「神様も恋をする」-2




「いてて…。ったくもう…。」

この地に来てから、何度か人間界には足を運んだが、どうもここの神界扉の辺りは傷んでしまっているようだ。
身体のあちこちをぶつけて、顔を歪めながらやっとの思いで人間界に出た。
メンテぐらいしろ、なんて大猫神に言ったも結局自分がやる羽目になりそうだ。
本当に使えなくなったら困るから、そのうちやるしかない。


「ん…?」

ふと、神社の辺りをうろうろしている影が目に入る。
その正体をこっそり柱の陰から見てみることにした。


「み〜…。」

小さくて、縞々柄の猫だ。
毛並みも整っていて身体も綺麗だし、首輪も付いているということは、どこかの飼い猫だろう。
抱っこでもして触れたら柔らかくて気持ちよさそうだ。

「み〜?」
「な…!」

俺の気配に気付いたのか、その猫がこちらを振り向いた。
その顔を見た途端、胸がざわめく。
なんだよ、めちゃめちゃ可愛いじゃないか…。
目がキラキラしていて、大きくて、まさに俺の好きなタイプだったのだ。
そしてこの入り口の辺りをうろうろしているということは、扉の向こうに行こうとしているとみた。
何か相談か、魔法のお願いか。
気になった俺は、自分の服の袖から鏡を取り出す。
鏡は鏡でも、これは猫や人間、各個体の行動や過去を覗いたりするものだ。
家に置いてある水晶玉のお出掛け用と言ったところだ。
俺はこれにちょっと改造を加えて、心まで覗けるようにした。
本当はあまり心を覗くなんてよくないのだが、場合によっては非常に役に立つこともある。
その猫に興味を持った俺は、鏡で何を考えているのか覗くことにした。


『志摩ちゃん、いつも可愛がってくれてありがとう。
僕ね、ずっと志摩ちゃんにお礼を言いたかったんだ。
猫のまんまじゃ言葉を話せないから、今から猫神様に会って人間の姿にしてもらうんだ。』

ふーん…、なるほどな…。
人間にお礼を言いたいから人間の姿にして欲しい。
志摩というのはさしずめ飼い主の名前と言ったところだろう。
それは一番多い相談で、一番よく使う魔法だ。
そしてお礼にその人間の願いを一つ叶えて、猫に戻る。
つまりはそこで、魔法が解けるということだ。
今まで何度もそれをしてきたし、そんな猫を何匹も見てきた。
その中で、今日定期考査に行くシロは、罪を犯してしまったのだ。
人間に恋をして、交尾をしてしまって、罰として猫に戻れなくなった。
一生傍にいるように、なんて、銀華も罰なんだか何だかわからないことをして。
その銀華も、人間と恋に落ちて、今はもうこの世界にはいない。
だからこそ俺がここにいるんだが。
まぁこんな事例は滅多にないから、その魔法は今も禁止になったわけではない。
かけようと思えばすぐにでもかけられる。
それは簡単なんだが…。


『志摩ちゃん。 志摩ちゃん、僕ね…、僕…、あの…。』

もしかして、この猫も飼い主の人間を好きなんじゃ…?
その先を知りたくて、一生懸命鏡を覗き込んで念じる。


「…誰?」
「……あ。」

しまった…、そう思った時にはもう遅かった。
鏡に夢中になっていて、その猫が近付いて来ることに気付かなかったのだ。
俺がその猫神様だから、魔法をかけてやろうか?そう言えば済むことだったのに…。


「もしかして、猫神様…?」
「…いや、違う。」

俺はそこで、嘘を吐いてしまったのだ。
このままその猫に魔法をかけて、それで終わりにしたくなかった。
いい神様、それで終わりにしたくなかった。
退屈だった日々に、何かが飛び込んで来た気がしたのだ。


「なぁーんだぁ…。そうなんだ…。」
「あぁ、でも魔法は使えるけどな。」
「えっ、ホント?じゃあ僕を人間の姿にできる?」
「まぁそれぐらいなら…、試してみるか?」

猫がぶんぶんと縦に首を振るのを見て、しめたと思った。
一瞬のうちに、俺の中に色々な企みが浮かんでしまった。
ちょっとこいつで遊んでみたい、そんな悪どい考えが、俺を支配していた。


「んじゃあ、ほれ。」
「わ…!」

猫を指差して、呪文を唱える。
指先から出る光が、猫の身体に射して、光の塊になる。
さて、どんな人間の姿になるのか。
俺好みに仕上がるか、期待しながら眩しい光が消えるのを待った。


「うーん…、眩しいー…。」
「どうだ?人間の姿になった感想は。」
「わ!ホントになってる…!」
「当たり前だ、ちゃんと魔法をかけたんだからな。」

猫とはまったく違う人間の肌の色や長い手足を確かめている。
これは…想像以上にいい出来というか、好みだ。


「あの…、一つ聞いていい?」
「ん?なんだ?」
「ホントは誰?神様じゃないの?何してる人?名前は?」
「おいおい、一つになってないぞ。」

大きな目が、俺を真っ直ぐに見ている。
艶のある茶色の髪に、白い肌。
頬がほんのりピンク色で、柔らかそうだ。
ここで猫神だと言ったら、事務的な話をして終わってしまう。
さっきから俺はこの猫との終わりを、恐れていたのだ。


