「神様も恋をする」-6




わかっていたんだ。
物事には始まりがあれば終わりがあるということ…、いや、それ以前の問題だった。
気に入ったからと言って無理矢理自分のものにしようとしてもならないものはならない。
物ならともかく、シマはちゃんと意思を持った生きた動物なんだから。
始まりも何も、俺が勝手に始めただけで、何も始まってもいなかったんだ。


「桃ちゃんのお料理はおいしいね。」
「えーそう?でも今日は紅と一緒に作ったんだよ?ね、紅。」
「うん。」

シマの様子がおかしくなって来たのは、あれから三回夜を越えた頃だった。
桃や紅と今まで通り会話はするけれど、その声に元気がない。
吐き出される言葉の端々に、溜め息が混じっているみたいだった。


「志摩ちゃんもお料理うまいんだよ。ご飯おいしいの。」

もうそろそろ「志摩ちゃん」のところへ帰してやろう。
シマが好きだと言うなら、その恋を止めなくてもいい。
気持ちを言うだけで満足するかもしれないし。
そもそも俺に止める権利なんてどこにもないんだから。


「アオギ?どうしたの?全然食べてない。」
「…ん?あぁ、食う食う。いや、桃の料理はうまいなぁー。」
「青城さまが褒めるなんて気持ち悪いですぅ…。」
「おい、俺も一緒に作ったんだぞ。褒めろ。」

こんな会話も、もう終わりだ。
いくら俺でも、桃と紅…、恋人同士の間にいていい気分だったわけがない。
神様だって心のある生き物なんだ。
きれいごとだけで生きているわけではない。
羨ましいとも思えば、妬ましくもなる。
もしかしたら、寂しいという思いもあったかもしれない。
そこにシマを置いて、俺は恋人気分にでもなっていたのだろうか。
だとしたら単なる自己満足のために、シマにはとても悪いことをしてしまった。
それとも、恋人気分を味わえただけでもいいと感謝するべきだろうか。
いずれにしろ、関係のないシマには迷惑なことだったに違いはない。
今になって、自分のしたことに後悔を覚えていた。


「アオギ、やっぱりこれ難しいよー。」
「ん?どれどれ、ほらあーんしろ。」
「あーん。」
「ん、よく出来たなー。」

やっぱり箸が使えないシマの口に食べ物を運んでやる。
知らない奴が見たら甘い関係に見えるだろう。
知っている桃と紅でさえ俺達を見て顔を赤らめているんだ。
実際はそんなことは全然ないのに。
シマはまだ子供で、人間の姿になったばかりで、何も知らないから俺に懐いているだけだ。
猫神様に会いたいからここにいるだけだ。
早くしないと、自分が辛くなるだけなんだ…。


「アオギ?あー。」
「シマ…、ご飯終わったらちょっと…。」
「うん?わかったー。ご飯ー。」
「はいはい、あーん。」

こっちが決意してるのに、シマが甘えてくるなんて、皮肉なものだ。
シマに食べさせるのに夢中でと言い訳をして、俺はほとんど自分の食事に手を付けなかった。








「シマ、猫神様に会わせてやるよ。」
「えっ!本当?」
「ホントホント。」
「ふーん…そっか…。」

こん言葉でしか別れのことを切り出せない。
魔法のことは、もう適当に何とかするしかない。
変装でも何でもやろうと思えばいくらでも手はある。
その前に…、もう一度だけ…。
止めればいいのに、また俺の中で欲望が膨らみ始めてしまう。


「猫神様に会わせるってことはどういうことかわかるか?」
「あ…、う、うん…。」
「交尾したらって言ったよな?俺。」
「うん…。」

シマから満面の笑顔が消える。
俯いて真っ赤になって、ベッドに座ってもじもじしている。
どうしてこんなにすぐに騙されるんだ…。
こんなんじゃ世の中渡っていけないぞ。
あぁ、いいのか…、傍に可愛がってくれる奴がいるんだもんな…。
どうせ途中でまたパンチされるとは思ったが、俺はシマにキスをして、ゆっくりと押し倒した。


