「神様も恋をする」-1




毎日が楽しくないわけではない。
かと言って楽しくて仕方がないわけでもない。
つまらないと言えばそうだし、平凡で安泰と言えばそうだし…。
強いて言うなら、何かが足りない、そんな日々を俺は送っていた。


「青城さまぁー、ここはどうすればいいんですか?」
「んぁー?」
「おい青城、さぼるなよ、ちゃんと教えろ。」
「あー?それか。そんなもん本に書いてあるだろ。」

従猫、そして魔法使い見習いの桃と紅のところへやって来て人間界で言うと一月が過ぎた。
桃は小さくて可愛い感じの猫、逆に紅はデカくて強気な感じの猫だ。
ここでの猫というのは姿は人間とほぼ一緒、尻尾があるぐらいだ。
俺みたいにちゃんとした魔法使いともなれば、その尻尾も自然に消すことが出来るから、人間と区別が付かない。
猫の神様と言っても、外見に猫の要素はほとんど残っていないに等しい。
そんな俺がここに来る前、上司の大猫神のくそじじいに、従猫はちっちゃくて可愛いのが二匹と聞いていた。
だからわざわざ遠方から転任してきたって言うのに…。
桃はまだ外見では想像に叶っているとして、百歩譲って半分はじじいの言う通りだったとしよう。


「もうっ、そんないい加減なこと言わないで下さいよー!ねぇ紅?」
「こんなのがなんで神様になれるんだよ、なぁ桃。」
「紅ぃ、あっちで練習しよう?」
「そうだな、なんかこいつやる気ないみたいだし。行こう桃。」

そう、問題はこいつらができていたということだ。
俺がここに着いたその日というのが、こいつらが初の交尾をした翌朝だったのだ。
裸で抱き合って寝ていた二匹を見た時のショックは今でも忘れられない。
おまけに、痴漢だの変態だのひどい誤解をされてほうきで殴られるわ…。
ちゃんと手紙で知らせたのも見ていなかったようで、俺を神様だと思わなかったようだ。
それは今でも思われてはいないみたいだが…。
とにかく初日から散々だったのだ。
せっかく両手に猫でウハウハの予定だったのに…。
なんだよ、仲良く手なんか繋ぎやがって…。
本当ならその真ん中に俺がいるはずだったんだぞ。
もちろん日が沈んだら、二匹にご奉仕しつつされつつで、めくるめく官能的な夜になるはずだったのに…。


「青城さま…?具合でも悪いんですか?」
「んー?いや、そんなことはないぞ。」

心配した桃が駆け寄って来て、俺の顔を覗き込む。
あーあ…、こーんな幼い顔して紅の奴とあーんなことしてるんだもんな…。
俺にできることと言ったら、魔法を教えることと、こいつらの邪魔をすることしかもう残っていない。


「ぼくたち向こうで練習してきます!」
「あー、桃。それはいいが交尾はいかんぞ。」
「し、しませんよっ!も、もうっ、何言ってるんですか…。」
「ん、わかってるならいいがな。」

こうやってからかって遊ぶぐらいしかない。
だからってこいつらの仲が壊れるわけもなく、それどころか俺に対する反抗心で団結するぐらいだ。
別に俺も本気で壊そうとも思っていない。
じゃあ何がしたいのかと言うと、これもよくわからない。
そんな日々が続いていたのだった。


「青城さま、今日はシロの定期審査の日ですけど…。」
「ん?シロ…?あぁ、あれか、人間と交尾した!」
「ぶっ…!あ、青城っ、食事中だぞ!」
「青城様、だ、デカ丸。交尾ぐらいで慌てるな。」

太陽がちょうど真ん中になった時、その日二度目の食事をしていた。
その食事も家のことも何もかも従猫の仕事、猫神というのは魔法を教えるのが仕事だ。
あとはここに来る猫の相談に乗ったり、時に魔法をかけてやったり。
その「魔法」が俺達猫神にとっては最大の武器なのだ。
そのことで俺は食いっぱぐれることもない、それどころかもてはやされるのだ。
しかし初日のことが原因なのか、この二匹は俺に対する敬意というものがまったくない。
桃はまだいいが、紅には呼び捨てにされる始末だ。


「こ、交尾交尾言うな!」
「なんだよ、お前らだって交尾してるだろ?」
「あ、青城さまはどうしてそんなに交尾にこだわるんですかっ!ぼく恥ずかしいですっ!」
「なんでって…、交尾が好きだからだけど。」

いつもだいたいこうして言い争いになる。
俺の目を盗んで交尾しようとしてるくせによく言えたもんだ。
だったら俺も仲間に入れろと切に言いたい。


「な…!ななな何言ってるんですかっ!」
「ははん、桃たーん、真っ赤だな。どうだ?今度俺とするか?交尾。」
「し、しませんっ!や、やめて下さいぼくは桃太ですっ。」
「も、桃はお前になんかやらないからな!」
「そう拗ねるな紅まるん、お前も一緒に決まってるだろ?どれ、こっちに来い。」
「紅丸だっ!触るなっ!あっち行けアホ城!」

神様に向かってこの言い様だもんな…、ナメられているというか何と言うか…。
最近の従猫ってのは冗談ってものが通じないのもどうしたものか。
まぁそれが面白いと言えば面白いからいいか…。


「んじゃまぁ出掛けてくるかな。留守番頼んだぞ。」
「えっ、出掛けられるんですか?」
「なんだよ、シロの定期審査だろ?適当に見てくるからよ。」
「て、適当はダメだと思いますぅ〜…。」

食事を一通り終えると、俺は人間界に行く支度をした。
定期審査なんてそんなもん、何か悪いことでもしていない限り結構適当でいい。
どいつもこいつも、根が真面目過ぎるんだ。
もうちょっと楽に適当に生きればいいのに。
多分この二匹がきちんとしているのは、俺の前にいた猫神の影響だと思う。
その猫神、銀華も結局は人間と交尾して追放になった。
何だかんだ言っても皆交尾が好きなのに、なぜ隠すんだろうか。
恥ずかしいなんて言ってやることはやっているのに。
そんなことを二匹の前で言うとまた一悶着ありそうだったから、口から出かけたところで止めた。


「ちゃんと自習してろよ。」
「こ、交尾はしないからな…!」
「俺今何も言ってないぞ。なんだなんだ、紅は交尾したいのか?」
「ち、ちが…!」
「べ、紅ってば…!」
「まぁいいや、行って来る。」

まだまだ二匹も幼いなぁ、なんて笑いながら、俺は家を後にした。
花と緑の大地を少し行くと、この世界と人間界を繋ぐ場所がある。
こちらからは小さな洞穴が、向こうの神社へと繋がっている。
俺達猫の間でだけ知られている、猫の世界では常識の神界扉と呼ばれるものだ。
向こうの神社は、人間から見ればあくまでただの神社だ。


「さて。んじゃ行くか。」

久々の人間界で、ちょっと暇潰しでもしてこようか。
洞穴の入り口にある、重い扉を押して開く。
中では冷たく激しい風が吹いていて、その風に飲み込まれるようにして足を踏み入れた。









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