「猫神様の下で修業してるんだよ、名前はアオギ。」

こんな嘘に引っ掛かるとは思わなかったけれど、まだ小さいからな…。
純粋というか単純なんだろう。
それはそれで助かるが。


「ふーん、アオギすごいね…。あの、あともう一つ…。」
「何だ?」
「なんで僕…、は、裸なの…?」
「あーいやそれは…。」

俺の趣味で、もしくは俺の希望で。
なんて言ったら引っ掛かれそうだよな…。
しかし頭なんてもんはこういう時に使うもので、見事に俺の中で嘘や言い訳が思い浮かぶ。
魔法だけじゃなくて悪知恵においても天才なんじゃないかと自惚れそうになった。


「まだ修業だって言ったろ。完璧じゃなくて悪いな。」
「ふーん、そっか…、あの、じゃあ戻してもらっていい?猫神様に会いに行ってちゃんと頼むから。」
「猫神様なら今いねぇぞ。」
「えぇっ!いない?そんなぁ…。あの、じゃあ今度行くから元に戻すだけ…。」

そ・う・は・い・く・か・よ♪
一度俺の罠に引っ掛かったら簡単に抜けられないんだなーこれが。
久々の楽しい出来事に、胸弾ませながら、猫の身体をじっと見る。


「お前、名前は?」
「え…あの、元に…。」
「名前は?何って言うんだ?」
「シマ。縞々だからシマ。志摩ちゃんと隼人くんが付けてくれた。シマにゃんって呼ばれてる。」
「ふーん、シマシマにゃんこか。しっかし可愛いなぁ…。」
「あの…、アオギ…?」

楽しくて笑いが止まらない。
不思議そうに見つめるシマの身体を引き寄せて、ぎゅっと抱き締めた。


「ぐっはー、柔らけぇ…、いい感触!」
「あの、な、何して…。」
「触らしてくれ。」
「えっ!触るって…?アオギっ?アオ…っ!」

古い木の床に、そのまま押し倒して、ちゅっと音を立ててキスをした。
驚いたシマは、目を丸くしている。


「なんでちゅーする…?」
「ちゅーだけじゃないぞ。」
「えっ、あの、あっ、ん…っ!」
「感度良好だな。小さくてつるんとして可愛いなぁ…。」

剥きだしの下半身に触れると、シマの口から甘い声が漏れる。
俺の理想通り、まだ毛も生え揃っていない、幼く可愛いそれを、掌で包んだ。
小さくても触れば勃つだろうし濡れるだろうし、気持ちもいいだろう。
この感覚は、久々だ…。


「よし、お前、俺の愛猫になれ。」
「愛…猫…?」
「俺と交尾しろ。交尾はいいぞ、気持ちがいいからな。」
「な…っ!や、やだぁ…っ!は、離せ───っ!!」

シマが叫びながら、俺を勢いよく突き飛ばした。
あまりの力の強さに、床に頭をぶつける。


「いてー…、何するんだよ…。」
「そそそそれはこっちの台詞…、こ、交尾なんて…っ!ぼ、僕帰るっ!」
「へぇ、その格好で帰るんだ?すっぽんぽんで。逮捕されるか交尾されんぞ。」
「じゃあ元に戻してよ!猫に戻して!」

真っ赤になってそんなこと言っても可愛いだけなのに無駄なことを…。
素っ裸で人間界に帰ったらどうなるかぐらいわかってるだろう。
そんな簡単に戻すわけないのにな、バカってところもストライクど真ん中だ。


「無理。言っただろ、完璧じゃないって。」
「そんな…!じゃあその服貸して!」
「い・や・だ・ねー、これ俺の服だもーん。」
「じゃあ猫神様に…。」
「いないって言ったよなぁ?まぁそのうち会わせてやることはできるけどな。」
「じゃあそのうちでいいから会わせて!」

あぁ、どうしよう、物凄く楽しいぞ…。
たった一匹の猫のお陰で、俺の生活に潤いが…。
これは逃してたまるか、楽しませてもらうぞ。


「ただし、俺の近くにいないと会えないぞ。ついて来るか?」
「う、うん…!」
「オッケーオッケー、わかった、んじゃ来い。」
「わっ、そんなぎゅってしないで…。」
「丸見えになっちゃうぞー、いいのかなー?せっかく隠してやってんのに。向こうには他にもいるんだぞ、仲間が。」
「う…、わかった…。」

いや実に楽しい。
俺はシロの定期審査という最初の目的を綺麗さっぱり忘れて、人間の姿になったシマを抱き締めたまま、神界扉を開けた。
これからこいつとのめくるめく官能的生活が待っているかと思うと、スキップでもしたい気分だった。
どうからかって、どう遊んで、どうエロいことをしてやろうか。
頭の中はもうそのことだけだった。






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