「神様も恋をする」-3




「あれ…?青城さま、早かったで………。」
「ちゃんと仕事して来たんだ………。」
「ん?なんだなんだ、桃も紅も。どうかしたのか?」

早々に戻った俺を、桃と紅が出迎える。
その視線が俺の胸元に向くと、二匹は言葉を詰まらせてぴたりと動きが止まった。


「あ、青城さま…!とうとうやってしまったんですか…。」
「まさか誘拐までする奴だったなんてな…。」
「こらこら、ちょっと待て。人聞きの悪いこと言うなよ。」
「じゃあ誰なんですかその子は!人間界からさらって来たんでしょう?」
「しかもそいつ裸じゃないか!こ、こ、交尾したんだな?!」
「あー、待て待て!ちょっと待てって!」

俺という奴はこの二匹の中でどんな奴だと認識されているんだろう。
確かにいつも交尾だの言ってるけど、誘拐なんて、どれだけ悪い奴なんだろう。
一応神様なんだから、普通に考えて犯罪なんで出来るわけがないのに。
まぁそれも神様だと思われていないということか…。


「あー桃、紅、ちょっとこっちに…。」
「なんですか?」
「いいからちょっと、ちょっとこっちに来い。」
「桃に触るなよ?」

しかし今ここで桃と紅を責めることは出来ない。
いつもなら、神様を何だと思っている、なんて文句の一つも言えたが、
俺はさっきシマに、猫神様のところで修業している者だと言ってしまったからだ。
色々と話を合わせるために、不審な表情の二匹を物陰に呼び寄せる。


「いいか、俺が猫神様だってあいつには言うなよ?」
「えー?なんですかそれ…だって青城さまはいつも…。」
「いいから言うな!紅もいいな?」
「青城、なんか悪いことしてるんだな?やっぱり誘拐だ!」

やっぱり誘拐ってなんだそりゃ…。
俺が小さい猫(姿は人間だけど)連れてたらそう思われるのかよ…。
ここでシマに神様だってばれて、ちゃんとした魔法をかけたら俺の楽しい生活は終わってしまう。
そんな邪魔はさせてたまるかってんだ。
せっかく久々に好みの奴を見つけて、これから色々しようと思ってたのに。


「いいか、言ったらもう魔法教えないからな。」
「えー!青城さまひどいですぅー!」
「それとも大猫神にお前らのことバラしちゃおっかなー?」
「むかつく!お前最低だ!」
「お、そんなこと言うと俺の魔法で二匹ともぬいぐるみにしちゃうぞ?」

職権乱用、結構じゃないか。
神様ってのはこういう時便利だよなぁ。
この立場を利用しなくてどうするんだよ俺の人生…、猫生っていうのか?
桃と紅が最低だ最低だと繰り返すのを無視して、シマのところまで戻った。


「アオギ、服は?」
「そうだなー、どれがいいかな、セーラー服なんかどうだ?あ、着ぐるみもあるぞ。」
「あ、青城さまっ、なんですかその服達は!一体どこから…。」
「なんだ桃、うるさいぞ。人間界で買って来るに決まってるだろ。泥棒なんかしてないぞ。」

こういうことのために人間の格好してるんだろうが。
人間界に行った時、この姿だと怪しまれることはまずない。
普通にコンビニにもデパートにも行ったことがある。
神様としての報酬を大猫神に頼んで人間界の金にしてもらうのだ。
何か人間界で必要なものがあれば買うことも許されている。
猫の世界だとばれないことが大前提だが、神様ぐらいになるとそんなヘマをする奴はまずいない。
だけどまさか俺がこんなものを買っているとは大猫神も思ってはいないだろうけれど。


「どれでもいいけど普通のがいい…。」
「んじゃわかった、これな。ほら、着て来い。」

あまり挑発的な格好をさせて桃と紅まで興奮したらよくない。
俺の趣味の服を着せるのは夜にでもすることにして、仕方なく普通の服を選んだ。
その服を手渡すと、シマはきょとんとした目をしている。


「僕わかんないよ、服着たことないもん。」
「そうか、んじゃほら、ばんざいしろ。」
「うん…、んー…。」
「ん、よちよち、えらいな、シマシマにゃーん。」

可愛い裸も、夜までは見納めだ。
言いなりになって手を上げたシマに、頭から服を被せる。
乱れた髪を優しく撫でるようにして褒めてやると、意外なことに笑顔を見せた。


「あのね、志摩ちゃんもよくやってくれるの。」
「え?何をだ?」
「なでなでーってしてくれる。隼人くんも。ちゅーもしてくれるよ。」
「ふーん…。」

ついさっきまでシマは飼い猫だったんだ。
服を着るのが初めてなのも、撫でられるのが嬉しいのもわかる。
キスした時疑問には思っていたみたいだけど、そこまで毛嫌いした様子ではなかった。
抱き締めた時も、ちょっと驚いたぐらいで、後はおとなしくしていた。
シマがどれだけ飼い主に可愛がられていたかが窺えた気がした。
そんなシマをここに連れて来たことに、少しだけ罪悪感に苛まれた。


「アオギ、お腹減った、ご飯食べたい…。」
「そうかそうか、おい桃、紅、飯だ、支度しろ。」
「はーい…。」

訂正訂正、罪悪感に負けたらお終いだ。
シマが寂しいだとか言わない限り、そのことは忘れよう。
寂しいと言わせないぐらいに、俺が楽しませてやればいいんだし。
いまいち納得がいっていない桃と紅に飯の支度を言いつけると、シマと部屋の椅子に座って待った 。


「アオギ、これ難しいね。」
「ん?あぁ、箸なんか使ったことないか。どれ、口開けろ。」
「あー…。」
「はい、あーん♪」

食卓について、この日三度目の食事が始まった。
意外にも桃と紅が作った食事は、なかなか美味い。
箸を不器用に操って食べようとするシマの口に食べ物を運んでやる。
素直に口を開けて待っている顔が、なんとも言えないぐらい可愛い。


「青城さま…、鼻の下が伸びてます…。」
「青城、気持ち悪い…。」
「気持ち悪くなんかないよなー?なぁシマにゃんにゃん。」
「アオギ、これ美味しい!」

桃と紅の呆れた声なんかなんのその、俺は結局最後までシマに食べさせてやった。
この数時間でわかったのは、シマは飼い主に物凄く可愛がられているということと、
シマは物凄く甘えるのが好きだということだ。
そんなに可愛がってもらえていたなら、甘えん坊になるのも当然だ。
だからこそ人間の姿になって飼い主に礼が言いたいんだろう。
だけどあの時途中で気付かれて聞けなかったシマの心の中の言葉…。

『志摩ちゃん。 志摩ちゃん、僕ね…、僕…、あの…。』

あれは、その飼い主に対してそれ以上の感情が混じった思いだった。



「シマにゃん、風呂入るか。」
「うんっ、あのね、僕お風呂好きだよ。」
「そうかそうか、風呂が好きか。」
「うんっ、志摩ちゃんと時々一緒に入るもん。」

そう、何度も出て来る「志摩」という人間に対しての思いは、恋に違いないと思った。
シマは、そいつに好きだと言いたいのだろう。
だけどそれはしてはいけないことだ。
人間に恋をするなんて。
それでうまくいったりしてまたシロや銀華のようになったら…。
そのことを考えると、なぜだか胸の辺りがモヤモヤしてしまった。








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