「ONLY」その後の番外編「sweet honeymoon」-4




いつもセックスが終わった後は、パジャマなんか着る余裕なんかないのに。
それに浴衣なんか着ても朝になれば絶対にはだけているんだ。
そう言っても志摩は、一度きりの行為の後、無理矢理浴衣を着て眠りに就いた。
翌朝ぴったりくっついて寝ている志摩を見ると、やっぱり見事に浴衣がはだけていた。
布団を捲った瞬間、浴衣を着たことを忘れるぐらいのはだけっぷりで、思わずその姿を見て吹き出しそうになってしまった。


「…っくしゅ!……んー…。」
「志摩。」
「んー…、…やとー…?」
「起きろ、朝だ。」

くしゃみをして一瞬起きたのかと思ったのに、どうやら寝惚けているらしい。
俺の名前らしき寝言を言って、また眠ってしまう。
このまま寝かせてあげたいのと、早く出かけたいのと、物凄く迷うところだ。


「…かんー、みかん…。」

志摩の口からその言葉が洩れて、出かけたい方に軍配は上がった。
夢の中でも旅行中なのが嬉しい。
はだけた胸元には、昨夜自分が付けた跡がくっきりと残っている。
その跡をなぞるようにして、唇を這わせた。


「…わっ!わわっ、は、隼人っ!」
「起きたか?」
「は…、はいっ!もーっ、び、びっくりしたよー!」
「おはよう。」

近頃ではごく自然に出て来る朝の挨拶も、聞こえないぐらいに志摩が動揺している。
慌てふためいて、真っ赤になって起き上がる行動が面白い。
さっきまで半分寝てたのに、普段は鈍くさいのに、こういう時は素早いんだ。


「おおおは……、えへへー、おはよーございますっ。」
「なんだよ…。」
「えへへー隼人ー、おはよー…。」
「うん…。」

そしてその後は必ずと言っていいほど甘えてくる。
気持ち悪いぐらいにでれんと笑って、ぎゅっとしがみ付いて。
俺はそんな志摩を抱き締めて、頭を撫でる。
こういう行動も当たり前になってきた。
いいことなのか、悪いことなのか…志摩が喜ぶならいいことだとは思うけれど…

ただそれを、シロや藤代さんに自慢げに話すのをやめてもらいたいだけで。


「お腹減ったー。」
「食べに行くか?朝はバイキングらしいから。」
「えっ、バイキングなの?!ホント?やったーいっぱい食べれるね!」
「食べ過ぎるなよ?みかん行くんだろ。」

放っておいたら腹一杯になるまで志摩は食べてしまう。
ガイドを見て決めたところには色んな美味しいものがあったからだ。
それで食べ過ぎて動けなくなったら出発が遅くなるし…って、そこまで心配する程バカではないと思うけど。


「うんっ!みかん、楽しみだねー。」

俺の言い付けを守って、志摩は適度に朝食を食べた。
午前のうちに出発したかったから、最後にもう一度温泉に入って、すぐに支度をした。
部屋にあったお茶やシャンプーや石鹸をちゃっかり持ち帰るところが志摩らしい。
おまけにホテルの名前入りタオルも持ち帰り可と書かれていたのをすかさず見つけて、
部屋を出る時には志摩の鞄はぱんぱんに膨らんでいた。
案外できた嫁だな…、なんてまた惚気そうになってしまった。
持って来たタッパとパジャマとタオルは要らなかったけれど。

昨夜のこともあったから志摩の身体を考慮したのと、荷物の大きさを考慮して、ホテルからはタクシーで移動することにした。
まずは一番の目的のみかん狩りに行った。
客室係が言っていた通り、甘夏みかんを獲っては食べ、おみやげ用にもたくさん持ち帰った。
その後ガラスの美術館に行って、シロ用にと志摩はまた何か買っていた。
行けるだけ行こうとは思っていたけれど、楽しいことをしている時に時間が経つのは早過ぎて、
結局その後地元の物産品店へ寄っただけになった。
夕方ぐらいには東京に着いていたかったから、惜しみながらその地を後にした。

帰りはまた同じルートだ。
特急に乗り込むなり、すぐに志摩は隣で眠ってしまった。
俺の肩に頭を預けて、静かな寝息をたてて。
長い睫毛が電車の揺れに合わせて時々動いていた。
車内販売が来ても、目を覚ますことはなかった。
あれだけはしゃげば疲れて当然だろう。
それにいつも、俺がいない間家事をやってくれている。
朝晩のご飯、掃除、洗濯、それとばあさんに言われた管理人補佐の仕事まで。
それでも志摩は疲れたという言葉を言ったことはない。
逆に俺に疲れてない?と聞いてくるぐらいだ。
俺が優しいのは、きっと志摩が優しくしてくれているからだ。