「シマ…?」
「んーんー。」
「シマ…。」
「アオギ…、アオギ…。」

目をぎゅっと瞑って、全身に力を入れている。
パンチの準備でもしているんだろう。
ちょっと触ってもう止めてやろう。
そして笑ってからかって、笑顔で送り出そう。
シマの行動と脳内を予想して、この先の自分の行動まで考えていた。


「アオギ…、いいよ、早く…。」

なのにお前がそんなこと言うから。
閉じた瞼の端に涙まで溜めて。
絶対に拒否するところでしないから。
本当は拒否したくて仕方がないくせに、我慢して。
そこまでして猫神様に会いたいシマの思いが、痛い程伝わってきた。
「志摩ちゃん」を思って、そのために好きでもない奴と交尾まで…。


「じゃあ行くか。」
「アオギ…?」
「人間界、戻るぞ。」
「え?あの、アオギ…?」

俺が馬鹿だった。
最初から無理なことを自分で何とか出来ると思っていた。
俺は神様で、魔法も使える。
今まで自分の思う通りにだいたいやれてきた。
だけど心は…、シマの心は俺の魔法でなんかどうにもならないんだ。
自信過剰だった俺を悔い改めるためにシマと出会ったのかもしれない。
そう思えば、何も悲しむこともない…。


「いいんだ、ちゃんと志摩ちゃんに伝えろよ?」
「うん…、あのでも…。」
「猫神様には連絡しておくから。服もそれ着て行け。それお前にやるから。」
「う…、うん…。」

これでいい。
シマは元の場所へ戻って、俺はここで桃と紅と生活をする。
魔法を教えて、俺は世の猫のために魔法を使う。
元に戻るだけだ。
それだけだ。








「あの、アオギ…。」
「ん?どうした?」
「猫神様は?」
「あぁ、心配するな、ちゃんと連絡してあるから。」

翌日になって、俺はシマを連れて人間界へ向かった。
洞穴の扉から、人間界の神社へ。
神界と人間界を繋ぐ空間を抜けて、シマと出会ったところへいた。


「あの、僕志摩ちゃんに…。」
「大丈夫だ、うまくいかなくても言うだけ言え。すっきりするから。」
「うん、そうだね…。」
「じゃあ行くぞ。ちゃんと掴まれよ。」

うまくいかなくても好きだと言うことは出来る。
言うことでシマも気が済むかもしれない。
言えなくてもやもやして、それで悩むよりはいい。
せっかく人間の姿になったんだ、一番伝えたいことを伝えればいい。
だけどシマに言っておきながら、自分はどうなんだ。
俺は嘘ばかりで、本当のこと、言いたいことを言えているのか?
自問自答を繰り返しながら、シマの住処まで送って行った。


「明日になったら魔法は解けるようになってるから。」
「そうなの?」
「そう。猫神様は忙しくてそれだけやって行ったから。」
「ふーん…。」

最後まで、俺は嘘吐きでいい加減で適当だった。
それでもシマは俺の言葉に納得して、「志摩ちゃん」の元へ帰る。


「シマにゃん、頑張れよ。な、シマにゃんにゃん。」
「アオギ…、うん!ありがと!」

本当に最後の最後に、俺はシマの頭を撫でた。
今度からは、一番好きな奴に撫でてもらえる。
頑張れ、シマ。
それと、この後落ち込みそうな俺もだ。
シマの後ろ姿を見送って、俺はその場から立ち去った。
「志摩ちゃん」との再会の場面を見ないで去ったのは、俺のなけなしの意地だった。

短い間だったけど、今まで経験したことがないぐらい楽しくて充実していた。
ありがとう、は俺の台詞だ、シマ。
ありがとうな、元気でな、シマ。
それも言えないまま、俺とシマの生活は終わった。







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