「ONLY」その後の番外編「sweet honeymoon」-3
「あれー?なんでだろー?あれれー?」
部屋の中に戻って、備え付けの浴衣を羽織る。
俺の真似をするみたいに、志摩も浴衣を羽織り始めた。
「あれー…?」
着方を知らないのか、さっきからもう15分は独り言を言いながらもぞもぞ動いているのに、全然着ることが出来ない。
暫く黙って見ていたけれど、これ以上放って置くのは可哀想になった。
そうやって困っている志摩を見るのも、好きなことは好きなんだけど。
何も出来ない志摩が、俺だけを頼りにしているのを確認出来るからだ。
それはまったくの俺のエゴだ。
「隼人ー…、できないー。」
「わかった、やってやるから。」
「えへへー、やっぱり隼人優しいね。」
「いいからちょっと動くな……、志摩…。」
畳に膝をついて、抱き締めるみたいに志摩の腰元を探った。
細い紺色の帯を締めようと、前を合わせようとしてふと足元に視線を落とす。
志摩の裸足が、浴衣の裾で隠れてまったく見えなくなっていて、吹き出すのを必死で堪えた。
「あ、あの、ちょ、ちょっとだけ長いみたいで…!」
「ちょっとか?」
「あの、俺ちょっとだけ背が低いから…!」
「ちょっとな…。」
志摩が気にしていることは知っている。
そのせいで小学生や中学生、女にも間違われたりすることもある。
でも俺としては、そこが可愛いと思う。
俺よりも推定25センチは低い、志摩の背の低さが。
「子供用の方がいいんじゃないのか?」
「そんなことないもん…。」
だけど決まって俺はこういう時、意地悪を言ってしまうんだ。
本当は可愛くて仕方がなくて、その身体をぎゅっと抱き締めたいのに。
そこで落ち込んだり拗ねたり膨れたりする志摩が見たくて。
涙を溜める大きな瞳なんか、堪らなく好きだ。
「嘘だよ、志摩…。」
「隼人……、隼人…っ?」
「どうした…?」
「あ…、早くちゃんと……っ。」
そして俺は安心させるような台詞を呟いて、志摩に手を出すんだ。
ずるくていやらしい考えだけど、これが俺の愛情表現だからどうしようもない。
何度もそういう風にしてきたのに、すぐに引っかかるバカな志摩が愛しい。
志摩の脚に抱き付いて、せっかく着ようとしている浴衣の前を開いた。
下着はつけているものの、当然その他は何も着ていない。
目の前には下半身の中心があって、見上げるとはだけた胸元の小さな突起が視界に飛び込んで来て、理性が消えていく。
「志摩…。」
「隼人…っ、浴衣…っ、あ…!」
もうこのままセックスに雪崩れ込もうと、志摩の浴衣を思い切り剥ぎ取って、
床に落として、背中の方に腕を回して、下着に手を掛けた。
志摩の熱い肌を、頬で感じながら、一気にその手を下ろそうとした。
───コンコンッ。
「夕食お持ちしましたぁ。」
ドアをノックする音と、客室係の明るい声で我に返る。
下着に掛けた手を、どうしていいのかわからず、空中に浮かせた。
志摩も俺も、真っ赤になって固まってしまった。
こんな時に…、いや、それは向こうの台詞だ…。
6時半にしてくれと自分で言っておきながら忘れるだなんて…。
いつから俺はこんな間抜けな奴になったんだ…。
「近くで獲れたものばかりなんですよ。」
「え、えへへ…、隼人、お、美味しそうだねー。」
「そ、そうだな…。」
まさかそのままでいるわけにもいかなくて、物凄い速さで志摩に浴衣を着せた。
さすがに返事をしないうち客室係も入って来るということはない。
だけどドアの向こうに人がいる、それだけでこんな焦ってしまうなんて。
俺らしくないけれど、人間らしくはなったと思う。
「隼人、エビだー!エビがいっぱい!!」
「よかったな。」
一人で物思いに耽っていると、志摩が元気な声に戻っている。
目の前に運ばれて来た料理の中に、大好物のエビがたくさんあった。
座卓いっぱいに載った料理は、新鮮そのものだ。
全部食べ切れるか心配になるぐらい豪華で品数も多い。
「美味しそうー!」
甘エビの刺身、エビフライ、蒸しエビのシュウマイ…、なんだか志摩のための料理みたいだ。