志摩…、ありがとう…。

周りにも、志摩本人にも聞こえないように胸の中だけで囁く。
志摩が起きてしまわないように、触れるだけのキスをした。
その唇は、さっきのみかんの香りと微かな味だ。
甘酸っぱい、キスの味だった。










「シマにゃーん!ただいまー、いい子にしてた?シローただいまー!」
「み〜っ!」
「シマ!ミズシマ!おかえり〜。」

東京に着いて、自宅に戻る前に、まずは藤代さんの家に向かった。
預けていた猫のシマと、おみやげを渡すためだ。
特急に乗っている間中眠っていた志摩はまた元気にはしゃぎ回っている。


「シロ、ありがとうな。」
「へっへ〜、どういたしました!」

元猫のシロは時々こんな変な日本語を使う。
一生懸命人間の言葉とか字を勉強しているのを知っているからバカにしたりはしない。
生まれた時から人間の志摩も、ものの知らなさは似たようなもんだし。


「シロー、これね、おみやげ!」
「おお〜、やった!わー猫だ!ガラスの猫!可愛いな〜。」
「えへへ、みかんも!」
「やった〜、俺これ好きだぞ。」
「あとね、魚の干物もあるの!」
「魚!やった〜、シマありがと!!」
「あと温泉まんじゅうとー。」
「お菓子か?やった、お菓子だお菓子!」

どれだけ買えば気が済むんだというぐらい、シロへのたくさんのおみやげを鞄から出している。
でも元はといえばあの旅行券はシロの物だったんだ。
こうしてシロも喜んでくれて、俺としても満足だ。


「お、帰って来たのか?」
「亮平、おかえり!」
「あっ、亮平くんー、今おみやげ渡してたの!」
「すいません玄関先で…。」

玄関で思い切りみやげ物を広げていると、藤代さんが仕事から帰って来た。
シロは飛び付くようにして藤代さんに抱き付いている。
こういうことが人前で出来るのはある意味凄いと感心してしまう。
この二人のは今に始まったことじゃないけれど。


「ちゃんとヤって来たか?」
「亮平…?」
「何言ってるんですか…。」
「そ、そうだよー!そんなこと恥ずかしくて言えないよー!!」

和んでいた空気がぴたりと止まる。
バカ正直な志摩の性格が、こういう時憎くなる。
かと言ってここで俺が怒ったら余計ヤってきました、と認めていることになるし…。


「んー?どれどれ、志摩たん、詳しく聞かせてもらおうかなー?」
「ダ、ダメですっ!言えないもんっ!絶対ダメっ!」
「りょ、亮平っ、ダメだ、シマ可哀想だ!そんなやらしいこと聞いちゃダメだ!」

あぁ…もう…。
途中で何のことだか気付いたシロまで…。
藤代さんも藤代さんでそんな二人を面白がってるし。
もう俺はどうしたらいいんだ…。
俺は、頭を抱えてそれを傍観することしか出来なかった。


「今度はシロと亮平くんも一緒に行こうよ!」
「うんっ、オレも行きたい!なっ亮平!」
「そうだなぁ、楽しかったみてぇだしな。」

いつの間にか、みかんを囲んでリビングで寛いでいた。
甘酸っぱいみかんの匂いが、鼻を掠めて、旅行気分を思い出した。
そのテーブルには、ガラスの小さな猫も載っている。


「楽しかったみてぇだな、水島も。」
「まぁ…、そうですけど…。」
「お前、顔ニヤケっぱなし。気付いてねぇのかよ?」
「え…、あ………!」

まさかそこまで顔に出ていたなんて思わなかった。
恥ずかしくなって、なんとか顔を引き締めようとする。
でも無理だろうな、すぐ傍で志摩が楽しそうにしているんだから。


「隼人、また行こうね!」
「そうだな。」

今度はゆっくり日にちをかけて。
ちゃんと調べて、ガイドも買って。
志摩の行きたいところ、俺の行きたいところ、色んなところを巡りたい。
初めての旅行は、こうして終わったけれど、この先また旅行をすることが出来る。
家に帰ったら、早速その案でも考えようかな、そう思いながらみかんの皮を剥く。
口に含むと、特急電車の中でこっそりした、志摩へのキスと同じ味がした。







END.





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