「fragile」-6
梅雨が近いのか、夜の空気がやけに湿っていた。
誰もいない公園の境内で、息苦しくなるような激しいキスを繰り返した。
「もう一つ…、お前に言いたいことがある…。」
「え…何…?」
熱に浮かされたようにキスに応えていた銀華が、一瞬唇を離す。
銀華だけじゃない、俺ももうキスだけでおかしくなってしまいそうだった。
たった三日、触れていなかっただけでこんなになってしまうものなのか…。
「私を余り…、清い者と思わぬ方がよい…。」
「何それどういう……っ、銀華っ?!」
ぎゅっとしがみ付いて来たのかと思うと、そのまま銀華が俺に覆い被さって来た。
床に叩き付けられるようにして俺は倒れて、銀華を見上げる。
月明かりがちょうど後ろから照らしていて、髪の毛の先端まで綺麗に反射している。
「お前といると…、淫らな欲望を抑えられぬ…。」
「な…に…?」
「可笑しいだろう?笑ってくれてもよい…。」
「ちょ、ちょっと待ってそれって…。」
銀華は薄笑いを浮かべながら、俺の首筋をきつく吸った。
血流がそこに集まって固まってしまったみたいに、じくじくと痛んで痺れる。
荒い息遣いはやがて俺の下半身へ下りて、変化し始めていた中心部を捉えてしまった。
「洋平…っ、すまぬ…。」
「う…わ…っ、銀華…っ。」
ジッパーを下げられて、取り出されたそれが銀華の口の中に含まれる。
剥き出しになったそこが時々夜の空気に当たってひんやりとする。
熱く蕩けるような銀華の舌が根元から先端までを何度も這ううちに、俺のそこは急激に角度を変えてしまった。
銀華の唾液とは違う、俺から出された分泌液が濡れた音を響かせる。
「まずいって…っ、…っく……っ。」
こんなところでこんなことをして、誰かに見られたら。
薄れて行く意識の中で僅かに残っていた理性も、完全になくなってしまいそうだ。
気がつけば銀華の髪をぐしゃぐしゃに掴んで、行為に溺れてしまっていたのだから。
「銀華っ、離せ……っ、…イ……く…っ!」
寸前で無理矢理銀華の頭を退かせたけれど、どうやら間に合わなかったらしい。
吐き出された白濁液が、銀華の綺麗な頬を汚している。
「ご、ごめん…、ごめん銀華…。」
「よいのだ…、洋平、拭かなくてもよいのだ…。」
「いやでもせっかくの綺麗な顔が…。」
「先程も言っただろう…?私を清い者だと思うなと…、私は綺麗でも何でもない…。」
「そんなことない、お前は綺麗だ…、本当だ。」
「私はお前に馬鹿みたいに恋する、ただの人間の成り損ないだ…。」
そんなこと…言うなよ…。
人間の成り損ないだなんて…。
お前がそれでも俺のところに来てくれたから、俺はこんなに幸せなのに…。
銀華もそこまで言うつもりはなかったのか、一瞬口を噤んだ。
ただ俺が、銀華という奴を美化し過ぎていたせいだ。
そんな風に罪悪感や劣等感を持ってしまったのも、俺のせいだ…。
「いや、綺麗だ、やっぱり綺麗だ…。」
「淫らな私でもか…?」
「うん…っていうか…、どうせならもっと…。」
「……っ!洋平…っ。」
お前のその心が綺麗だって言ってるんだ。
嘘偽りなく、俺のことを真っ直ぐに思ってくれる心だ。
自分は厭らしいなんて白状するなんて、可愛いじゃないか。
そんなことを言われたら誰だって嬉しいに決まっている。
「もっとエロくなって欲しいんだけど。なぁ銀…、もっとエロいことしよう…?」
「…洋平……っ、…ん、駄目だ…っ!」
今度は俺が銀華に覆い被さった。
キスをしながら、その唇を首筋に滑らせる。
しかし性急に服の裾に手を掛けると、その手が銀華に止められた。
「なんで…?ここまでしたのに…。」
「その…、風呂に入らせてくれぬか…、三日も家に帰っていない…。」
「えっ、何お前、もしかしてずっと…。」
「すまぬ…、ずっと迷っていたのだ…。」
真っ赤になっている銀華が、手で自分の顔を覆う。
俺はてっきり今日の夕方でもここに来たものだと思っていたのだ。
だけどよく考えたらそうか…、あの時こいつは、よくわかった、そう言ったんだった。
もう出て行くことを決めていて、でも帰るところがなくて迷っていたんだ。
もしかしたら、神様に謝って帰らせてもらうことも考えていたかもしれない。
それでも出来なくて、どうしていいのかわからなくて、ずっとここで一人でいたんだ。
「どうしよう、俺、やっぱ死にそうなんだけど…。」
「洋平…?」
「いいよ、家帰って風呂入ってご飯食って…そんでいっぱいしよう?いっぱいエロいことしよう、銀華。」
「余り恥ずかしいことを…言うな…。」
降り出した小雨の中を歩きながら、俺は銀華の手を強く握った。
強く握って、もう離れないように。
俺から離れて行かないように、祈る気持ちだった。
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