「神様も恋をする」-8




「アオギ…、アオギ…うえぇ、アオギー…。」
「うわっ!なんだシマっ?どうしたんだよ…っ!」
「わぁっ!シマにゃんがまた人間に…!」

その瞬間を見て驚いた「志摩ちゃん」には目もくれないで、シマは俺に抱きついてきた。
ぼろぼろと涙を零して、顔がぐちゃぐちゃだ。
別の意味で俺も驚いてしまった。


「アオギ、会いたかったよー、うえぇーん…。」
「……え?!」
「そっかー、シマにゃん、やっぱり猫神様に会いたかったんだね…?」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ!」

なんだなんだ…?!
一体これは何が起きているんだ?
一体これはどういうことだ?
とりあえず落ち着こうとしてもそれどころじゃない。
俺の頭の中は混乱して、何も整理が出来なくなっている。


「アオギ、会いたかったの…、アオギ…好きだよぉー…!」
「え、えぇっ!!」
「でもアオギは違うんだもん、僕を帰したし…。バイバイした…。」
「いや、それは……。」
「でも僕、やっぱりアオギが好きなんだもん…。迷惑ってゆうのわかるけど…。」
「シマ…。」

今、俺の予想しないことがここで起きている。
シマが俺に会いたかった。
シマが俺に会えなくて元気がなかった。
シマが俺を好き…?
これは夢なのか?
俺の都合のいい夢なのか?
目の前で言われても、まだ信じることが出来ない。


「でもお前はこの志摩ちゃんに…、言ったんじゃないのか?好きだって。」
「えぇっ!僕が志摩ちゃんを?僕そんなこと言った?」
「あれ……、い、言ってない……か…?」
「志摩ちゃんは好きだけど違うよ、志摩ちゃんには隼人くんがいるもん。」

俺…、もしかして物凄く馬鹿なことしてないか…?
そう言えば、シマがちゃんと気持ちを話したことなんかなかったような気がしてきた…。
「志摩ちゃんが好き」なんてはっきりは聞いて…ないな…。


「でも俺がちゃんと言いたいこと言えって言ったらお前…。」
「うん、言ったよ…、アオギに聞いたこと…。」
「何?なんだよ急に真っ赤んなって…。」
「だ、だから…、志摩ちゃんと隼人くんのこと…、こ、交尾のこととか…。」
「シマにゃんー!恥ずかしいよー!」

俺は…、本物の馬鹿かもしれない…。
勝手に誤解して思い込んで、勝手にシマのことを帰して。
自分勝手にも程があるぞ…。
これほどまでに自分の性格を恨んだことはない。
何をやっているんだ俺は…。


「アオギ、ごめんね、いきなり…でも僕、会えてよか…っ。」
「おいシマにゃんにゃーん?なんでまた泣くんだよ?」
「だって…、アオギは僕のこと…っ。」
「俺は…、シマにゃんが、お前が好きなんだけどな…。」

髪を撫でて、小さな身体をぎゅっと抱き締める。
体温の高くて、つるつるした感触のいい肌。
頬なんか柔らかくて、ピンク色で。
俺の好きな、シマがここにいる。
それを身体で実感すると、素直に言葉が溢れて来る。


「アオギ…?ホント?それホント…??」
「ホントに決まってるだろー?ホントに好きだぞ。よちよち、泣くな、なー?シマシマにゃーん?」
「アオギー…!」
「ん、いっぱいなでなでしてやるからな。」

再び泣き出してしまったシマをより一層強く抱き締める。
俺に足りなかったもの、俺が欲しいものが腕の中にある。
これほど幸せなことはきっとない。


「よかったねー、シマにゃん…。」
「志摩ちゃん、あのね…、あの僕…。」

傍では「志摩ちゃん」も笑顔を浮かべている。
紅は鼻の下が伸びっ放しの俺に半分呆れているみたいだ。
どう思われてもいい、俺はシマがいればそれでいいんだ。
幸福感に浸っていると、腕の中にいたシマがするりと抜けて、「志摩ちゃん」に向き合った。


「シマにゃん…。」
「志摩ちゃん…。い、今までありがとうございました…。いっぱいお世話になったのにごめんなさい…!」
「うん…。」
「ぼく、どうしてもアオギと一緒にいたいの…、わがまま言ってごめんなさい…!」

俺はそこまで考えていなかった。
シマにとって「志摩ちゃん」は大事な人間だ。
今までシマと一緒にいてくれた、かけがえのない存在だ。
両思いになっても、シマは向こうへ帰るものだと思っていた俺はまた驚かされる。
まさか俺のために「志摩ちゃん」とさよならするなんて、考えてもみなかった。


「うん、俺、寂しいけど大丈夫だよ。」
「志摩ちゃん…、ごめんね…。」
「ううん、やっぱり大好きな人と一緒にいるのがいいよ、ね?シマにゃん。」
「ありがと…、志摩ちゃん、ありがと…。」

俺は、シマのことを子供だと思い過ぎていたのかもしれない。
恋の「好き」の意味もわかっていたし、俺に伝えにも来てくれた。
「志摩ちゃん」とのこともちゃんと考えていた。
子供なのは、俺の方かもしれないな…。


「あの、シマにゃん、こんな時に悪いんだけど…、服、着た方が…。」
「やー!見ないでぇー!し、志摩ちゃんそれちょうだい!」

今頃になって素っ裸の状態のシマが真っ赤になって身体を隠している。
俺も俺で、突然のことに驚いくことに気を取られて気付かなかった。
シマが「志摩ちゃん」の腕に掛けられた布を受け取る。
ここに来た時、包まっていた布地で、その色使いには見覚えがある。


「シマ…、それ…。」
「アオギあっち向いてて!」
「ふふ、シマにゃん、この布から離れなかったんだよねー?これ猫神様があげた服でしょ?」
「そうだけど…。」
「ずっとぎゅーってしがみ付いて鳴いてたの。やっぱり猫神様のこと好きだったんだねー。」

それにしても、この「志摩ちゃん」も志摩ちゃんで見た目より大人だ。
ちゃんとシマのことをわかっている。
わかっていないのは、俺だけだったのか…。
だけどここでもう一つ、説明しなければいけないことがある。
多分「志摩ちゃん」は誤解しているだけだと思うのだが、俺はシマに自分のことを嘘を吐いたままだ。


「その、シマ…。猫神様っていうのはだな…。」
「アオギが猫神様なんでしょ?」
「気付いてたのか?」
「うん、だって桃ちゃんがアオギ様って呼んでたし、丁寧な言葉使ってたから…。」
「そうか…。」
「猫に戻したのもアオギのような気がしてたの…なんでかわかんないけど…。」

それも、ちゃんとシマはわかっていた。
やっぱり俺だけだ。
俺だけわかっていなくて、一人で馬鹿みたいなことをしていた。
でもそれも嘘を吐いていい加減なことばかりした罰と思えばいい。
シマが俺を好きだと言ってくれたなら、そんな回り道も悪くない。


「時々遊びに来てね。隼人には話しておくね…。」
「うん、絶対遊びに行くよ!」

洞穴の前で、シマと「志摩ちゃん」は手を握り合った。
遊びに行こうと思えばいつでも行ける。
ちゃんと俺がそういうことは手配してやるつもりだ。


「猫神様、シマにゃんを…よろしくお願いします。」
「あぁ、わかった。」

「志摩ちゃん」は深々とお辞儀をして、送り役の紅と一緒に洞穴に入る。
もう一度振り向いて「元気でね」と言い残して、人間界へ帰って行った。
俺に、大事なものを託して。







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