目を輝かせてはしゃぐ志摩を見て、もっと色んなことをしてやりたいと思った。
最初はそれほど行きたいと思ったわけじゃないのに…。
志摩の喜ぶ顔をもっと見たい。
「あの、この辺で何かおすすめのところってありますか?」
「そうですねぇー、たくさんあるんですよねぇー、ガラスの美術館とかみかん狩りとか…。」
「ガラス…、みかん…。」
「今だと甘夏みかんですね…。あ、後でガイドお持ちしましょうか?」
「すいません、お願いします…。」
「いいえー、色々あり過ぎてうまく言えなくてごめんなさいねぇ。」
他人にこんな風に話し掛けるなんてことも、俺にとってはめずらしい。
本当はただ泊まって、温泉に入るだけで帰る予定だった。
今になって色々調べて来ればよかったなんて後悔をしている。
仕方なく客室係に聞いたはいいが、こういうところを志摩に見られるのは少し恥ずかしい。
「隼人、みかん行くの?俺、みかんがいい!」
「それは後で決めよう、志摩。」
「うふふ、優しいお兄さんで羨ましいわぁ。」
優しいお兄さん。
この客室係にはそんな風に映っているのだろうか。
志摩がよく俺のことを優しいと言うのがわからなかった。
俺は自分を優しいと思ったことなんかなかったし。
志摩が俺を過大評価していると思っていた。
だけど他人にもそう見えるのか…。
ちょっとだけ嬉しくて、浮かれてしまいそうだ。
「ではごゆっくり。」
客室係が部屋を出て行ったのを合図のようにして、志摩は料理に手を付ける。
何も食わせてないみたいに、次々に口に運んで行くのを見て、俺の方が腹一杯になってしまった。
幸せ過ぎて腹が一杯っていうのは、こういうことなんだろうな…。
そんなことを考えて、危うく惚気そうになってしまう。
「隼人、食べないの?美味しいよ!」
「志摩、これ食えよ。」
「エビ…、い、いいの?」
「うん。」
自分の前にある料理の中から、志摩の方に幾つかエビを移動させた。
俺を楽しくさせてくれたお礼じゃ安過ぎるかもしれないけれど。
それでも志摩は笑顔でそれを残さず平らげてくれた。
「お腹いっぱーい…。」
たらふく食べた後、志摩は敷いたばかりの布団にダイブした。
小さいくせに、量は俺より食べるんだから。
それで太らないのが不思議なぐらいだ。
志摩は浴衣の帯も苦しそうなぐらいで、大満足のようだった。
「隼人、明日みかん?釣りもあるよ、あっ、ガラス細工も可愛いー。おみやげは何がいいかなー?」
寝そべりながら、客室係が持って来てくれたガイドを広げる。
ホテルでサービスで置いてあるそのガイドには、
先程聞いたガラスの美術館やらみかん狩りやら、色んな観光スポットが載っていた。
これで無料とは十分過ぎる内容だった。
「志摩…。」
「俺はみかんがいいな、あっでも釣りだとエビ獲れるか……。」
「志摩、楽しいか?」
「隼人…っ、うん…楽し……っ。」
ガイドに夢中になっている志摩を引き寄せる。
上からそっと志摩を包み込んで、優しくキスをした。
握られたガイドが、布団の上にぱさりと落ちる。
「俺も楽しい…。」
「ホント?隼人も楽しい?」
「うん。」
「えへへ、よかったー、来れてよかったね、隼人…。」
楽しいなんて言葉じゃ言い表せないぐらい楽しい。
そして多分、満面の笑みの志摩よりも、俺の方が楽しいという自信がある。
ありがとう、好きだ、何を言えば伝わるのかわからなかった。
何から言っていいのかもわからなくて、キスだけを繰り返した。
「さっきの続き…していいか?ダメか?」
志摩の薄っぺらい胸元に顔を埋める。
この状況でダメだなんて言えないのをわかっていて聞いてしまう。
しかも志摩は、どんな時でも俺の言うことを聞くと知っていて。
いつもずるくてごめんな、志摩…。
でも好きなんだ、そうやって真っ赤になっている顔も、熱くなる皮膚の温度も。
「ダ、ダメじゃないです…。」
そうやって、妙な敬語で受け入れる瞬間も。
全部好きなんだ。
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