それは自由に食べてもよいのだ。お前の相手が置いて行ったのだから。」
「えーそうなの?隼人が?!高そうなチョコレートだねー。」

す、凄い…。
俺がこんなに慌てていたと言うのに、いとも簡単にこの場を治めてしまった。
俺は仮にも自分の家だと言うのに、どこに何があるのかよくわかっていなかった。
だっていつもそういうのは銀華が全部覚えていてくれて、やってくれていたから…。


「どうしたのだ?」
「え…。」
「何か変なことでもあったと言うのか?呆けた顔をして。」
「あ…、いやー…、感心してただけ…。」

再びおかしな奴だ、と銀華が呟いて、穏やかな笑みを浮かべている。
その後はシロも志摩もゲームをしたり菓子を食べたりしていた。
相変わらずはしゃぎまくってたけれど、意外なことに銀華が怒ったりすることはなかった。
案外上手くやっているのだと思うと、少しだけ置いてきぼりにされた気分になった。
だけどそんな落ち込む暇なんかなかった。
シロと志摩が俺にもゲームで遊ぼうと言って利かなくて、仕方なくやり始めたらこれが俺まで熱中してしまったのだ。






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