「神様も恋をする」-5




「シマにゃんこー、さっきの聞きたいことって…。」
「こっち来て。こっち。」

食事を終えて、食器を運ぶシマの後をついて訊ねる。
また顔がほんのり染まって、もじもじしながら俺の手を引っ張る。
俺より随分小さくて、体温の高い手だ。
骨の感触もあまりなくて、柔らかくて気持ちいい。
手だけじゃなくて、もっと身体中触れ合いたいのに…。
そんな欲望をなんとか抑えながら、自分の部屋へ向かった。


「何だ、桃と紅の前じゃ話せないことか?ん?」
「うん…、あの…、あの…。」
「どうしたシマにゃん、そーんな可愛い顔して。襲っちゃうぞー?」
「わっわっ、アオギ…!あの、あの!!そうゆうの!!」

ぎゅっと抱き締めると、腕の中でシマがバタバタもがく。
逃げようとすると余計追いかけたくなるのは当然のことだ。
二匹だけでこんな密室にいたら、抑えたはずの欲望も再び湧き上がるというものだ。
とりあえずは暴れるのを何とかしようと、髪をくしゃくしゃ撫でると、予想通りシマはおとなしくなってしまった。


「そうゆうの?」
「あの、アオギはそうゆうこと好きなの?僕をぎゅってしたり、ちゅーしたり…。」
「うん、好きだな。」
「あの、あの、じゃあ桃ちゃんと紅ちゃんは?」
「は?桃と紅??」
「桃ちゃんと紅ちゃん…、どっちも雄じゃないの?」

突然出て来た桃と紅の名前に、一瞬話が掴めなかった。
だけど雄という性別を表す言葉が出て、全部を理解した。
シマが聞きたいこと、真っ赤になっていた理由も。
多分俺が桃と紅に向かって交尾が何だの言っていたのをシマは疑問に思っていたのだろう。
さすがに雄同士で愛するところなんて見たこともしたこともないか…。
それなら聞かれた通りに答えるしかない。


「どっちも雄だけど交尾は出来るぞ。」
「そ、そうなんだ…。うーんうーん…。」
「シマにゃん?」
「うーん…。あのね、アオギ…。」

一度は納得したかのように見えたシマが、また真っ赤になって俯いてしまった。
もごもごとどもりながら、指先を絡ませて、その仕草が何とも言えないぐらい可愛らしい。
こんな話はいいから、早くことに運びたくて仕方ない。
だけどこういうことは大事なことだ、無視するわけにもいかない。


「どうした、何でも聞け。」
「うんとね、志摩ちゃん…。」
「志摩ちゃん?飼い主だよな?」
「うん、志摩ちゃんと隼人くんも…してたかもしれないの…。」

多分シマが話したかったのはこのことだと思った。
桃や紅のことを聞いて確かめて、本当に言いたかったのはこのことなんだと。
猫だった時に飼い主二人の現場でも見てしまったんだろう。
それはよくあることだから、説明すれば納得することだ。
納得できないのは、シマの気持ちの問題で…。


「人間だって交尾はするだろ?」
「うん、でも僕、雄同士でできるって知らなくて…。」
「は?何?雄?志摩ちゃんって男だったのか?!」
「うん、そうだよ?」

これはややこしいことになった。
名前だけ聞いて、しかもちゃん付けで呼んでいるから、俺はてっきり男女のカップルか何かだと思っていたのだ。
二人の行為を見ただけでなく、シマがその「志摩ちゃん」を好きだというのがややこしい。
これじゃあ「志摩ちゃん」に恋してもオッケーと俺は言ったことになる。
どうしたらシマは、その「志摩ちゃん」を諦めてくれるんだ…?


「シマにゃん…。」
「アオギ?あの、僕…。」
「だからシマにゃんと俺も出来るんだぞ、交尾。」
「えっ、アオギっ?んっんっ、アオギ…っ!」

どすればいいかなんて、答えは簡単だ。
俺の方を見るように、俺のことを考えるようにすればいい。
俺でいっぱいになるように仕向ければいいんだ。
単純な子供のことだ、強引に持っていけばなるようになる。
ベッドに座っていたシマの上に乗ってキスをしながら、そのまま布団に沈めた。


「理解できないならしてみればいいんだ。そうすりゃわかるぞ。」
「んっ、アオギっ、やぁ…っ!」
「あぁそうだ、交尾させてくれたらすぐにでも猫神様に会わせてやるよ。」
「そんなぁっ、あっ、や…っ。」

俺は最低だ。
こんな脅しみたいなことをして、騙して。
シマが単純で無知なのをいいことに、汚い真似をして。
シマの一番いいところを利用するなんて、何て駄目な大人なんだ。
そう自分を責めているのに、唇も手も止まらない。
キスや愛撫だけで面白い程敏感に反応されたら、止まるわけなんてない。


「シマにゃんにゃん、交尾しようなー?」
「や…、やぁーっ!!」
「…いって!!あいてっ、バカっ、殴るなっ!わかったやめるから!」
「やだやだやだっ!やだぁーっ!!」

シマの拳が思い切り頬に当たる。
これこそ猫パンチだなんて呑気なことを考える余裕もないぐらいの勢いだ。
容赦ないパンチが飛んで来て止みそうにないので、仕方なく断念する。


「こういう時だけ強いのかよ…。」
「アオギが変なことするからだもんっ。フンだ!」

あーあ…、これは完璧に怒らせたな…。
そんなに頬膨らませて横向いて拗ねた顔して。
可愛いだけだからやめた方がいいのに…。
俺を余計刺激するってこと、わかってないなー…。
それでも俺は、心のどこかで安心していた。
シマが殴って拒否してくれてよかったと。
もしあそこで殴られなかったら、俺は確実にシマと交尾をしていた。
あの猫パンチは、俺の目と理性と僅かに残った良心を覚ましてくれたんだと思う。


「悪い悪い、もうしないから、な?」
「ホント?」
「しないしない。だからこっち向いてくれよ。」
「アオギ…。」

子供相手にご機嫌取りまでするなんて…。
俺はもうプライドも何もあったもんじゃなかった。
それでもシマがまた笑ってくれるならいい。
俺に懐いてずっと笑顔でいてくれるなら何でも出来ると思った。
ずっと、なんて出来るわけがないのはわかっているけれど。


「よちよち。シマにゃんいい子だなー可愛いなー。」
「アオギ…、ごめんね、いっぱい叩いちゃった…。」

すぐにシマは俺の方を向いてくれた。
乱れた服を直して、ぎゅっと抱き締める。
髪を撫でて、おでこにキスをして、甘やかす振りをして実は俺が甘えているのだ。
しゅんとなったシマが、さっきのパンチのことを謝って、俺にキスをしてくれる。
このことによって、俺の中の罪悪感は益々増えていくばかりだ。


「いいんだいいんだ。」
「へっへー…アオギー。なでなで気持ちいい。」
「ん?じゃあ交尾もするか?」
「そうじゃないの!」
「ははっ、うそうそ、まぁその気になったらいつでもいいぞ。」
「もー。」

その罪悪感を打ち消すには、笑って誤魔化すしかなかった。
本当は、一時だけ忘れるだけで打ち消すことなんて出来るわけがないのに。
交尾させたら、なんて日が来ないのもわかっている。
そろそろシマを解放してやらなきゃいけないのも…。
したくないのにしなければいけない、そんな相反する思いで、俺の心の中は混濁状態だった。






back/next